#4
ミスリルの剣が、二体目のグールの頭蓋を叩き割った。鉄では砕けぬ骨も、魔力を帯びた刃には抗えない。腐肉が散り、背後の墓石に赤黒い痕が飛び散る。
カイルは息を整える間もなく身を捻り、後方から忍び寄る気配に剣を突き出す。肉を裂く手応え。呻き声すら上げぬまま、三体目のグールが倒れ込んだ。
辺りには、死と血の匂いが立ちこめていた。霧が濃く、視界が効かない。だがカイルの感覚は鋭い。腐臭の流れや風の揺らぎから、まだ潜んでいる気配を読み取る。
――一体じゃない。まだ三、四体はいる。
それに、あの老婆。ネクロマンサーは逃げていない。むしろこちらを嘲るように、霧の向こうから呪文を紡いでいた。
「……まったく、年寄りなのに随分元気だな」
そうぼやきつつ、足元に倒れていたグールの腕を踏み砕きながら前進する。微かに聞こえる子供の泣き声。それが、墓地の奥――古びた霊堂の方角から響いていた。
その瞬間、地面が波打った。腐った根が生えたかのように、土中から死体の腕が何本も突き出される。カイルは一歩も引かず、ランタンを足元に放り捨てた。
光源は不要だ。目ではなく、殺気と音と空気の歪みで十分戦える。
剣を両手で握り、突き出してくる腐肉を片端から切り伏せる。音もなく迫る爪を受け流し、返す刃で頸を落とす。振り下ろされる腕を躱し、反撃の一撃で胴を断つ。流れるような動きに、無駄は一切ない。
墓地に響くは、刃が骨を砕く鈍音と、土に崩れる死体の音ばかり。
やがて、最後の一体がうめきながら倒れ伏した。カイルは息を吐き、すぐに足を霊堂へと向ける。だがその瞬間、霧が裂けるようにして老婆の声が響いた。
「……よくも、私の仔たちを……!」
カイルが顔を上げた先、石造りの霊堂の前に、老婆が立っていた。肩から下は崩れかけたローブに包まれ、指先には赤黒い魔法陣が灯っている。その足元には、縄で縛られた少女の姿があった。
「子供を生贄にする気か」
カイルの声が低くなる。そこには怒りはない。ただ冷たく、殺意だけがあった。
老婆は干からびた唇を歪めて笑った。
「そうだとも。この子は、冥界へと繋がる扉を開く鍵……血筋が、特別なのだ」
「そうか……なら、今すぐその儀式ごと消してやる」
カイルが足を踏み出した瞬間、老婆の掌から呪術が放たれる。霊気と怨念を凝縮したそれを、彼は咄嗟に身を捻って避ける。墓石が粉砕され、黒煙が立ちこめた。
その中を、カイルの剣が閃く。
死角を突いた斬撃が老婆の肩を裂いた。肉が裂け、骨が露わになる。
老婆は叫び声と共に後退するが、カイルは容赦しない。足を止めず、次の一撃を放とうと踏み込んだ。
その時、霊堂の扉が軋んだ音を立てて開いた。
中から響いたのは、何か――人ではない、異形の唸り声だった。