#40
静寂が戻った山道に、魔物のうめき声と血の匂いだけが残された。
ロックホーンは二体とも即死。矢が正確に急所を貫いており、もがく暇すら与えなかった。
マリーが近づいて、倒れた魔物を蹴り返すように横向きにしながら唸る。
「流石、金等級」
「当然。私が外れるような矢を射るわけないでしょ」
フィオナは表情を崩さずに答えるが、矢筒を確認する仕草にほんのわずか緊張の名残が見えた。この先の事を考えての事だ。魔法袋にも矢の残弾はあるが出来るだけ余裕は欲しいらしい。
その間、エリカは少しだけ遅れて魔物のそばに歩み寄った。
「えっと……あ、これ。魔石ですね」
恐る恐る手を伸ばし、硬くなった獣の胸元近く、脈動の残滓がかすかに宿る部分から、小さな赤褐色の魔石を取り出す。
「使い道、あるかしら?」
「ギルドに提出すれば、報酬に上乗せされると思う。下級種とはいえ、魔石は魔石なんだから」
フィオナが近づいて石を一瞥し、頷いた。それ以外の素材についても有用なためマリーが手際よく解体を行い、角や革などは彼女の持参していた魔法袋の中に収められた。なんでも杖や防具の作成に重宝されているらしい。肉についてはどうやら食用らしいためエリカの魔法袋に収納された。
事が済むと三人は中断された食事を再開した。再び煮立ちはじめた鍋の中に、切り分けたばかりの肉が加えられる。香草と出汁の香りが広がり、三人の疲れた体を包み込む。
「……いただきます」
簡素ながら温かい昼食に、三人はしばし言葉少なに箸を進めた。
エリカはスープを一口すすると、静かに目を閉じた。
たとえ今すぐに帰れる手がかりがないとしても。今ここに、必要とされている。それだけで、前に進む理由はあるのだと、彼女は噛みしめるように思った。
「さて、と」
マリーが最後の一口を飲み干して立ち上がる。伸びをひとつして、明るい声を響かせた。
「腹もふくれたし、次は本命のトカゲ狩りといきますか~!」
「“トカゲ”って……ドラゴンのことですよね?」
エリカが苦笑すると、フィオナが地図を広げて指差した。
「この先、獣道が分岐してる。あたしたちは北側の尾根道を通って、ここ――“焦げ尾の岩場”に向かう」
地図には小さくそう記されていた。焦げ尾の岩場――過去に火災か爆発でもあったのか、そこだけ木々がなく、赤黒い岩肌がむき出しになっているエリアだ。
「そこの周辺で、冒険者がドラゴンを見たって報告があるの。焼け焦げた魔物の死骸もあったらしいわ」
「フィオナはドラゴンと戦ったことがあるの?」
「残念ながら経験はないわ。カイルならあったんでしょうけど。まぁ、油断すれば死ぬのは確かよ」
「はーい、緊張感持っていきましょうね~。私は帰ったら酒と風呂が待ってるんだから♪」
「あんたが一番の不安要素なんだけど」
フィオナの鋭いツッコミに、マリーは笑いながら手をひらひらと振った。
軽口を交わしながらも、三人は再び歩き出す。
陽は傾き、空の色が少しずつ赤みを帯びてくる。
岩肌が露出し始めた斜面の先に、少し開けた土地が広がっていた。
そこには――木々が焼け焦げ、黒く煤けた岩場が、まるで火の舌が這い回った跡のように、斜面を覆っていた。
「……ここが“焦げ尾の岩場”か」
フィオナが地図と照らし合わせるように呟く。風が吹くたび、焦げた土と微かに硫黄を思わせる匂いが鼻をかすめる。
「火傷の跡……じゃなくて、これは……」
エリカはかがみ込み、地表にあった焼けた獣骨を見つめた。
「何かに焼かれてる……これ、間違いなくドラゴンの吐息ですね」
三人の間に、ぴんと張り詰めた緊張が走った。
ついに――“それ”が近い。




