#66
呻き声と腐臭、折れた矢の破片が混じる血の地獄。
西門の前線は限界に近かった。
地を這う亡者たちの波は止まらず、倒しても倒してもその列は埋まる。
冒険者たちは傷だらけで、それでも後退はなかった。
だが、敵の勢いが衰える兆しは一向に見えない。
「そろそろ、矢も魔力も尽きるわ!」
「それじゃあ、白兵戦だな。期待してるぞ金等級」
フィオナの叫びに、アズレインは低く返す。
その声は荒れていたが、瞳だけは凪いでいる。
彼の前には十数体の魔物の骸が転がっていた。だがそれでも、足りなかった。
「きりがないよー!臭いし、汚いし…」
マリーが疲弊した呼吸の合間に、剣を杖のように支えながら呟く。
その時だった。
轟、と空気が震えた。
風の流れが変わった。
「嫌な予感はしてたんだ。はぁ……ついてない」
重く、抑えた声をカイルが発した。
白い仮面を手にしたカイルが周囲を確認し外套のフードを被る。
霊薬を口に含み、彼は無言でそれを顔にかぶせた。
白い仮面の下で、彼の頬に赤い聖痕が走る。
足元から駆け上がるように解放された魔力が爆風のように広がり、周囲の死者がまるで嫌うかのように一歩退いた。
「すまんな。結局はお前に頼るしかないとは」
アズレインの低い声が、周囲の喧騒に溶ける。
カイルが魔法銀の剣を鞘に納め、引き抜いた剣が紅く光る。
「MORVA」
身体能力を向上させる呪文を短く唱え、カイルが踏み出す。霊薬で抑えらている状態では行使できない多重魔法。自身の体に刻まれている刻印に魔力を流し、魔法を幾重にも重ねて発動した。
「KRUS」
同時に剣にも刻まれている刻印にも魔法をかける。剣戟を拡張する魔法を。
次の瞬間、視界が光に焼かれた。
轟音と共に、彼の剣が水平に振り抜かれる。
光の奔流が一帯を包み、半径十数メートルの敵影が一斉に消し飛んだ。
「なっ……」
目を見開き、衝撃波にマリーが思わず尻餅をつく。
フィオナでさえ、思わず短剣を振るう手を止めた。
カイルは進む。
刃が振るわれるたび、紅い光が尾を引き、亡者を寸断する。
刃が届かぬ敵には、地を裂くような斬撃の残響が飛び、黒煙となって消えていく。
敵にとってはまさに災厄。
命を持たぬものにとっても彼の存在は脅威だった。
「圧巻ね」
フィオナが低く呟いた。
無数の亡者たちが、ついに“恐れ”を知ったかのように、退いた。
いや――本能が逃げろと叫んだのかもしれない。
だが、遅かった。
カイルは一気に切り崩し、目に映る敵を数刻のうちにほぼ殲滅した。
息ひとつ乱さず、彼は剣を肩に背負い、仮面越しに周囲を見渡す。
もはや戦場に立っている者の多くが、声もなく彼を見ていた。
「……終わった?」
マリーが茫然としながら問う。過去に仕事上、彼と剣を交えたことのある彼女だったが彼の本当の力を知らなかった。剣の腕が立つことは無論知ってはいたがまさかこれほどだとは、と。
「いや」
カイルが答える。
「残りは任せる」
そして、彼は歩み寄り、後方で治癒の奇跡を使っていたエリカの前に立つ。
「エリカ」
「はい!」
「東門に行くぞ。一緒に来い」
エリカは一瞬、何を意味しているのか分からなかった。
だが――彼の瞳を見て、理解した。
「勇者が手こずってるようだから、少し加勢しにいく。お前もあの勇者と魔女に死なれたら困るだろ」
ため息をつきながらカイルがしゃがみこむ。
「急ぐぞ。手遅れになる前に勇者に仕事をしてもらわないとな」
エリカは言われるがまま彼の肩に手を回し、背に跨る。
「二人とも気をつけて」
フィオナの声に、カイルは短く頷く。
「西門は任せた」
アズレインの前を通り過ぎる瞬間、ふたりは目を合わせた。
その間に交わされた言葉は、ただ一つ――
「こちらは任せておけ。行け」
そして、カイルは地を蹴る。
外壁を飛び越え、屋根を伝って一直線に東門を目指す。




