#42
フィオナの指がぴたりと止まった。
「――風よ。誰よりも早く、誰よりも鋭く、誰よりも確かに届く者よ」
手のひらに集う風が、薄緑の魔力となって螺旋を描く。空気が震え、周囲の温度が一瞬だけ下がった。
「目に映らず、音もなく、ただ“真”を射抜け――颶風穿天!」
魔力を帯び放たれた風の矢は、空気を裂き、視線を穿つように飛翔する。
音もなく、だが確かにその存在を刻みながら、鋭い一撃が斜面の岩棚を跳ね、伏していた巨影に向かって飛翔する。
甲高い金属音。レッサードラゴンの眼に矢が突き刺さった。
突然の衝撃に咆哮。ドラゴンの蒸気を漏らす鼻面がゆっくりとこちらを向いた。
「マリー!」
フィオナの短い号令と同時に、マリーが爆ぜるように動いた。
斜面を駆けるその速さは、まるで風を裂くかのようだった。赤髪が後ろに流れ、軽装の体が岩を蹴って跳ねる。
「よっし! カッコ良いとこみせちゃうぞー!」
咆哮とともに前脚を振り上げる竜。その脚が落ちるより速く、マリーの剣が鋭く閃いた。
鱗の継ぎ目――関節の内側。狙いは完璧だった。
「いただきっ!」
刃がその巨体に食い込む――が。
ぎちっ。
妙な感触が、手元を走った。
「……あれ?」
剣が、途中で止まった。
マリーの手の中で、金属の軋む音。直後。
ぽきん。
「…………あら?」
剣が、真ん中から真っ二つに折れた。
刃の半分が宙を舞い、地面に突き刺さる。手元に残ったのは、柄と短い断面のみ。
「え、うそ。ちょっとタイム!?折れちゃったー!!」
「どんな安物使ってんのよ!」
フィオナの怒鳴りが後方から飛んできた。
「いや、でも! こいつには思い出があって……いや、今それどころじゃないってばぁああっ!」
竜が唸り、長い尾が地を薙ぐ。
「マリーさん、避けて!!」
エリカの叫びに、マリーは咄嗟に剣の柄を投げ捨て、横に跳んだ。
間一髪。尾が叩きつけられた岩が砕け、石片が雨のように降り注ぐ。
地面に転がったマリーが息をつき、天を仰いでぼやいた。
「今日は厄日かも…」
「ふざけ…! あんたほんとに役に立ってない!」
「うっ……わかってるってば~! でも、こういうときこそマリー様の真価が問われるわけで!」
「現状あんたが一番お荷物!」
マリーは転がりながら姿勢を立て直し、鞘から取り出したのは、予備の……というには頼りない短剣一本。
「よっしゃ、じゃあコレで頑張りますかー!」
「いや、冗談だと言って!?」
そのやり取りを聞きながらも、エリカはすでに祈りを紡いでいた。
温かな光がマリーとフィオナを包み、身体能力と耐性を引き上げる。
「私が守りますから、思いっきり戦ってください……!」
その声に応じるように、レッサードラゴンがゆっくりと立ち上がる。
体を包む赤銅の鱗が、太陽の光を受けて鈍くきらめく。
その巨体が、三人を睨みつけるように影を落とした。




