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#99

「真なる吸血鬼――“純血種”と呼ばれる存在は、数えるほどしかいません。この世界においては、私の主ラダマー様と、もう一人。かの“夜の王”のみ」


「ラダマーと……夜の王が、純血種」


 カイルが低く呟く。


「簡単に言いますと兄弟にあたります。ラダマー様は弟君。かつては共に影の一族を統べていました」


「そして、今は……敵対しているというわけだな」


 リーファは静かに頷いた。


「主は平和的共存を望んでいますが、“夜の王”は好戦的で領土の拡張を繰り返しており、我らの立場は微妙です。今回の依頼は、その均衡を守るための一手でもあります」


 アズレインは深く息を吐き、無言でグラスを傾けた。吸血鬼の“理屈”など、そう簡単に信用できるものではない。


 だが、次の言葉は彼がため息混じりに漏らしたものだった。


「まぁ……やるしかない。エリカのことがあるにしろないにしろ、話を聞く限り、夜の王は人間に牙を剥いている。放置すれば、この街に影が落ちるのも時間の問題だろう」


 カイルの眼差しに、一切の迷いはなかった。


「リーファ。夜の国への転移はすぐ可能か?」


「はい。主から与えられた座標情報により、夜の国周辺や接続村域への転移は可能です。ただ、依頼を受諾する旨を主に正式に伝えなくてよろしいのですか?」


「それは……“準備”が整ってからでいい」


 アズレインが腰を上げ、カイルに背を向けながらぼそりと呟いた。


「確かに……事前の備えは必要だ。俺の方でも夜の王とその周辺地域の情勢、調べておこう」


「ああ。助かる」


 カイルも背を向けて歩き出す。地下温室から去ろうとするその背に、アズレインがひと言、投げかけた。


「夜の国へ向かうときは、一声かけるのを忘れるなよ。同行はできんがな」


 カイルは振り返らずに片手を軽く挙げて応じた。




 




 夜の帳が下りた石畳の路地を、カイルは静かに歩いていた。向かう先はいつもの宿屋兼酒場、“竜のまどろみ”。


 満月が高く空を照らし、雲一つない夜空が街の通りを白く染めていた。


「カイル様」


 影から響いた声に、カイルは立ち止まった。


「……街中で姿を見せるなと、言ったはずだぞ」


 しかし、振り返った先のリーファの様子は、いつもとはどこか違っていた。


 白い肌がほんのりと赤みを帯び、赤い瞳は微かに潤んでいる。月光に照らされたその表情には、苦悶にも似た陰りが浮かんでいた。瞳孔は大きく開き、まるで飢えた獣のような気配を漂わせていた。


「申し訳ありません……ですが、カイル様。今宵、食事の許可をいただけないでしょうか」


「……料理、って意味じゃないな?」


 リーファは小さく頷く。彼女の言う“食事”とは、すなわち血の摂取を意味する。


「聞いていいか。普段の食事はどうしてる?」


「ラダマー様の命により、主に夜盗や罪人の血を吸っていました。この街に来てからは我慢していましたが……ここの平和さは、かえって問題でして」


 淡々と話す口調とは裏腹に、リーファの体はわずかに震えていた。


 水の都から帰ってから、すでに何日も経っている。これまでよく耐えていた方だろう。だが、飢餓の限界は近い。


 このまま暴走されれば、ただでは済まない。


「……はあ、わかった。俺の血で我慢できるなら、それで済ませろ」


 カイルは周囲を見渡し、人気のない路地裏へとリーファを誘導する。


「首筋を噛むのか? それとも手を切るか?」


 次の瞬間だった。カイルの肩にそっと手が添えられたかと思うと――リーファの口元が彼の首に伸び、鋭い犬歯が皮膚を突き破った。


「っ――!」


 鋭い痛み、そして続くしびれ。カイルは思わず歯を食いしばったが、次第にその痛みは鈍く、遠のいていった。


 脳が熱を持ち、体から血が流れ出るのをはっきりと感じる。なのに、体は動かない。


「……リーファ。おい、リーファ!」


 焦りとともに声を上げるが、リーファには届かない。肩にかけた手に力が入らず、カイルは腰のポーチへと指を伸ばす。霊薬――それを取り出すために。


 しかしその直前、ようやくリーファが唇を離した。


「……申し訳ありません。つい……」


 顔を上げたリーファの頬はほんのり紅潮し、瞳は潤んでいた。どこか年相応の少女のような、気の抜けた表情だった。


 カイルは返す言葉もなく、その場に崩れ落ちる。


 四肢に力が入らず、視界が霞む。完全な脱力――まるで生気を削ぎ取られたようだった。


「つい、ってなんだ……」


 カイルが苦しげに呟くと、リーファは頬に手を当てて言った。


「何と申しますか……今まで吸った血がすべて泥水のように感じられまして……端的に申し上げると、貴方の血は、あまりにも美味しすぎたのです」


「お前な……!」


 次にこういった状況に直面した時は、エリカかマリーにでも代わりを頼もう――そう思ったあたりで、カイルの意識は、静かに闇へと沈んでいった。

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