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元勇者、冒険者として第二の人生を歩む  作者: 橘ユウマ
忘れられた地下聖堂ー邂逅ー
32/174

#32

 戦いが終わるとしばらく祭壇の傍で座り込んでいたフィオナが、ようやく顔を上げる。頬には血と煤がこびりつき、栗色の髪も乱れていた。


「仲間のものだろう。お前が持って帰ってやれ」


 カイルが金属片を差し出した。薄汚れ、焦げた布切れに包まれたそれは、認識票だった。凄惨な戦いの結末、彼が拾い上げた唯一の遺留品。戦場となった礼拝堂には死体すら残ってはいなかった。


 フィオナはそれを受け取ると、指先でそっと触れ、何も言わず目を伏せた。小さく、かすかに唇が震える。


「あたし、仲間を守れなかった」


 その声に、嘆きと悔恨が滲む。

 カイルは少しだけ視線を逸らし、ゆっくりと腰を下ろした。外傷を負った訳ではないが、体が軋む。だが今、体の痛みよりも彼が気にしているのは、目の前の少女のことだった。


「誰かを守るってのは簡単なことじゃない。この結果はお前のせいなんかじゃない」


 フィオナが顔を上げる。涙が頬を伝い、彼の姿を見つめていた。


「なんにせよお前は生き残った。きっとそれには意味がある、少なくとも俺はお前だけでも無事で良かったと思ってるよ」


 カイルに頭を撫でられフィオナはしばらく黙っていたが、やがて小さく頷いた。


「……カイル、ありがとう」


 彼女はそれだけ言うと、立ち上がった。認識票を握りしめる手に、迷いはなかった。


「あたし、これ以上泣いてる顔見られたくないから…行くね。気持ちの整理がついたら会いに行く。今度はどこかへ消えないでよ?」


 そう言ってフィオナは、礼拝堂を後にする。彼女の背中が闇の中に消えていく。カイルはその姿が見えなくなるまで、黙って見送った。


「……ったく。強がりばかりは昔から変わらないな」


 肩を回しながら、カイルも遅れて歩き出す。やがて崩れかけた礼拝堂を出たところで、彼を待っていたエリカが声をかけた。


「カイルさん……フィオナさん、大丈夫でしょうか」


「時間が必要だろうな。……だが、あいつは乗り越えるさ。あいつは、強い」


 二人並んで夜道を歩く。湿った森の香りと、遠くで鳴く鳥の声が、わずかに現世の温もりを思い出させた。

 しばらく沈黙が続いたが、エリカがふと問いかけた。


「フィオナさんとは、ずっと一緒だったんですか?」


 カイルは少しだけ歩みを緩め、夜空を仰いだ。星が雲間からのぞいている。


「いや、初めて会ったのは、俺が勇者だった頃だ。もう、何年も前になる」


「えっ……?」


「旅の途中、フィオナのいたエルフの里に滞在したことがあってな。人間とエルフの混血だったせいで、あいつは酷く嫌われていた。教会の孤児院で、掃除ばかりさせられて」


 カイルの口元に、わずかに笑みが浮かぶ。


「けど、裏庭で泣きながらこっそり魔導書を読んでる姿を見て……放っておけなくてな。少しだけお節介をした。魔法の初歩と、戦い方……二年くらいは旅の拠点にしてたからな」


 エリカは驚いたように目を見開いていた。


「それじゃフィオナさんにとって、カイルさんは師匠みたいな存在だったんですね」


「……さあな。あいつが俺をどう思ってるかは知らん。だが、あの時の女の子が、今は冒険者だ、それも金等級の。それは誇らしく思うよ」


 そう言って、カイルは歩を進める。体の節々が痛むが、それを誰にも悟らせない足取りで。

 エリカはその背を見つめ、しばらく黙っていたが、やがて口を開いた。


「カイルさんって、優しいんですね」


「本当にそう思ってるのか?」


「ええ。もちろん」


 その笑みに、カイルは小さく肩をすくめた。

 夜の静寂が、再び彼らを包んだ。だがその歩みは、少しだけ軽くなっていた。


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