#55
辺境の町に、ざわめきが広がっていた。
「東の勇者一行が来たらしいぞ」
「本物の勇者だって? 本当に、こんな辺境の町に?」
通りを行き交う人々の噂は、半信半疑ながらも興奮を含んでいた。
王都でしか耳にしないような名が、突如この静かな街に降り立ったのだ。興奮が走るのも当然だった。
冒険者ギルドも例外ではなかった。
ギルドの応接室には、いつにも増して沈んだ静けさが流れていた。
長机の片側に座るのは、純白の外套を纏った東方の勇者、リュシア・ファルステラ。
整った顔立ちに銀髪、金糸の刺繍が揺れる軽鎧は、威圧ではなく静かな威厳を纏わせている。
その隣には、灰銀の長髪を背に流した魔女ティルフィアが座していた。深い藍色のローブには、見慣れぬ魔法式の刺繍がいくつも走り、彼女の“異質さ”を無言で語っていた。
対する席には、ギルドマスターのアズレイン。そして、彼のすぐ傍らにはエリカが控えていた。
年若い少女の身には少し荷が重い空気――だが、エリカは目を逸らさなかった。
「改めて感謝します。こうして正式な場を設けていただけたこと、嬉しく思います」
ティルフィアの声は静かで柔らかいが、どこか測るような響きがあった。
「こちらとしても、あなた方の協力には礼を言いたい。エリカに関しては、本人の意志に基づき参加している。あくまでギルド監督下での会談という前提だ」
アズレインの返答は簡潔で、隙を与えない。
ティルフィアは微笑むと、視線をエリカへ移した。
「では、少しお話を聞かせてもらえる? あなたが、どうやってこの世界に来たのか。今、何を探しているのか」
「はい。とは言っても私自身も、どうしてここに来たのか、正確には分からないんです」
興味深い話にティルフィアは無言でノートを広げ、エリカの口から事の詳細を聞くと記録を取り始めた。羽根ペンが滑る音が、応接室に静かに響く。
「では、今は帰還の手段を探しているのね?」
「はい」
そのやり取りを隣で見守っていたリュシアが、口を開いた。
「あなたがこの街で“冒険者”として活動している理由は?」
「……生活のためです。それに、自分の足で立てないと、誰の助けも受けられないと思ったから」
「なるほど。覚悟のある答えですね」
リュシアの声は凛としていたが、決して敵意は含んでいなかった。
「もうひとつ、確認させていただきたい。あなたは、“死霊の王”――グリマタルと接触した、と聞きました」
エリカは短く頷いた。
「はい。あの聖堂で、依頼中に偶然遭遇しました。すでに戦闘状態にあった金等級の一党がいましたが、私たちは即座に撤退しました」
「戦闘には加わらなかったと?」
「はい。あの場にとどまれば、全滅していたと思います」
ティルフィアは記録を止め、少しだけ満足そうに微笑んだ。
「生きて帰ってきたというだけで、十分に価値はあるわ。あなたの証言は、今後の解析に役立つでしょう」
アズレインが会話の間を縫うように言葉を挟む。
「ギルドとして提出した報告以上の詳細を明かす予定はない。今後の調査には、正式な申請が必要だ」
「もちろん、そのつもりです」
ティルフィアは素直に応じ、視線をエリカへ戻した。
「その聖堂を、私たちの目でも確認したいと思っているの。……あなたも同行してくれるかしら?」
エリカは一瞬だけ目を伏せたあと、静かに頷いた。
「分かりました。何か役立てるなら」
「頼もしいですね」
リュシアが短く言い、ティルフィアの筆が止まった。
「現地調査が終わった後、あらためてあなたの帰還に関する協力を検討するわ」
その言葉に、エリカの目がわずかに揺れた。
「ありがとうございます」
テーブルに置かれた茶の香りが、静かに揺れる。
異なる地から来た者。
使命を背負い、ここに立つ者。
その視線が交差し、やがてひとつの場へ向かって動き出す。
静かに。だが確実に。




