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第2話 不治の右足

 改めてその姿を見てみたが、やはり少女のようだ。どこか神々しい雰囲気が漂っているが、あくまで森に潜んでいた不審者。誰何するしかない。


「貴様、何者だ?」

『あの……』

「ん?」

『こちらの言葉が分からないのです』

「!」


 少女が口を開いた途端、俺は反射的に手を腰に回した。無いはずの拳銃を引き抜こうとしたのだ。この言葉は……王国語だ。


「貴様、『王国』の人間か?」

「わ、私の言葉が分かるのですか?」

「仕事の関係でね。分かるんだ」

「そうでしたか。あの、どうして気づいたのですか……?」

「何がだ?」

「隠れていたのに、いったいどうやって……?」

「魔力が出ていたからな。それだけだ」

「そんな、嘘!」


 少女は驚いたように目を見開いた。その理由は分からないが、とにかく敵国の人間であることは確定したわけだ。然るべきところに連行するしかない。


「残念だが、王国人である以上は捕らえさせてもらう。ついてこい」

「ちがっ、違うんです! 話を聞いてください!」

「話は裁判所で聞く。それ以上言うと痛い目を見るぞ」


 と言っても、俺も武器は持っていないからハッタリだ。いざとなれば魔法を使う手もあるけどな。


 少女の腕を掴み、木の陰から引きずり出す。手荒な真似はしたくないが、仮にも昔は国防を担っていた身だ。スパイの疑いもあるし、簡単に見過ごすわけにはいかない。


「ほ、本当に連行する気ですか……?」

「黙ってついてこい」


 グイと腕を引っ張る。まともに飯を食べていないのか、抵抗するような体力はないようだ。足が不自由だから、こちらの方が都合が良い。


「森を出て軍のところに行く。そこで貴様を引き渡す」

「……」


 杖を持って歩き出そうとすると、少女は再び何かを言いたげにしていた。しつこいな。


「なんだ、今度は何が言いたい?」

「あの……その右足、お怪我をしているのでは?」


 ソイツはじっと俺の右足を見つめていた。俺のぎこちない動きから察したのだろう。


「それがどうした?」

「あなた、魔術師でしょう? 戦争でお怪我を……?」


 心配そうな顔をしている少女。俺が怪我をしているからって、コイツには何の関係も無いだろう。


「貴様の言う通り、戦争で怪我をした。これで満足か?」

「治療を受けられないのですか?」

「治らないから杖をついてるんだ。このせいで俺は魔術師を引退したんだ」


 左手に持った杖を掲げてやる。もちろん俺だって治そうと努力した。しかし国中の医者を尋ね回ったところで、誰も治すことが出来なかったのだ。


「いい加減に口を塞げ。自分の立場が分かっているのか?」

「その傷……治ると言ったらどうしますか?」

「はっ?」


 荒唐無稽とも思える発言に、俺は戸惑うしかなかった。治る? この傷が?


「逃れるためにでたらめを言うのはよせ。罪が重くなるだけだ」

「いえっ、本当なんです! 必ず治してみせます!」

「嘘を言うな! 医者も魔術師も匙を投げた傷だ!」

「いいえ、信じてください! この命を懸けても治します!」


 少女は必死に腕を振って抵抗していた。それにしても、命を懸けるとは簡単に言ってくれるな。命を懸けてもどうにもならないことなどいくらでもあったのに。


 軍学校の近くの森に潜み、敵国の言葉を話し、挙句の果てには嘘を言い出す。何から何まで不審というほかない。


「やはり貴様は連行させてもらう。悪いな」

「……」

「どうした?」


 少女はいつの間にか抵抗するのをやめ、上空をじっと見つめていた。今度は何のつもりだ?


「あの……何か来ています」

「来てる?」

「空です。魔力を感じます」

「そんな馬鹿な――」


 と言いかけたところで、街の方から鐘が鳴っていることに気がついた。この音は……空襲警報?


「探索魔法を展開する」


 右手で素早く目の前の空間をさっと払うと、ピンク色の円形が浮かび上がった。ここレムシャイトの街に空襲などそうそうないはず。ましてや今は停戦中なのだが――


「西方より敵の航空魔術師が五人。……貴様、よく気がついたな」


 ちらりと様子を窺うと、少女は依然として空を見上げたままだった。この距離で航空魔術師を探知出来るとは只者ではないな。


 魔力を絞って身を潜めていたことも考えると、やはり熟練の魔術師と見て間違いないだろう。少女は不安そうな顔で空を見つめている。


「これはいったい……」

「分からん。恐らくは偵察だと思うが」


 とは言っても五人がかりの偵察など考えにくい。航空魔術師というのは基本的に無敵。地上の魔術師に迎撃されることもないわけではないが、撃墜に至ることはほとんどない。要するに偵察だけなら一人で充分なのだ。


「敵の襲来を教えてくれたことには感謝する。が、逃がしてやる理由にはならんな」

「……そうですか」


 熟練の魔術師なら、なおさら捕らえておかなければならないだろう。偵察のことは気になるが、ひとまず連行するのが先だ。ここはさっさと街に降り――


「ひっ!?」

「んっ!?」


 次の瞬間、俺たちは街の方からけたたましい爆発音を聞いた。慌ててその方角を見ると、上空の航空魔術師たちが次々に光線を放っていた。


「馬鹿な、停戦中だぞ……!?」

「そんな、なんてこと……」


 俺たちが呆然としている間もなく、街外れの方から爆炎が立ち上る。少し遅れて大きな音が森の中を駆け巡り、再び俺たちの鼓膜を激しく震わせたのだった――

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