第4話 追撃不能
「隊長、ご指示を!」
「撤退だ、急げ!」
敵は攻撃中止を決断したようで、みるみる速度を上げて逃げていく。このまま王国上空まで退避する気だろうが、ここまで空爆された以上は無傷で帰すわけにはいかない。
「追撃する」
魔力を全開にして敵の姿を追い続ける。刃物のように鋭利な風が、俺の体を突き刺す。本来は専用装備を身に纏って飛ぶものだが、今は緊急事態だ。
「このままでは追い付かれますっ!」
「防御魔法を崩すな!」
敵の方から焦った声が聞こえる。本来は会話など届かない距離だが、探索魔法を応用すれば盗み聞きも難しくない。それにしても、あんな魔法で守った気になっているとはな。
「追尾魔法、全魔術師に照準」
前方に飛行する四人を同時に捕捉する。王国にとっても航空魔術師は貴重な人材のはずだ。既に一人撃墜されたことを考えれば、これ以上の撃墜は相当な損失になる。
……先に攻撃したのは向こうなのだから、何のためらいもない。素早く右手を振りかざし、緑色の光線を繰り出した。滑らかな曲線を描き、一斉にそれぞれの目標へと進んでいく。
「隊長、追尾魔法が!」
「防御魔法を最大にしろ!」
「無理ですっ、貫通されます! 嫌だああああっ――」
耳をつんざくような断末魔が聞こえ、遠く向こうで爆発が起こった。再び熱風が襲い掛かってきて、俺の肌を焦がす。
これで全員撃墜――と思ったが、一人撃ち漏らしがいたようだ。生き残りが必死に逃げまどっているのが見える。流石に王国の魔術師も訓練されているようだな。
「火力魔法、前方の目標に照準」
俺は次第に距離を詰めていき、肉眼ではっきりと敵の姿を捉えた。停戦中に空襲をしてきたのは王国人なのだ。どんな手を使ってでも――
「なっ!?」
しかし次の瞬間、俺は大きく身体のバランスを崩してしまった。馬鹿な、飛行中に姿勢制御を喪失したことなど一度もない。何事だ――
「足が……!」
いつの間にか、右足が怪我をした状態へと戻っていたのだ。あの魔法、ずっと続くわけではなかったのか……!
「クソッ、離脱する……!」
右足の痛みをこらえつつ、必死に体勢を立て直す。本来、航空魔法は繊細なバランス感覚が要求される。
今の状態では浮いているのが精いっぱいで、このまま追撃するのは不可能だ。なんとか浮力を保ちながら、懸命に旋回していく。
「あの女、先に言っておけよ……!」
まさか制限時間付きの魔法だとは思わなかった。ベルナデッタの正体も気になるし、ここは森に帰るしかないな。ふらふらと不安定な飛行を続けながら、飛び立った地点を目指す。
「はあっ、はあっ……」
息を切らしながら、ようやく森の上空へと到達した。下の方を見るとみすぼらしい格好の金髪少女。どうやら逃げずに待っていたらしい。
「あっ、あなたは……!」
「おい、聞いてないぞ!」
どうにかベルナデッタの近くに軟着陸して地面にへたり込んだ。こんな着陸、軍人時代にもそうそうなかった。きりもみ回転で地面に激突していても不思議ではなかったからな。
「あの、航空魔術師たちは……?」
「四人を撃墜した。残りの一人は王国に帰っていった」
「……そうでしたか」
ベルナデッタは悲し気な表情をしていた。追い払ってくれとは言っていたものの、やはり同胞が死ぬのは複雑な気分なのだろう。
「貴様には悪いが、俺たちにとっては敵だ。悪く思うな」
「はい。……理解しております」
「ところで、貴様が使った魔法について聞きたいのだが」
「なんでございましょう?」
「時間制限があるとは聞いていなかったぞ」
「そ、それは……」
俺の指摘は的を射ていたようで、ベルナデッタはドキリと動揺していた。まさか飛行中に右足が戻るとは思わなかったからな。
「あ、あなたが急に飛んで行かれてしまったから……!」
「説明くらいする時間はあったろう」
「そうですけど……」
ベルナデッタはすっかり俯いてしまった。しかし済んだことは済んだこと。それより聞きたいのは魔法のことだ。俺は立ち上がり、改めて問い詰める。
「あの魔法、どういう原理だ?」
「王国では『不完全治癒魔法』と呼ばれていました。対象の患部を完璧に治療できますが、その代わりに時間が経てば元に戻ります」
「それで『不完全』なわけか」
「仰る通りです。王国でこの魔法を使える人間は、私くらいのものです」
魔法については王国の方が研究が進んでいるはず。にもかかわらず、この「不完全治癒魔法」の使い手はコイツしかいないと。……なぜ王国を放逐されたんだ?
「貴様、王国で何をしたのだ?」
「詳しくは秘密ですが、一つ申し上げられるのは――禁忌を犯したということです」
「禁忌か……」
禁忌といっても様々なものがあるが、魔術師が国を追われるのには十分な理由だな。それなら納得できる。
「貴様、行く当てはあるのか?」
「ございません。ご覧の通り、着の身着のまま逃げてまいりました」
ベルナデッタは自分の服をつまみ、そう言った。重要なのはコイツの処遇だ。
こんな魔法を使える奴は間違いなく研究対象だ。然るべきところに突き出せば、それ相応の報奨金も出ることだろう。
「残念だが、身元引受人のない王国人は連行しなければならない。貴様も分かっているだろう?」
「はい。ですが……無理を承知で、あなたにお願いしたいことがあるのです」
「お願い?」
ベルナデッタは再び跪いた。そして俯いていた顔を上げ、こちらに向かってはっきりと口を開く。
「端的に申し上げます。……私のことをあなたの家で預かっていただけませんか」