#94
月が静かに輝く夜、訓練場の片隅にフィオナは身を潜めていた。
灯りの届かぬ木陰から、二人の姿をじっと見つめる。カイルとマリー――その打ち合いは、静かながらも鋭く、鋼のように張り詰めた空気を纏っていた。
剣が交錯するたび、鋭い風が生まれる。
言葉はない。ただ、呼吸と足運びと、斬撃の音だけが場を支配していた。
「……なんなの、これ」
思わず、フィオナは唇を噛む。
マリーは酔えばすぐ絡んでくるし、口も悪い。普段からだらしなくて、依頼中もサボりがちだ。それでも今、カイルと剣を交える彼女の姿は、まるで別人のようだった。
足運びに無駄がなく、踏み込みに迷いがない。打ち込む剣筋には、一撃で仕留める意志が宿っている。
対するカイルは、そのすべてを受け流し、さばいていた。剣が打ち合うたび、空気が震えるような錯覚を覚える。
――圧倒的だった。
フィオナは弓使いだ。純粋な剣士ではない。だが剣の腕もそこいらの冒険者よりは上だろう。それでも、魔法もなしで自分があの二人の間に入って同じ舞台に立てるかと問われれば、答えに詰まる。
「本当はあたしより……強いの?」
彼女は冒険者としての等級こそ自分より下だ。ギルドの査定でも、実績でも、自分の方が上にいる。
けれど、あの剣を見て、そう思わずにはいられなかった。
弓手としての技量には自信がある。戦場で誰にも劣らぬ結果を出してきた。
それでも、こうして二人の本気の斬り合いを見てしまうと自分の力量に疑問を抱いてしまう。
「終わりだ」
最後の一撃。カイルの剣がマリーの構えを崩し、首筋にピタリと刃を止めた。。
マリーは肩で息をしながらも、悔しさより満足そうに笑っていた。
「やるじゃん。酒でちょっと体力が落ちたんかなー」
「馬鹿力め。剣がボロボロだ…けど腕は鈍ってはいないみたいで安心した」
カイルも、肩の埃を払いながら彼女の方へ向き直り剣を鞘に納めた。穏やかな表情。どこか、気を許しているような雰囲気。
その様子に、フィオナの胸が少しだけざらついた。
二人の様子を覗き見して、勝手に落ち込んでいる自分に。マリーが強くて、カイルと信頼関係を築いている。
それが、悔しいと思ってしまう自分に。
――自分には、何がある?
フィオナは小さく息を吐く。肩に背負った弓が、やけに重たく感じた。
今までやってきたことを否定するつもりはない。けれど、自分はこのままでいいのか、と。
かつて望んだ夢はとうに叶っている。彼と肩を並べて戦う事。彼は勇者という肩書を隠してはいるが今となってはそれでも良い。ただ、気を使われて彼についていくのは違う。彼に信頼され、任されるだけの実力が自分にはない。
気づけば、拳をぎゅっと握りしめていた。
「……行こう」
心に浮かんだのは、一人の存在だった。
アズレイン――魔法や錬金術の術理に通じ、過去にカイルとも何らかの因縁がある、ギルドマスター。
冒険者として評価するなら白金等級。彼の元に行けば、何かが変わるかもしれない。今の自分に足りない“何か”を、見つけられるかもしれない。
音を立てぬよう、静かにその場を離れる。
月明かりが差し込む裏路地。冷たい夜風が頬を撫でるが、不思議と寒くはなかった。
不安よりも、決意のほうが勝っていた。
その背中には、弓だけではなく、新たな決意が見える。
静かな夜の終わりに、フィオナはひとり歩き出した。




