#75
森を抜けてほどなく、石造りの門の前に一行は辿り着いた。
崩れかけたアーチ状の構造物。蔦に覆われながらも、その曲線には高度な建築技術の名残があり、そこから続く下り階段は、地の奥深くへと続いているようだった。
ティルフィアが慎重に地面に触れると、わずかに魔力の波紋が走った。
「……この先、確かに残滓があるわ。封印ではなく、結界に近い。空間を“内”に閉じ込めている感じね」
「魔物の気配は?」フィオナが問いながら、弓の弦にそっと指をかけた。
「今のところは動きなし。でも油断は禁物よ。侵入を許した瞬間に、構造が反応するタイプかもしれない」
リュシアが先に進もうとするのを見て、マリーが肩をすくめる。
「さすが勇者様。こういうところでも怖気づかないのね」
「怖くないわけじゃないわ。ただ、誰かが先に歩かないと、みんな立ち止まってしまうから」
「かっこいい……でもちょっとだけ見習いたくないタイプかも」
「それ、褒めてるの?」リュシアが振り返って微笑むと、マリーは曖昧に笑ってごまかした。
会話を交わしながら、石階段を一段ずつ慎重に降りていく。空気はひんやりとしており、灯りの届かない地下から湿り気を帯びた風が吹き上がってくる。
「こんなに古い遺跡なのに、崩れてないんですね」
エリカの感嘆に、ティルフィアは静かに答える。
「古代の術式で空間自体を“固定”しているのよ。だから時間の流れも外よりわずかに遅い。建築物というより、“魔術的な構造物”と捉えるべきね」
「……世界が違いすぎて、ちょっと怖いです」
「あなたの世界では、こういう遺跡はないの?」
「ありませんよ。そもそも魔法や奇跡も」
石の壁面には古代の文様が浮かび上がっていた。魔力に反応してわずかに光るそれらは、言葉というより絵に近く、だがどこか理屈を持っているようにも見える。
「私たちが言う“言語”とは違う、感覚に訴える文様なの。気を抜いて触れると、幻覚や精神汚染に繋がることもあるから注意して」
「うぇっ……それ早く言ってよ、今、うっかり壁に指触れたところだったんだけど……」
マリーが指先をぱたぱた振りながら、半ば本気で狼狽える。
「大丈夫よ、あれは偽装層。干渉はしない。ただの案内図みたいなもの」
「もう……ティルちゃん、脅かさないでってば……」
マリーの姿を見て、思わずエリカが笑う。その隣では、フィオナが小さく肩を揺らしている。
こうしたやり取りは、殺伐とした世界でエリカにとって救いだった。
「……ありがとう、皆」
ぽつりと、自然に出たその言葉に、フィオナがちらりと横目を向ける。
「何よ、急にしんみりして」
「ちょっと、胸がいっぱいになっただけです」
「それ、死ぬ前に言うセリフじゃないでしょうね?」
「縁起でもないこと言わないでよ!」
思わず口を尖らせたエリカの言葉に、マリーが吹き出した。
「ふふ、あんたたち、本当に姉妹みたいよね」
「勘弁して。私は妹キャラじゃないわ」
「……自覚はあるのね」リュシアが苦笑しながら歩を進める。
階段の終点が見えてきた。そこには、扉のような構造体――だが材質は金属でも石でもなく、光を帯びた半透明の“何か”が、空間に浮かぶように設置されていた。
「……あれが、“門”?」
「正確には門の“殻”。起動していない、ね。何らかの触媒かエネルギーが必要になるはずよ」
ティルフィアの声には、どこか緊張が混じっていた。
門の前に立ち、エリカは小さく息を呑む。
それは、彼女の世界とは明らかに異質な存在だった。




