#43
風が砂埃を巻き上げ、焦げた大地を吹き抜ける。
短剣一本で竜と渡り合うには、限界があった。マリーの動きは酔っているにしては冴えていたが、武器の軽さが明らかに彼女の力と釣り合っていない。
「くぅ……これじゃまるで、包丁で岩斬ってる気分だよ……!」
ひらりと身を翻し、尾の一撃を避けながらも、マリーはわずかに息を切らしていた。
フィオナは状況を見極めていた。カイルを信じるなら、マリーの実力は間違いない――はず。だが、今の彼女には、それを最大限引き出す「剣」が足りない。
フィオナは腰の横に重みを感じた。
――カイルから預かった剣。
鞘は深い黒鉄色。鍔には光を散らすような銀糸細工が施され、柄の根元には淡く光る蒼い宝石が埋め込まれている。古くも、どこか神聖な気配を纏っていた。
アダマンタイト鉱石を用いて鍛え直された、かつて勇者が携えていた聖剣。魔力を一切使用できないマリーに合わせ、純粋な「斬る力」のみに特化した一振りだった。
「……ほんとに、カイルの言ってた通りになるなんて」
フィオナは一瞬だけ迷いを振り払い、腰の剣を引き抜いた。
日光を受けて、銀と黒が交じり合うように刃が輝く。形状は癖のない両刃、実戦用でありながらも美しさを備えた造形だった。
「マリー! これ、受け取りなさい!」
投げた剣はまっすぐに空を裂き、軌道を描いてマリーの元へと飛んだ。
「ナイス!」
マリーは短剣を放り捨て、空中で剣の柄を片手でキャッチした。
その瞬間、空気が変わる。
手に馴染む重さ。ぶれない軸。刃を通して伝わる、信頼と力。
「……うん、これならやれる」
マリーの表情が変わった。軽口が消え、真剣な目が竜を射抜く。
「試し切りといきますか!」
再び駆ける。剣を大きく振るい、竜の前脚を狙って斬りかかった。
金属のような鱗に、鋭い音を立てて剣が食い込む。
今度は通った。鱗の継ぎ目に刃が滑り込み、赤黒い体液がわずかに噴き出す。
「よっしゃ、いける!」
マリーが叫んだ、そのときだった。
――竜が、明確に敵意を向けた。
今度は、前脚ではない。
竜は頭部をひねり、動きを止めていたフィオナへと視線を向けた。
「――!」
踏み込みと同時に、巨体が跳ねた。衝撃で地が割れる。
狙いは、後方支援に回っていたフィオナ。
「くっ……!」
咄嗟に身をひねったが、すでに竜の口からは火が漏れ出している。
魔法を唱える時間も、完全な回避も間に合わない。
そのとき。
「聖なる意志よ、この身を通して顕現せよ。神の光、堕ちゆく命を守り給え――守り給え、聖域の盾!」
空気が震え、黄金の光が瞬いた。
フィオナの目の前に、淡く輝く障壁が展開される。
それはまるで、天から降り注いだ祝福の壁だった。
「っ……壁!?」
炎の息吹が光の盾にぶつかり、高く澄んだ音を響かせる。
結界は砕けない。炎の濁流は寸前で防がれた。
「そっか、案外やるわね。あんたも」
エリカの目は、まっすぐフィオナを見つめていた。手はわずかに震え、光の粒子が周囲に漂う。
フィオナも魔法を操り、自身の体に風を纏わせ高く飛んだ。
すぐにドラゴンもフィオナを追おうと翼を広げたが、上空から無数に降り注ぐ矢の雨にさらされ、それは叶わなかった。
竜は苛立つように尾を振り、マリーがたまらず距離を取った。




