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#46

 訓練場に、木剣の打ち合う音が響いていた。

 乾いた砂の上を、少年少女たちが駆け、転び、また立ち上がる。

 初々しい手つきで剣を握る者、詠唱すら口ごもる者――そんな彼らを、カイルは静かに見つめていた。


「ほら、脇が甘い。足元見て動けって、何度言った?」

「ひ、ひいい……!」


 逃げ腰になった少年の腹に、カイルの木剣が軽く打ち込まれる。


「はい、今日の走り込み、追加で五周な」

「えぇぇ……!」


 訓練場の隅では、何人かの若者が項垂れている。地味な体力錬成や、基礎の型を繰り返すばかりの時間に、明らかな疲労と不満が滲んでいた。

 かつてアズレインが教官をしていた頃と比べると、カイルの教え方には少し“遊び”があった。だが、それでも手は抜かない。


「いいか、一撃でも俺に当てられたら、地味な走り込みは免除するって言ったよな?」

「はい……でも無理です……!」

「俺はちゃんと手加減してる。ってか、このままだとゴブリンにすらやられるぞ、お前ら」


 木剣を肩に担ぎ、カイルは大きくため息をついた。

 未熟な駆け出し――そう表現してもなお、“冒険者”を名乗るにはあまりに頼りない者たち。

 一攫千金に夢を見た少年少女、剣さえ振り回せば金が稼げると思っている者、旅への憧れだけで飛び出してきた者――彼らに現実を突きつけるのが、いまのカイルの役目だった。


「ったく……アズレインも、なんでこんな役を俺に押し付けたんだか」


 背筋を伸ばして空を仰ぐ。乾いた風が髪を撫で、陽は高く、訓練場の空気はじりじりと熱を帯びていく。


「休憩! 水分補給を忘れるなよー!」


 声を張ると、訓練生たちは蜘蛛の子を散らすように水場へと駆け出した。


「よう。見てたが、今日はいつにも増して手厳しいな」


 声をかけてきたのは、訓練場の陰で魔導書を閉じた青年――銀等級の魔導士、ユリウス。

 銀縁の眼鏡に落ち着いた物腰。学院出身の賢者志望であり、魔力制御に長け、魔法の訓練を担当している。


「厳しくしなきゃ、あいつらは死ぬ。実戦の“怖さ”を、あまりにも知らなすぎる」

「まあ……依頼に出てそのまま戻らない連中も山ほどいるからな。金を払ってでも教えを乞うことが出来るだけあいつらは、まだマシな方だ」


 カイルは「確かに」と微笑み、二人で日陰へと移動する。


「けどまあ……昔の俺も、あんなもんだったかもな」

「お前が? それは想像できんな」

「俺なんて、師匠に殴られまくってさ。木剣が怖すぎて、寝ながら避けてたくらいだぞ」

「それ、普通ではないと思うぞ」


 冗談混じりの会話の中で、訓練場のざわめきがふたたび日常へと戻っていく。

 ふと、ユリウスが声を潜めて言った。


「ところでさ、聞いたか? “あの勇者一行”が、この街に来るらしいって」


 カイルの遊ばせていた木剣が、ぴたりと止まる。


「……勇者?」

「“死霊の王”の噂、広がってるだろ。どうやら、勇者の名を継ぐ連中が討伐のために動き出してるらしい。で、最近ここらの山でも魔物が活性化してただろ? その調査で、この街に寄るって話だ」


「そうか」


 その言葉に、カイルはわずかに視線を落とした。

 “勇者”という響き――今の自分にとって、それが何を意味するのか。語るつもりはなかった。ただ、過去に置いてきたその名が、また街をざわめかせる。それだけで、胸の奥がざらつく。


 そのとき。


 訓練場の門が、きぃと音を立てて開く。


「失礼しまーす! 昼食のお届けでーす!」


 軽やかな声とともに現れたのは、ギルドの制服を着た若い女性――受付嬢のシーナだった。

 両手に弁当箱を抱え、にこにこと笑顔を浮かべている。


「はい、今日の分! みんなで仲良く食べてくださいね~」

「ありがとな、助かる」

「それよりカイルさん、聞きました? あの有名な勇者様たちが、この街に来るって噂ですよ」


 また、“勇者”か――。

 カイルは木剣を肩に乗せたまま、どこか遠い目で空を仰いだ。

 今さら、英雄ぶるつもりはない。だが、あの名がもたらす“影”は、いまだに彼の背に残り続けていた。


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