#78
夜のギルド酒場には、薪の暖炉の音と、笑い声が混ざっていた。
探索を終えたエリカたちは、街へと戻っていた。スルヴァリオンと名付けられた森の守護者との戦いを終え、ようやく気を張らずに過ごせる夜だった。
「いやー、生きて帰ってこれたってだけで今日は飲む理由になるわね!」
マリーが両手を広げて言い放ち、豪快にジョッキを傾けた。いつも飲んだくれている彼女だが、それでも今夜は一段と調子がいい。
「まったく……飲み過ぎて倒れても知らないからね」
フィオナがため息をつきながら、エリカの皿に温かいシチューをよそう。
「ありがとう、フィオナ。……でも、本当に無事でよかったね。あの魔物、下手すれば誰かが戻ってこれなかった」
「そうね。けど、リュシアとティルフィアが一緒にいてくれたおかげよ」
リュシアは少し離れた席で、静かに酒を口にしていた。彼女の隣にはティルフィアが座り、古文書の断片らしき羊皮紙に目を走らせている。
やがて、リュシアが席を立ち、エリカたちのテーブルへと近づいてきた。
「ご一緒しても?」
「もちろん。どうぞ、リュシアさん」
エリカが席を詰め、リュシアを迎え入れる。
「それにしても、あなたたち、なかなか息が合ってるのね。見ていて頼もしかった」
「別にそんなに長く組んでるわけじゃないわ。酔っ払いとへなちょこ神官よ。まぁ、私は勇者に鍛えられた金等級の冒険者だけど」とフィオナが誇らしそうに笑う。
「え?勇者に鍛えられたって…」
リュシアが興味を示して身を乗り出す。しまったという顔をしたフィオナだがもう遅かった。
「あー…知ってるかわからないけど、小さいころ星骸の獣を討った勇者にね」
「もちろん知ってます!歴代最強の勇者で私の憧れですから。史実では戦死したとされていますが、もしかしてフィオナは彼の所在を知っているのですか!?」
リュシアのあまりの豹変にフィオナが、少し気まずそうに笑うがその横でエリカは放心していた。あれほど固く口留めされていたのに、口を滑らせてしまったフィオナに。
「な、亡くなってはいるんじゃない?小さいころに稽古をつけてもらってたのは事実だけれど」
しどろもどろになるフィオナの手を両手で握りしめるリュシアの手に力が籠る。
「嘘。嘘は良くないわ、フィオナ」
「え?」
リュシアの目に、一瞬だけ強い光が宿った。だが、それをすぐに押し殺し、穏やかな声で尋ねる。
嘘を見抜く奇跡、看破。フィオナの手を取った時点で詠唱を済ませたリュシアには分かっていた。彼女の口から出た言葉が嘘だということが。
「ちょっとひどいわよ!」
「ごめんなさい。でもね、私はどうしてもあの人と会って話をしてみたいの」
そこまで言って、フィオナは諦めたようにグラスの底を見つめる。一方、エリカは一生懸命にカイルへの言い訳を考えていた。マリーはティルフィアに酔って絡んでいた為、ティルフィアにはこの話は聞かれていないようだ。
「その人、今はどうしてるの?」
「さあね。いまは別の名で、この町にいるかもしれないし、もうどこか遠くへ行ったかもしれない。たぶん、本人はもう“昔の話”を蒸し返されたくないって言ってたから会えたとしても良い顔はしないわよ」
「ありがとう、フィオナ。聞けてよかった」
リュシアの声音は変わらず静かだったが、エリカにはわかっていた。彼女がもう止まらないことを。




