表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/10

第4話 追撃不能

「隊長、ご指示を!」

「撤退だ、急げ!」


 敵は攻撃中止を決断したようで、みるみる速度を上げて逃げていく。このまま王国上空まで退避する気だろうが、ここまで空爆された以上は無傷で帰すわけにはいかない。


「追撃する」


 魔力を全開にして敵の姿を追い続ける。刃物のように鋭利な風が、俺の体を突き刺す。本来は専用装備を身に纏って飛ぶものだが、今は緊急事態だ。


「このままでは追い付かれますっ!」

「防御魔法を崩すな!」


 敵の方から焦った声が聞こえる。本来は会話など届かない距離だが、探索魔法を応用すれば盗み聞きも難しくない。それにしても、あんな魔法で守った気になっているとはな。


「追尾魔法、全魔術師に照準」


 前方に飛行する四人を同時に捕捉する。王国にとっても航空魔術師は貴重な人材のはずだ。既に一人撃墜されたことを考えれば、これ以上の撃墜は相当な損失になる。


 ……先に攻撃したのは向こうなのだから、何のためらいもない。素早く右手を振りかざし、緑色の光線を繰り出した。滑らかな曲線を描き、一斉にそれぞれの目標へと進んでいく。


「隊長、追尾魔法が!」

「防御魔法を最大にしろ!」

「無理ですっ、貫通されます! 嫌だああああっ――」


 耳をつんざくような断末魔が聞こえ、遠く向こうで爆発が起こった。再び熱風が襲い掛かってきて、俺の肌を焦がす。


 これで全員撃墜――と思ったが、一人撃ち漏らしがいたようだ。生き残りが必死に逃げまどっているのが見える。流石に王国の魔術師も訓練されているようだな。


「火力魔法、前方の目標に照準」


 俺は次第に距離を詰めていき、肉眼ではっきりと敵の姿を捉えた。停戦中に空襲をしてきたのは王国人なのだ。どんな手を使ってでも――


「なっ!?」


 しかし次の瞬間、俺は大きく身体のバランスを崩してしまった。馬鹿な、飛行中に姿勢制御を喪失したことなど一度もない。何事だ――


「足が……!」


 いつの間にか、右足が怪我をした状態へと戻っていたのだ。あの魔法、ずっと続くわけではなかったのか……!


「クソッ、離脱する……!」


 右足の痛みをこらえつつ、必死に体勢を立て直す。本来、航空魔法は繊細なバランス感覚が要求される。


 今の状態では浮いているのが精いっぱいで、このまま追撃するのは不可能だ。なんとか浮力を保ちながら、懸命に旋回していく。


「あの女、先に言っておけよ……!」


 まさか制限時間付きの魔法だとは思わなかった。ベルナデッタの正体も気になるし、ここは森に帰るしかないな。ふらふらと不安定な飛行を続けながら、飛び立った地点を目指す。


「はあっ、はあっ……」


 息を切らしながら、ようやく森の上空へと到達した。下の方を見るとみすぼらしい格好の金髪少女。どうやら逃げずに待っていたらしい。


「あっ、あなたは……!」

「おい、聞いてないぞ!」


 どうにかベルナデッタの近くに軟着陸して地面にへたり込んだ。こんな着陸、軍人時代にもそうそうなかった。きりもみ回転で地面に激突していても不思議ではなかったからな。


「あの、航空魔術師たちは……?」

「四人を撃墜した。残りの一人は王国に帰っていった」

「……そうでしたか」


 ベルナデッタは悲し気な表情をしていた。追い払ってくれとは言っていたものの、やはり同胞が死ぬのは複雑な気分なのだろう。


「貴様には悪いが、俺たちにとっては敵だ。悪く思うな」

「はい。……理解しております」

「ところで、貴様が使った魔法について聞きたいのだが」

「なんでございましょう?」

「時間制限があるとは聞いていなかったぞ」

「そ、それは……」


 俺の指摘は的を射ていたようで、ベルナデッタはドキリと動揺していた。まさか飛行中に右足が戻るとは思わなかったからな。


「あ、あなたが急に飛んで行かれてしまったから……!」

「説明くらいする時間はあったろう」

「そうですけど……」


 ベルナデッタはすっかり俯いてしまった。しかし済んだことは済んだこと。それより聞きたいのは魔法のことだ。俺は立ち上がり、改めて問い詰める。


「あの魔法、どういう原理だ?」

「王国では『不完全治癒魔法』と呼ばれていました。対象の患部を完璧に治療できますが、その代わりに時間が経てば元に戻ります」

「それで『不完全』なわけか」

「仰る通りです。王国でこの魔法を使える人間は、私くらいのものです」


 魔法については王国の方が研究が進んでいるはず。にもかかわらず、この「不完全治癒魔法」の使い手はコイツしかいないと。……なぜ王国を放逐されたんだ?


「貴様、王国で何をしたのだ?」

「詳しくは秘密ですが、一つ申し上げられるのは――禁忌を犯したということです」

「禁忌か……」


 禁忌といっても様々なものがあるが、魔術師が国を追われるのには十分な理由だな。それなら納得できる。


「貴様、行く当てはあるのか?」

「ございません。ご覧の通り、着の身着のまま逃げてまいりました」


 ベルナデッタは自分の服をつまみ、そう言った。重要なのはコイツの処遇だ。


 こんな魔法を使える奴は間違いなく研究対象だ。然るべきところに突き出せば、それ相応の報奨金も出ることだろう。


「残念だが、身元引受人のない王国人は連行しなければならない。貴様も分かっているだろう?」

「はい。ですが……無理を承知で、あなたにお願いしたいことがあるのです」

「お願い?」


 ベルナデッタは再び跪いた。そして俯いていた顔を上げ、こちらに向かってはっきりと口を開く。


「端的に申し上げます。……私のことをあなたの家で預かっていただけませんか」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ