#44
焦げ尾の岩場に、ふたたび緊張が満ちた。
竜の吐息は荒く、その巨体にも確かな疲労の色が浮かんでいる。
幾度も攻撃を受けたことで、鱗の継ぎ目には細かな傷が刻まれ、前足を失ったことで動きも鈍っていた。呼吸は深く、時折その胸が大きく上下する。
だが――それでもなお、残された片目は、なお凶暴な光を宿し、こちらを睨みつけていた。
「流石にしぶといわね」
フィオナが矢をつがえ、静かに弦を引く。
風が彼女の周囲に集まり始めた。地を這い、空に昇る気流が矢に絡みつき、魔力の光が矢尻を包む。
「マリー! もうそろそろ決めてよね!」
「任せな!」
マリーが剣を肩に担ぎ直した。かつてカイルが握ったアダマンタイトの聖剣は、陽光を受けて鈍く蒼く輝いている。
「風よ、矢となりて空を裂け――颶風連矢!」
フィオナが放った一矢は、空中で数本に分裂し、風の矢と化して竜の前脚を狙って襲いかかる。
重い鱗を貫くまでには至らない。それでも――狙いは十分だった。
竜が呻き声を上げながら身をよじり、片膝を崩す。
その瞬間、マリーが駆け込む。
崩れた膝の裏、わずかに開いた関節部へ、渾身の力を込めて聖剣を突き立てた。
「そこだっ!!」
鈍い金属音が響く。手に伝わる確かな抵抗――そして、切断の感触。
竜が呻き声を漏らし、体勢を崩した。前脚は完全に沈み、その巨体が傾ぐ。
「マリーさん!」
フィオナの声が飛ぶ中、マリーはすでに剣を両手に持ち替え、竜の首筋を駆け上がっていた。
熱が皮膚を灼く。それでも、彼女の脚は止まらない。
「終わらせる……っ!」
剣が振り上げられ――そして、振り下ろされる。
竜の首の鱗が裂け、深く刃が食い込んだ。噴き出す蒸気、赤黒い体液。
竜が咆哮を上げ、全身を震わせて暴れる――だが、その力はすでに峠を越えていた。
「もう一撃っ……!」
とどめの一閃が、まっすぐに竜の首へ走る。
――その瞬間。
竜が大きく跳ね上がり、最後の咆哮をあげた。
そして――音もなく、崩れ落ちる。
まるで、巨大な山が静かに倒れるかのように。
風が止み、空が澄んでいた。
陽光が戦場に柔らかく降り注ぎ、灼けた岩肌を優しく照らす。
「……倒した?」
エリカが杖を下ろしながら、ぽつりと呟いた。
フィオナは矢をつがえたまましばらく動かず、やがて、肩の力を抜いてため息をつく。
「……ええ。終わったわ」
岩場に剣を突き立て、肩で息をするマリーが顔を上げた。
「ふっ……あー……これで、しばらくタダ飯でいいよね?」
「働いた分だけなら、ね」
フィオナが笑わずに返すと、マリーはふてくされたように顔を背けた。
エリカは、二人のやり取りを見ながら、そっと息をつく。
――勝てた。
仲間と、自分の力で。
この手で、誰かの命を守れた。
その実感が、何よりの報いだった。
焦げ尾の岩場には、今や静けさが戻っている。
空は高く、どこまでも、青く澄んでいた。




