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#49

 朝の訓練場は、珍しく静まり返っていた。


 今日は休み――訓練生の怒鳴り声も悲鳴もない、貴重な一日。

 カイルは郊外の地下に構えた工房にいた。

 元はアズレインと共に作り上げた作業場だった。


 装備を調整するための場所――だったが、今では思いついた魔道具をこつこつと作り続ける、彼の工房になっている。

 鍛冶用の槌と鋼。魔道具の細工材。魔石の欠片や、色褪せた符式の束。

 壁一面に、今ではすっかり日常となった道具の気配が並んでいた。


 炉に薪をくべると、火が赤く灯り、鉄板がじわじわと熱を帯びていく。

 金属と油の香り、炉の中で木がはぜる音。耳に馴染んだ静けさの中、時間は確かに流れていた。


「カイルさーん、いますかー?」


 控えめに扉を叩く音。聞き慣れた声だ。


「開いてる」


 扉が軋む音と共に、顔を覗かせたのはエリカとフィオナだった。

 ふたりとも、どこか様子を伺うような表情を浮かべている。


「お邪魔します。外は綺麗な庭園ですね……本当に地下にあるとは思えないです」


「こんな場所を根城にしてたとはね。どおりでいくら探しても見つからなかったわけだわ」


 二人は揃って工房に入ると、物珍しそうに周囲を見回す。

 カイルは炉の火を調整してから、ようやく顔を向けた。


「それで、お願いってなんだ?」


 もとはアズレインから「この場所は他人に教えるな」と釘を刺されていた。


 だが、うっかりフィオナに尾行され、結局この地下工房は知られることになった。

 そしてフィオナ経由で、カイルが魔道具制作や鍛冶に長けていることがエリカの耳にも入った――結果、今に至る。カイルもすでにナターシャを招き入れてしまっているため今の事態も割としょうがないと受け入れてしまっている。


「特殊なお願いなので、普通の鍛冶屋さんには頼みづらくて」


 そう言って、エリカは小袋から金貨や銀貨の入った革袋を取り出した。

 討伐の報酬をきちんと分配し、計画的に使っているあたりは、彼女の年齢を思えば見事というほかない。


「火を起こさず魔石の力で使えるコンロ、携帯できる寝具があれば、野営の負担が軽くなると思って。あとは、私の元いた世界にあった日用品を再現できないかと思って。思い出せる範囲で図にしました」


 差し出された手書きのメモには、細かい図や注釈、使用例までびっしりと記されている。

 カイルは黙ってそれを受け取り、ぱらぱらと目を通した。


「……見たことのない道具ばっかりだな。魔石の処理を工夫すれば、できなくはないと思うが」


「本当ですか!?」


 エリカがぱっと表情を明るくし、安堵の息を吐く。


「で、私はこっち」


 フィオナが続けて布包みから長弓を取り出し、丁寧に机の上へ置いた。


「修理っていうか、もう新調したほうが早いって判断して。軽くて丈夫なのが欲しい。……魔力の流れに合った、ちゃんとしたやつ」


 カイルは弓を一瞥し、呆れたように言う。


「ドワーフの鍛冶屋に頼めば質の良いのがあるだろう。俺に頼むと高くつくぞ」


 だがフィオナはふいっと顔を背け、わずかに口を尖らせた。


「だってマリーは、カイルに作ってもらった剣を使ってるじゃない……。私だって、カイルに作って貰った弓が欲しいの」


 その言葉に、エリカが思わず苦笑いを漏らす。

 カイルは何も言わず、炉の奥で炭をかき混ぜた。もっともカイルが授かっている神の加護、鍛冶神の加護により大抵の武具製作においてドワーフの名工ですら彼には及ばないのを彼女らは知らない。使う武具の性能を最大限に引き出す加護の力は武具の加工時にも有効だった。


「数日はかかるから、まぁ期待せず待っていてくれ」


「了解」


「……ありがとうございます」


 二人が揃って頭を下げ、工房を後にしようとしたときだった。

 ふと、フィオナが足を止めて振り返った。


「……なんか、こういうのも悪くないかもね」

「何がだ?」

「“誰かに何かを頼める”ってこと。昔の私なら、そんなの絶対しなかったから」


 そう言って、フィオナは照れ隠しのように目をそらした。

 カイルは答えず、再び炉の火を見つめる。



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