#39
陽はすでに頭上に昇り、木立の隙間から差し込む光が、土と苔の混じる山道をまだらに照らしていた。鳥の囀りが時折聞こえ、柔らかな風が枝葉を揺らす。
そんな静かな山の中を、三人の冒険者が歩いていた。険しい山道のため、彼女たちは麓までは馬車で運ばれており、予定通り任務が済めば、また迎えに来てもらえる手はずになっている。
「ねえ、ちょっと、もうそろそろ休憩にしない……? あたしもうダメ……足がとける……」
先頭を歩いていた赤髪の剣士――マリーが、わざとらしいほど大げさに呻きながら、岩にぺたりと腰を下ろした。革のブーツを脱ぎ捨て、足をぶらぶらさせる。
「まだ昼にもなってないのに、何言ってるんですか……」
後ろから呆れた声をかけたのは、フィオナ。彼女は肩にかけた荷を下ろすと、大きくため息をついた。道中でも隙あれば酒を飲むマリーを見ていい加減に我慢できなくなったようだ。
「出発して三時間ちょっと。あんた剣と、酒しか入ってない背嚢以外に荷物もないし、整備された登山路でしょうが。何がそんなに辛いわけ?」
「……実は、日差しに弱いんだ。体質ってやつでさ」
「嘘おっしゃい。絶対関係ないでしょ」
そんな二人のやり取りを横に見ながら、エリカは控えめに笑みを浮かべていた。
「じゃあ、ここでお昼にしましょうか。日陰もありますし」
「おぉぉ……天使だ、女神だ、エリカちゃん……!」
マリーが両手を広げて感謝を捧げるようなポーズを取るが、フィオナがすかさずその頭を軽く叩いた。
「調子いい奴……ほんと、なんであんたが銀等級なのよ」
「えー、剣の腕には自信あるもん。人に負けたのなんて……一度くらいだし? それ以外がちょ~っと自由なだけで~」
「ちょっとじゃないでしょ……」
エリカはリュックから布包みと小鍋を取り出し、手早く焚き火の準備に取りかかる。火打ち石と乾いた樹皮を使い、小さな炎がすぐに芽吹いた。
「お昼はサンドイッチとスープで構いませんか?」
「エリカちゃん、ほんと良いお嫁さんになるって……うちに来る?」
「行きません」
「即答ぉ……!」
くすくすと笑うエリカの手元で、小鍋からはすぐに湯気が立ち上り始める。スープの香りが風に乗り、森の中に静かに広がっていった。
「……それにしても」
フィオナがサンドイッチをかじりながら、ちらとエリカを横目で見る。
「やけに慣れてるのね。こういう旅の支度とか料理とか。前の世界じゃ、神官ってみんなこうなの?」
「ええっとぉ……全然そんなことないよ。むしろ、昔は不器用だってよく言われてたの。何もできなくて、周りに迷惑ばかりかけて……だから、せめて人の役に立てるように、って」
手を動かしながら語るエリカの声は、どこか柔らかく、それでいて芯がある。
「そっか」
フィオナは小さく頷いたが、すぐにそっぽを向く。
「でもまあ、悪くないわよ。あんたのご飯、そこらの宿屋よりうまいし」
「えっと、それって、褒めてる?」
「べ、別に。事実を言っただけよ!」
「あ、照れてる」
「照れてない!」
マリーが横から楽しげに口を挟み、フィオナの頬がかすかに赤くなった。
鍋の中で根菜が静かに踊り、やがて昼の光の中に、やさしい食事の香りが満ちていく。
この短い休息の時間が、三人の距離を少しだけ縮めていた。
そしてそのとき――。
突如として、茂みの奥から、がさり、と音がした。
全員の身体が同時に硬直する。エリカが鍋を押しやり、マリーは寝転んだまま腰の剣に手をかけ、フィオナがすでに矢筒から矢を引き抜いていた。
「……来るわ。前方、重い足音。獣か魔物か」
フィオナの冷静な判断の直後、木々を割って姿を見せたのは――二体のロックホーンだった。
鹿のような体に石質の角を持つ、突進力に優れた下級魔物だ。
マリーが剣の柄に手をかけながら、フィオナの動きを目で追う。
フィオナは矢を構え、魔法の詠唱を唱える様子もなく、そのまま矢を放った。
明後日の方向へ飛んでいった矢が二本――だが次の瞬間、風がうねるように軌道を修正し、二本の矢が正確に魔物の急所へ吸い込まれた。
「おおー。私の出番はないみたいね」
マリーは剣の柄から手を離し、倒れ伏す魔物を見下ろしながら、肩をすくめた。




