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第7話 復活の噂

 王国軍の戦い方は極悪非道と言うほかなかった。もはや禁じ手と言えるような手段を用いてまで、帝国軍の戦力を削ぐことに注力していたのだ。


 もともと我が帝国と王国では地力に違いがある。農業生産力、工業力、魔法の発展度合い。何もかも王国の方が上だ。


 だがしかし、我々は個々の力で必死に抵抗した。戦況が一向に好転せず、王国は焦りを見せた。そこで彼らはなりふり構わなくなった。


 彼らは帝国領内に刺客を差し向けた。有力な魔術師を排除して、少しでも前線にかかる圧力を緩和しようとしたのだ。


 あの家の元持ち主はその犠牲となった。前線の状況が凪いだとき、彼は僅かだが休暇を得た。それで家族とささやかなバカンスを楽しんでいたところを――後は何も語るまい。


 家を出た後、街を通って学校の方へと向かった。朝から市民たちは元気に活動しているようだな。


 道路では子どもたちが遊んでおり、その脇ではご婦人たちが文字通りの井戸端会議に花を咲かせている。


「昨日の空襲はなんだったのかしら?」

「主人が工場勤めですから肝を冷やしましたわ!」

「あら~、大変でしたのね~」


 話題はやはり昨日の空襲について。昨日のは偶発的事態だったのか、それとも王国側に何らかの意図があったのか。後者だとすれば停戦が揺らぎかねない。


 ふと見上げると、何も飛んでいない平和な青空が広がっていた。このレムシャイトもいつしか戦場になる日が来るのだろうか……。


 街を抜けた後は山登りだ。杖をつきながら、ゆっくりと坂道を歩いていく。学校は小高い丘の上にあるので、毎朝のように登山隊にならなければならない。


 登校中の生徒達にはどんどん追い越されていく。これほど情けない瞬間はないだろうな。


「ソラせんせー、おはよーっ!」

「おはよう」


 エレナに追い付かれる頃、ちょうど学校に到着した。校門の前には校長のクラーラが立っており、生徒たちに挨拶している。


「校長先生、おはようございまーす!」

「うむ、おはよう」

「おはようございまーす!」

「おはよう」


 相変わらず表情が冷たいな、クラーラ。せっかくの美人と軍服が似合う八頭身が台無しだろう。エレナと一緒に校門まで歩いていき、何気なく通り過ぎようとしてみる。


「おはよっ、校長!」

「うむ、おはよう」

「おはようございます」

「おい、貴様は待てっ」

「へっ?」


 クラーラに服を掴まれ、無理やり止まらされた。あんまり急激な動きは足に悪いからやめてほしいのだが、それを言って聞く女ではない。一緒に前線を張っていた頃からそうだったからな。


「……いかがされましたか、校長?」

「貴様には話がある。後で私の部屋に来い」

「用件も言わずにいきなり来いとは、部下に対して理不尽じゃありませんか」

「黙れ! 自分が何をしたのか分かっているのか?」

「はあ、なんのことありますか?」


 とぼけてみたのだが、冷たい表情は変わらない。クラーラはそのまま俺に顔を近づけてきて、そっと耳打ちしてきた。


「『英雄復活』の噂が駆け巡っているが、まさか貴様のことじゃないだろうな?」


***


「ソラ・シュトラウス教官であります」

「入りたまえ」


 ドアをノックしてから校長室の中に入った。授業の合間を縫って、クラーラに言われた通りに馳せ参じたわけだ。


 部屋に入って最初に見えたのは、机に向かって難しい顔で書類に目を通しているクラーラ。まだ二十四歳だってのに、そんな苦労してたんじゃすぐに老けちまうぞ。


「何の用件でしょうか」

「足が辛いだろう、座っておけ」

「はっ、お心遣い感謝いたします」


 促されるまま近くのソファに腰を落ち着けた。クラーラも書類仕事を切り上げ、俺とテーブルを挟んだ向かいのソファに座る。相変わらずの仏頂面だ。


「呼び出された理由は分かっているな?」

「はっ。昇給であります」

「とぼけるのもいい加減にしろ!」

「では何の用でありますか」


 もちろん言いたいことは分かっている。だがコイツの思い通りに話が進んでも面白くないからな。


「……昨日、王国の空襲があったのは貴様も知っているだろう?」

「それがどうされたのですか」

「敵の航空魔術師に対し、正体不明の魔術師が出撃。四人を撃墜し、残った一人を我が領空から追い払ったのだ」

「凄腕の魔術師でありますね。軍にスカウトされてはいかがですか」

「とぼけるな!!」


 クラーラはドンとテーブルを叩いた。置いてあった花瓶が揺れ、張ってあった水がちゃぷちゃぷと音を立てている。いい加減、敬語を使うのにも飽きてきた。


「クラーラ、何が不満なんだ」

「軍の方では『英雄復活』と噂になっている。……既に王国にも知られているようだ」

「言わせておけばいい。何の関係もない話だ」

「貴様、自分の立場を分かっているのか!!」


 再び大声を張り上げるクラーラ。何をそんなに怒鳴ることがあるのか。俺が飛んでいなければ工場は全て焼き尽くされていたのだ。被害がどれだけ大きくなったのか見当もつかない。


「そもそも守りが手薄なんだ。ここは国境に近いのにまともな魔術師の配置がなかったじゃないか」

「航空魔術師は他の地域に張り付かせているし、そもそもレムシャイトに空襲なんて前例がない。貴様も分かっているだろう」

「だからと言ってあまりにも不用心じゃないか」

「本当は来週から対空魔法を使える魔術師が配置されるはずだったんだ。まさかこんなに早く状況が変わるとは思っていなかったのだ」


 やはり軍としても想定外だったのか。どちらにせよ、レムシャイトという街が標的になったのは恐らく初めてのことだ。


 最近の王国にはいろいろと不穏な噂が立っていると聞く。今回の空襲もその一環なのだろうか?


「王国で何かあったのか?」

「まだ詳しい情報は得られていないが、王室内の勢力図がかなり動いたらしい。向こうの動きが活発化している」

「そうか。なかなか物騒だな」

「それなのに――貴様という奴はッ!」


 またまたクラーラは大声を出し、テーブルを叩いた。花瓶の水が零れ、花がゆらゆらと揺らめいている。


「貴様の復活は我が方を不利に陥れるのだぞッ!」

「分かっている。派手に動くなと言いたいのだろう?」

「向こうにとって貴様は恐るべき戦力なのだ。軍備を増強するにはうってつけの理由になる」

「恐るべき戦力、とはね……」


 四年前、俺は「ヘルネの戦い」で大怪我を負って前線を退くこととなった。その後すぐに王国から停戦の申し入れがあり、我が帝国はそれを受け入れた。


 しかし――仮に向こうが俺を「恐るべき戦力」だと思っているなら、それは不可解なことなのだ。俺が墜ちたとなれば、むしろ絶好機とばかりに攻勢を強めたはず。


 もっとも実際に王国が俺のことをどう思っているかなど、分かりはしないがな。


「そもそもだ。貴様、その足でどうやって空を飛んだのだ?」

「はっ?」

「貴様が引退したのは怪我が理由だったはずだ。いったいどうやって」

「無理をして飛んだだけだ。もう飛ばないし、飛ぶつもりもない」


 ベルナデッタの魔法をもってしても、この足は治らなかったのだ。一度捨てた空への憧れを拾い直すつもりはない。


 たしかに昨日は空を飛んだが、それはあくまで緊急事態だっただけだ。もう一度戦場に戻って敵と向き合うような覚悟を出来ているわけではないのだ。


「……貴様、何か隠しているな?」

「いや、何も」

「やましいことがあるなら早く言え。……貴様が考えているより、事態ははるかに深刻なのだ」

「はっ?」


 クラーラは静かにそう言った。その表情は真剣そのもので、冗談を挟む余地すらない。深刻とは何を意味しているのだろうか――


「貴様にはこう言えば分かるだろう。……既にジェルマン・バロンが動いている」

「何っ……!?」


 俺は右足のことも忘れて、思わず立ち上がってしまった。ジェルマンという名を忘れたことはない。そいつは――俺の右足を焼いた張本人なのだから。

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