#54
カイルの部屋では、相変わらず穏やかな夜の空気が流れていた。
照明の仄かな光が棚の瓶のラベルを照らし、外では虫の音が静かに響いている。
エリカは湯気の立つカップを両手で包みながら、静かに口を開いた。
「それで……“東の勇者”一党に、魔女がいるんですね?」
カイルは火炉の前から顔を上げると、無言でうなずいた。
「師匠から聞いた程度の話しか知らんが、放浪癖と知識欲の塊らしい。魔女ってのは大体そんなもんだ」
とは言っても魔女と呼ばれる存在はこの世界に数えるほどしかおらずカイルが会ったことがあるのは師匠だけではあるのだが。カイルのお目付け役になる前はアズレインと共に世界を旅していたらしい。
「話が通じる相手でしょうか?」
「“興味さえ惹ければ”な。逆に言えば、失えば一切こちらに構わない。協力を引き出すには、こっちから“餌”を差し出す覚悟がいる」
エリカは少しだけ考えてから口を開いた。
「……“異世界から来た私”ってだけじゃ足りませんか?」
「彼女にとっては十分すぎるほど珍しい存在だろうな。“話を聞かせてほしい”ってことになる可能性は高い。ただし――」
カイルの言葉が途切れたところで、エリカがそっと続けた。
「“グリマタル”の件ですね」
「ああ。俺たちが現場にいたこと、そして生き残っていること。それを考えれば話を聞かれるだろう」
火炉の薪がはぜる音が、短く部屋に響いた。
「……どうしますか? 本当のことを話しますか?」
「一部だけだ。“遭遇したが、戦闘中だった金等級の一党がほぼ壊滅し、俺たちは正面戦闘を避けて撤退した”――それが公式の証言になる。俺が主導して戦ったなんて話は絶対に出すな」
「了解です。……理由を聞いても?」
「俺は勇者じゃない。ただの銀等級の冒険者だ。そうでありたいと思っている」
言い切ったその声音には、迷いがなかった。
エリカは軽く息を吸い、表情を引き締めた。
「他にも気をつけること、ありますか?」
「いや、とりあえず俺の事は極力話題に出さずにおいてくれればそれで良いさ」
カイルは静かに続けた。
「お前を助ける、と約束はしたがもし他の人間に正体が露呈するようなことになるなら、悪いが約束は守れない。俺は今の生活が気に入ってるし、手放したくない」
エリカはしばし黙り込み、やがて小さく笑った。
「もちろんです、私も努力します。それに今は私にも新しい仲間がいますし…もちろんカイルさんにも協力してもらいたいので絶対にそうならないように注意します」
部屋の空気がわずかに緩む。
エリカはカップを口に運び、カイルは火炉に薪を一本足した。
「まずは手がかりを魔女が知っていれば良いが。手がかりが見つかるまで、少なくとも勇者がこの近辺にいる間は裏方に徹していたいな」
エリカは小さくうなずいた。
言葉は多くないが、互いの考えは自然と噛み合っていた。
照明の光が揺れ、机の上に二人の影を落とす。
表に出ることはないが、確かな意思が、そこにはあった。




