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#51

「できたぞ。試作品」


 工房の棚から丁寧に取り出された小瓶には、淡い緑色の液体が入っていた。エリカの世界で“シャンプー”と呼ばれていたものを、カイルなりに再現したものだった。


「本当に、ありがとうございます!」


 エリカはうれしそうに小瓶を抱え、早速そのまま出て行こうとするが――カイルが無言で立ち上がり、彼女の前に回り込む。


「どこに行くつもりだ?」


「え? 水場で試すつもりでしたけど……」


「外じゃ泡も流れも安定しない。お前に頼まれて作ったあれ、試すにはちょうどいい」


「……あっ、シャワー!」


 場所は、ギルド職員の寮。そこには改築された風呂場があった。職員の要望で作成され今はカイルによって作成された試作品を取り付ける為に改装中であった。

 洗い場と湯船、そして壁に取り付けられた金属製の筒と弁。


 エリカの記憶とカイルの技術を組み合わせて、数日前に完成したものだった。


「まさか本当に出来ちゃうとは思いませんでした」


「お前が描いた仕組みが無駄に細かくて苦労した。まぁ、昔に腕利きのドワーフに師事してた経験が活きたな」


 金属筒の弁を回すと、軽い音とともに管の先端から霧のような水が噴き出す。

 冷たい水だったが、装置に組み込まれた魔石の熱伝導で徐々にぬるま湯へと変化していく。


「うわっ、ちゃんと温かい……! すごい、本当にシャワーになってる」


「魔石にも寿命があるから無限には使えないがな」


「了解ですっ!」


 そして――


「おーい、まだかー!」


 浴室の扉を叩く元気な声と共に、マリーが乱入してきた。

 後ろには無理やり連れてこられたフィオナも腕を組んで立っている。


「面白い物があるって聞いたから来た! あたしも使っていいでしょ?」


 フィオナがため息をつきながらも中に入ってくる。

 カイルはすでに退出しており、浴室にはエリカたち三人だけになった。


 エリカが小瓶から液体を取り出し、水と混ぜながら髪へと伸ばす。


「なんか不思議だわ。見たことない装置だし」


 フィオナが素直に感想を漏らす。普段、感情を表に出さない彼女が目を見開いていた。エリカを真似て洗髪した後にシャワーを浴びた。

 マリーも思わず声を漏らす。


「このシャワーってやつ……めっちゃ気持ちいい。頭がとろける……!」


 エリカはほっと息を吐く。


「感動した。匂いはどう?きつすぎない?」



「むしろいい匂いよ。これ、髪だけじゃなくて身体にも使えそう」


「ボディーソープは別で作って貰いました。あとトリートメントも」


 浴室は笑い声に満ちていた。

 カイルが設計し、エリカが記憶し、ふたりで作り上げた道具が、今、身近の人間たちの暮らしを変えようとしていた。

 エリカは湯気の向こうで笑うマリーと、不思議そうにドライヤーで無言で髪を乾かしはじめるフィオナの姿を見つめた。

 元居た世界と変わらない光景――その事実が、胸の奥を静かに温めていた。

 その日の夜、カイルのもとに一本の瓶が届けられた。


 エリカの直筆で、「初号:シャンプー」と書かれたラベルが貼られていた。

 瓶の底には、三人の署名と、ひと言。

 《これ、最高でした!》

 カイルはラベルを読み、ひとつ息を吐くと――

 そっと瓶を棚の一番上に置いた。


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