第5話 信用と売国
「端的に申し上げます。……私のことをあなたの家で預かっていただけませんか」
「はっ?」
――一瞬、時が止まった。王国人が? 俺の家に? 何の冗談だ?
「受け入れると思うのか?」
「いいえ。ですが……私にはこの国でなすべきことがあるのです」
「なんだそれは?」
「申し上げられません。ですが、帝国に不利益をもたらすことは決してございません」
王国から逃げてきた魔術師が、我が帝国で何をすると言うのだろう。とにかく身柄を拘束されては困るというわけか。
「貴様を家に招いたところで、俺には何の利益もない。その提案には乗れない」
「いえ、そんなことはございません」
「何だと?」
「先ほどの『不完全治癒魔法』……いえ、私の知っている魔法なら全てあなたのために使わせていただきます」
「ほう?」
「恐らく帝国では知られていない魔法もあります。ですから、何卒……」
ベルナデッタは懇願するように俺の顔を見上げた。ふむ、悪くない提案だ。コイツはかなり腕の良い魔術師。その魔法を知ることが出来るなら住まわせても良いかもしれない。が――
「えっ……?」
俺が火力魔法を繰り出そうとしたことに気がついたのか、ベルナデッタは困惑した表情を見せた。その眼前に右手を突きだし、声を張り上げる。
「国を売るような女が信用出来るか!!」
「なっ……!」
「魔法を売るというのは王国そのものを売るようなものだ! 貴様、その意味が分かっているのか!?」
ベルナデッタはハッと目を見開いたまま動かなかった。俺が提案を受け入れるのは簡単だ。だが自分の国の魔法を他国に渡そうとする人間を信用出来るわけがない。
「……そうですよね。信用していただけませんよね」
「ああ、そうだ」
「でしたら、言い方を変えます。――私の《《命》》を捧げる代わりに、どうか預かっていただけませんか?」
「……何を言っているんだ?」
俺が怪訝に思っているのとは対照的に、ベルナデッタは真剣な表情を見せていた。そのままぶつぶつと何か唱え始めたので、いつでも火力魔法を繰り出せるように準備する。
「貴様、いい加減に――」
「神よ、私に罰を与えたまえ」
「罰?」
「右手を差し出してください」
警戒しつつもそっと右手を差し出すと、その上に光が現れた。あまりの眩しさに思わず目を背けてしまう。
「な、なんだこれは……!?」
「よくご覧になってください」
「これは……」
目を開いて右手を見ると、そこには光で出来た何かの物体があった。……鍵?
「何のつもりだ!」
「私の首元を」
「なっ!?」
言われた通りに首元を見ると、そこには光の線が形成されていた。
ベルナデッタの首を取り囲むようにして、線はゆっくりと伸びていく。輪っかになったところで光が消えていき、何事もなかったかのように元通りになった。
「これは……」
「あなたに信用していただくためです。今度は左手を」
「あ、ああ」
左手を差し出すと、さっきと同様に鍵の形をした光が出現した。それと同時に、綺麗な長髪を取り囲むように光の輪が形作られ、そして消えていく。……まさか?
「『ベルナデッタに罰を』と唱えながら左手を握ってください」
「何が起こるんだ?」
「お願いします」
こちらの問い掛けを無視するかのように、ベルナデッタは目を瞑ってしまった。やってみるしかないな。半ば恐れを抱きつつも、そっと呟く。
「……ベルナデッタに罰を」
「ッ!」
「なっ……!?」
俺が左手を握った瞬間、バチンと大きな音が響き渡った。髪の周りに光の輪が現れたかと思えば、それが瞬く間に一点に収束し、長髪を断ち切ってしまったのだ。
ベルナデッタは一瞬だけ苦痛に顔を歪めた後、再び目を開く。俺が唖然として何も言えないでいると、ベルナデッタはにこやかにほほ笑んだ。
「お見せしたのは、王国で死刑を執行するために用いられていた魔法です」
「じゃあ、俺が右手を握って同じことを言えば?」
「……今のをご覧になればお分かりでしょう?」
その表情とは対照的に、目の前の少女は恐ろしいことを口走った。綺麗だった金髪がすっかり短くなり、まるで別人のような風貌だ。……ここまでして、拘束を逃れなければならない事情があるのか。
「なぜそこまでするんだ?」
「私は王国を追われ、そして私自身も王国を捨てました。もうこの国で生きていくしか道はありません」
ベルナデッタの表情は凛々しい。コイツの「なすべきこと」とは何なのか。俺に命を捧げてまで果たすべき使命とは――何なのだろうか。
今ここで首を切るのは簡単だ。右手を握り、あの文言を呟くだけで全て済んでしまう。
だがコイツの魔法には価値がある。王国と帝国、これからも停戦が続いていく保証はない。となれば、ここで殺すのは惜しいかもしれない。
それに――さっき出撃出来たのは「不完全治癒魔法」のおかげだ。恩がないと言えば嘘になる。……家で預かるくらいなら、仕方ないか。
「大した世話は出来ないが、俺の家に住まわせることは出来る。どうだ?」
「よ、よろしいのですかっ……!?」
「ああ。こんな男の家でいいならな」
「もちろんですっ……!」
見るからにベルナデッタの表情が変わった。目はキラキラと輝き、本当に嬉しそうだ。言葉も分からん国に逃げ込んだところ、拾ってやると言われたのだからそれも当然か。
「ただし、条件がある」
「なんでしょう?」
「貴様が少しでも不穏な動きを見せれば、容赦なく首を刎ねさせてもらう。……いいか?」
ここは譲れない絶対ラインだ。王国人を家で匿ったことが知れれば死罪もあり得るからな。
「……覚悟しております。あなたのために――この身を捧げると誓います」
跪いたまま、しっかりとその言葉を口にするベルナデッタ。俺はその手を取ってやり、立ち上がらせた。やはり栄養状態はよくないようで、ふらふらとよろめいている。
「大丈夫か?」
「は、はい! 大丈夫です……!」
「すまんが杖を取ってくれ。俺はそれなしじゃ歩けないんだ」
「わ、分かりました……!」
杖を受け取り、森の中を歩きだす。
こうして、俺は王国人を家に出迎えることになった。その出自、追放の理由、帝国での目的。謎は多いが、いずれ明らかにしてみせよう。
ふと、横を歩くベルナデッタの顔を見てみる。……よく観察してみると、どこかで会ったような顔だな。
「どうかなさいましたか?」
「いや、なんでもない。歩くのが遅くてすまない」
「お、お気になさらず!」
ベルナデッタは恐縮するばかりだった。しかし王国人の知り合いなど多くないしな。気のせいかもしれない。
ひとまず家に帰って、それから考えるとしようか。