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#97

 魔石の照明が昼を模す光を届ける中、鮮やかな草花が咲き誇る温室の奥――白いベンチに腰掛ける二人の姿があった。

 アズレインはグラスに満たしたワインを軽く揺らしながら、フィオナの言葉に耳を傾けていた。


「カイルが私に目をかけてくれたから……将来、里を出て私は冒険者になろうって決めたんです」


 フィオナの声は穏やかで、どこか懐かしむようだった。


「俺は当時のアイツとは面識が少なかったが、アイツの剣の師とは同業でね…偶に時間があるときに俺のところにやってきては良く勇者について愚痴っていたよ」


 アズレインが苦笑交じりに返す。

 その表情は、どこか懐かしさと呆れが混ざっていた。彼にとってカイルは“生意気なガキ”そのものだった。いつも正面からぶつかってくる癖に、なぜか放っておけない存在――


 そしてフィオナは続けた。


「あの頃、わたし、まだ十二歳で……村でも浮いてて。でも、あの人がいるだけで、なんだか居場所ができた気がして……だから毎日彼の姿を探してた」


「随分とカイルが好きだったようだな。まぁ、勇者だった頃は常勝不敗で…年頃なら仕方がないか」


 アズレインがからかうように言うと、フィオナがむっと頬を膨らませた。


「……だって、本当に格好良かったんですもん」


「はは」


「剣を振るう姿も、魔物を軽々と切り倒す姿も……あと、エリザ様に頭が上がらないところも」


 その名を聞いた瞬間、アズレインの手が止まった。酒を揺らす手も、目元の緩みも、ほんの一瞬の沈黙へと変わる。


「……懐かしい名だな。カイル以外の口からもう何年も聞いていないな」


「私、ちゃんと覚えてますよ。あの人、すごく怖かったけど……魔法の教え方はすごく丁寧だった。あたし、風の魔法が一番向いてるって言って、すごく嬉しそうにしてくれたっけ」


「エリザは他人に厳しい。だが一度でも人格や才能を認めれば……ああ見えて、随分とお節介焼きだったんだ」


 アズレインは酒を一口含み、目を細めた。

 地下にあるとは思えない庭の空気は清らかで、外の喧騒とは無縁だった。

 二人の会話は、自然とエリザの思い出話に花が咲いた。


「独学で学んだ魔法についての駄目出しも多かったですけど…優しかったです。親のいない孤児の私にとっては母のような、そんな存在に思えました」


「そうか。彼女もきっと君の事を弟子というよりは娘のように扱っていたのかもな。子供が好きだったからな…」


 アズレインの言葉にフィオナは小さく笑みをこぼした。


「……それから、時間があれば私の魔法の練習に付き合ってくれました。最初で最後の、あたしの師匠です」


「そうか……」


 アズレインの目が細くなり、どこか遠くを見つめるような表情を浮かべた。

 その頬には、珍しく、穏やかな微笑が浮かんでいた。

 そこへ、地下階段から響く足音が聞こえた。二人が振り返ると、カイルが現れた。


「来てたのか、フィオナ」


「うん。ちょっとだけ、アズレインさんに話を聞いてもらってた」


「あまりこの場所の事を口外するなと言ったはずだが?どうなってるんだお前の倫理観は」


「俺は何も言ってない。前に後を着けられてそれからはなし崩し的に…」


 アズレインがため息をつくと、フィオナが申し訳なさそうに頭を下げる。


「ギルドマスター、貴重な時間をありがとう。おかげで少しだけ、気持ちが楽になった」


 フィオナはそう言って立ち上がった。


「……あと、エリザ様の話、聞けてよかった」


「礼はいい。ただし、また来るなら酒瓶は持参しろ。それが条件だ」


 アズレインが冗談混じりに言うと、フィオナが笑った。


「じゃあ、今度は酒を持ってきます」


 そう言って、軽やかな足取りで去っていくフィオナを、カイルとアズレインが無言で見送った。

 そして、静寂が戻る。


「……良い子だ。死なせるなよ?」


「当然努力はするさ。けど、それは約束できない。分かってるだろ?」


 カイルの言葉は過去に起こった出来事が起因している。それはアズレインも知るところだった為に失言だったと押し黙った。


「……それで?お前の要件とは」


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