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#72

 戦いから数日が経った。


 崩れた城壁は既に修復作業が始まり、街には少しずついつもの日常が戻りつつあった。避難所として使われていたギルドも今では元通りになり、受付の前には依頼を探す冒険者たちの列が伸びている。


「今日は晴れてよかったなー。洗濯物、干してくればよかったかも」


 受付嬢の一人がそんな冗談をこぼしながら、日報にペンを走らせている。


 ギルドの空気は、驚くほど落ち着いていた。


 そんな中、カイルはひとり、静かに二階の応接室へ向かっていた。いつも通りの冒険者の格好ではなく腰から剣を下げてはいるが平服で。


 久々に顔を出したギルドは、何かと騒がしくも平和だった。

 ただ、階段を上がる途中で、ふと耳に馴染みのある声が聞こえてきた。


「……そうなんですか? 腕利きの冒険者の方なんじゃ」


 その声の主は、エリカだった。


 扉の前で足を止める。わずかに開いた隙間から、室内の会話が漏れていた。


「そんなはずはないわ。剣技も魔法も一流。しかも、霧を切り裂いて空から現れるなんて、劇でもやってるみたいだったわ。それにあの瘴気の中で平然としているなんて勇者くらいのものよ」


 今度はリュシアの声が続く。どうやら例の“仮面の人物”――自分の話をしているらしい。


 カイルは小さく舌打ちし、無言のまま踵を返しかけた。


「貴方は彼に抱えられて現れたのだし、正体を知っているんでしょう?いい加減に教えてくれても」


 だが、その時。


「……あ、カイルさん!」


 扉が開いた。中から出てきたエリカと、目が合った。


「丁度よかった。お茶も残ってるので、よかったら」


「いや、俺は――」


 断ろうとしたが、リュシアと目が合ってしまった。


 平服に身を包んだ彼女は、戦場とはまた違う印象だった。髪を一つにまとめ、落ち着いた雰囲気を漂わせながらも、その瞳の奥には芯の強さが宿っている。


「あなたが、カイルさんですね。エリカから聞いています。今回の防衛でも活躍されたとか」


「俺はしがない冒険者だ。貴女ほどの活躍はしてない」


 カイルはぶっきらぼうに答え、部屋の隅の椅子に腰を下ろした。お茶には手を伸ばさず、視線も合わせない。


 エリカが空気を読んで、軽く話題を逸らす。


「リュシアさん、今は傷の具合どうですか?」


「ええ、もう平気よ。エリカさんの治癒のおかげ。味方には多くの犠牲を出してしまったけれど…彼の助けがあって死霊王の討伐も出来たし」


 その視線が一瞬、カイルに向く。


 カイルはそれに気づきながらも、知らぬふりを通した。


「防衛線が持ちこたえたのも、討伐が叶ったのも貴女を含め東門の連中が踏ん張ったおかげだ。……こっちはあくまで、補佐に回っただけさ」


「本当に誰なんでしょうね仮面の人。私もいきなり抱えられて連れて行かれたので、正体とか素性とかは全然わからなくって」


 エリカが軽く笑って言う。あまりにも白々しい演技に顔をしかめながらカイルが椅子から立ち上がる。


「俺はアズレイン呼ばれたからギルドに寄っただけだ。伝言があるなら、預かるが?」


「いえ、こちらから直接お伺いしますので……」


「そうか」


 カイルは一礼だけして、部屋を出て行った。リュシアが何かを言おうとしたその瞬間も、彼は目を合わさずに。


 扉が閉まったあと、リュシアがぽつりと呟いた。


「あの人、なんだか妙に壁があるのね」


「まあ……カイルさんって、そういう人ですから。深入りされるの、あまり好きじゃないんだと思います」


「……不思議な人」


 そう呟く彼女の横顔には、戦いの場で見せた鋼のような緊張感はなく、ただ真っ直ぐに誰かを理解しようとする眼差しだけが残っていた。


 エリカはその様子を横目で見ながら、心の中で小さく息をついた。





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