#7
朝霧が石畳を薄く覆い、陽光が街並みの尖塔を黄金色に染める頃、カイルは冒険者ギルドの前に立っていた。木造二階建ての質素な建物――だが、扉に掲げられた交差剣の紋章と鉄製の留め具が、ここが命と金が等価でやり取りされる場所であると告げている。
重い扉を押し開けると、朝一番の受付を済ませようとする若者たちの熱気が押し寄せた。新調した革鎧の匂い、刃を研いだばかりの金属臭、そして緊張と虚勢が入り混じった喧騒。カイルはそれを一瞥し、まっすぐ受付へ向かう。顔なじみの受付嬢のナターシャが顔を上げ、声をかけると笑顔で挨拶を返す。
上階へと案内される間、周囲の冒険者の嫉妬の視線を集めるが理由はエイラの美貌からだろう。噂によるとわざわざ遠い町から移住してまでこのギルドへ通う冒険者もいるらしい。
階段を上り切ると、廊下の奥に最奥室の扉がある。ノックをするまでもなく、内側から老練な声が響いた。
「入れ」
扉を開ける。中は書架と武具で埋め尽くされていた。壁に掛かる巨大なドラゴンの頭骨、その下には使い込まれた鎧と、刃こぼれだらけの大剣。窓から射し込む陽に埃が舞う。その中心で、銀色の髪の男が椅子をきしませた。
――アズレイン。かつて戦場でカイルを拾い上げた魔物狩り。今はこの街のギルドマスターだ。
彼は顎に手を添え、鋭い眼光でカイルを射抜くように見た。
「昨夜の墓地、後始末は済ませたか」
「グールの残骸は焼いて灰に。だが、ネクロマンサーは取り逃した」
「攫われた娘の一人は助けたんだろう?まあ上等だろうさ。――座れ」
アズレインは卓上の地図を軽く叩く。そこには街から南西へ延びる森路と、その先に赤い×印がいくつも記されていた。
「トロール討伐の依頼を受けた青銅級の一党の捜索、可能なら救助を頼みたい」
カイルは椅子にもたれ、脚を組んだ。駆け出しの冒険者ではないにしろ素人に毛の生えた程度の一党がトロール討伐とは結末など見なくてもわかるようなものだが。
何しろ手練れの冒険者に対して駆け出しの冒険者の数のほうが圧倒的に多いため、報奨金が少ないが危険度の高い依頼を受け冒険者等級を上げようとする者も少なくない。
「俺は遺品回収屋じゃない、って前にも言ったはずだ」
「聞いている。しかし代わりもいない。峠周辺ではゴブリンの出没が続いてる。訓練不足のガキじゃ犬の餌だ」
アズレインは懐から革袋を取り出し、卓に落とした。重い音。金貨の詰まった袋が弾んで止まる。
「……随分弾むな」
「お前がいつかせがまれて剣を教えてガキがいただろう?貴族出身の生意気そうな奴だ。どうやらその一党の頭目がそいつでな。名は何と言ったか……とにかく親御さんが血相を変えて嘆願してきたというわけだ」
カイルの眉がわずかに動く。
「なるほど、アイツか。名前は思い出さなくても良いぞ、爺さん」
ムッとした顔でカイルを睨むアズレイン。幼少期に親と引き離された彼にとって彼は父親のような存在だった。ギルドの職員や他の冒険者には絶対に言えないような言葉であったが彼にはお構いなしの様だ。
「随分と軽口を叩くな……お前、ギルドの受付嬢に手を出してないか?ああ、これは由々しき問題だな…冒険者がギルドの職員と特別な間柄になるとは。冒険者登録の抹消も考えねば」
珍しくニヤリと笑うアズレインに痛いところを突かれ思わず押し黙るカイル。しかし、頭の中で今は亡き師匠、アズレインの伴侶だった女性から聞いた話を思い出した。