#89
短かったとはいえ戦闘をこなした後でも息一つ乱さないリーファにカイルが声をかける。
「で、彼女に聞きたいことは?」
エリカが思わず声を上げる。
「あ、あの……いいですか、リーファさん。ちょっと聞いてみたいことがあって……吸血鬼って、よく“日光に弱い”って聞きますけど、本当なんですか?」
リーファは数秒だけ考えるような間を置いた後、ゆるく首を振った。
「はい。それは一部事実であり、多くは誤解です」
「誤解?」
「我々が日光で即死するというのは、低位の亜種や劣化個体の話です。私たち上位の吸血種にとっては、日中でも活動可能です。ただし、魔性の出力が制限されるため、夜間ほどの力は発揮できません」
エリカは目を丸くしながら、まるで講義を受ける生徒のように頷く。
「じゃあ……杭や大蒜も、効果がないんですか?」
「民間伝承の類ですね。大蒜はただの匂いの強い植物です。私たちは鼻が利きますが、忌避するというほどでもありません」
マリーが笑いながら口を挟んだ。
「じゃあ、ほんとの弱点って何?銀とか、火ってやつ?」
「正確には“純銀”です。特に聖別された銀や、神秘を媒介として鍛造された銀製武器には、再生阻害と浄化の効果があります。火も同様に肉体を崩壊させますが、即死には至りません。ただ――」
リーファは、ほんの少しだけ間を取った。
「灰になるまで燃やすと元には戻りません。それと銀製の武器で心臓を刺し貫く、もしくは心臓を抉り取れば殺せます」
静かな口調で語るそれは、まるで自分自身の終わりを淡々と述べているかのようだった。だがその声音には、恐れのようなものはなかった。
フィオナが物騒な物言いをするリーファに肩をすくめる。
「そんなに容易く出来ればの話でしょ……ほんと、厄介」
カイルが立ち上がる。
「さて、俺も確かめておく必要がある。――お前の“力”をな」
その言葉に、場の空気がわずかに緊張を帯びた。
リュシアが眉をひそめ、思わず口を開く。
「必要ですか?」
「もしもの時に対処できなければ、誰かが死ぬからな。それだけの話だ」
カイルの言葉に反論はできなかった。実際、今ここにいるリーファが敵に回ったと仮定すれば、三人がかりでも倒せる保証はない。
リーファはスカートの裾を少しだけ持ち上げ、礼を取る。
「了解しました。制限は?」
「自由にやれ」
瞬間、リーファの姿がかすれる。
空気が一気に張り詰め、夜の闇に馴染むように彼女の身体が低く沈む。
その一挙動に、カイルは剣を抜く。月明かりに浮かぶ魔法銀の剣が、銀の波紋を夜に刻む。霊薬を使わず勇者の力を解放しないままで彼女の相手が務まるか、ふとエリカは疑問に思った。
「来い」
カイルの言葉に無音のまま、リーファの脚が地を蹴った。
風を裂き、真っ直ぐにカイルへと迫る。
だが、彼は動じない。
血のを斬撃を逸らし、間合いを保った。
「速い。が、読めるな」
リーファは連続で三歩。跳ねるように着地しながら、剣を低く構える。そして、次の瞬間――彼女の足元に黒い影が広がった。
魔力の形を取ったかのような闇。それが地を這い、彼女の全身にまとわりつく。
フィオナが思わず呟いた。
「影が動いてる?」
カイルが目を細める。
「影の魔法、か。吸血鬼ならではの特性か…いずれにしろ見たことはないが」
影を纏うリーファの動きはさらに速さと重さを増していく。おそらくは身体強化の魔法の類。
そして――
「――っ!」
空気を裂く蹴撃。剣ではない、足による斜め上からの振り下ろし。
カイルは地を滑りながら身を捩り、受け流す。魔剣と衝撃がぶつかり、乾いた音が夜に響いた。
力強さと静寂、冷静さと殺意。それらがない交ぜになったリーファの戦い方は、人のものではなかった。
だが、それでも――
カイルは、一歩も退かない。
時折リーファが煙のように視界から消えてもなお彼女の攻めを断ち、間合いを崩す。 今まで数え切れない魔物と相対してきた“経験”から来る読みだけで渡り合っていた。
互いに跳躍し、再び距離を取る。
暗闇の中にリーファが溶けるように消えたかと思うと次の瞬間にはカイルの背後に現れた。
カイルは視線を向けず宙に小袋を放つ。
銀色の粉が宙に舞う中でリーファの動きが鈍りカイルに腕を掴まれ組み伏せられた。少しだけ驚いたような顔をしたリーファだったがすぐに抵抗を試みようとした。
「…力が、入りません」
「魔法銀を編み込んだ手袋に、銀粉。掴めばある程度の力が抑制できると思ってな」
心臓に魔法銀の剣を突き付けられたリーファが抵抗するのを諦めた。カイルに開放されるとリーファが深く一礼した。
「お前の実力は分かった。十分過ぎるほどにな。夜の国に向かう前にやっぱり準備と対策は必要だな」
カイルが剣を収めるとマリーとフィオナが用意周到に立ち回ったカイルに不満をぶつけた。エリカがフィオナの目をやると気のせいか彼女が少しだけ笑ったように見えた。




