表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
元勇者、冒険者として第二の人生を歩む  作者: 橘ユウマ
忘れられた地下聖堂ー邂逅ー
27/174

#27

 礼拝室跡は、ひどく静かだった。


 砕けたステンドグラスから差す光はなく、壁には古の祈りが刻まれたまま、今はただ冷たく沈黙を保っている。蝋燭台は横倒しになり、誰かが残した血の跡が黒く固まり、床に染みついていた。


 「……本当に……生きてたんだ」


 扉を閉める音と同時に、フィオナはその場に崩れるように膝をついた。細く白い肩が震え、涙が頬を伝う。

 栗色の髪は肩で揺れ、左目にかかる前髪の奥から、隻眼が真っ直ぐにカイルを見ていた。少女の頃よりすらりと背が伸び、今や弓兵として鍛え上げられた肢体はしなやかさと力強さを併せ持っている。だが、その目にはかつてと変わらぬ、純粋な想いが宿っていた。


 「ずっと……ずっと探してた。カイルさんが死んだって聞かされても、信じられなかった。でも、どこにもいなくて……だから、やっぱりって……」


 震える声は、怒りと安堵、そして切なさが混ざり合っていた。


 「悪かった」


 カイルはそう呟いて、彼女の隣に膝をつく。


 「俺は……死んだことにして、逃げた。戦いには勝ちはしたさ、仲間のおかげでな。でも俺には仲間を救えなかった。今、お前の目の前にいるのはお前の知っている『勇者』なんかじゃない」


 静かに目を伏せるその声には、かつての誇りも、自負もなかった。ただ、悔いと自嘲だけが残されていた。


 「そんなの……関係ないよ」


 フィオナは立ち上がり、唇をきつく噛みしめながら、彼の胸を拳で小さく叩いた。


 「カイルが死んだって聞いて、あたし……どれだけ……!」


 言葉の続きを口にする前に、再び涙が頬を伝った。


 「勝手にいなくなって……何も言ってくれなくて……!」


 それは、少女のまま止まっていた時間が、いまようやく動き出したことの証だった。


 だが、そんなひとときは長く続かなかった。


 突如、聖堂の奥から凍てつくような瘴気が吹き抜けた。空気が軋み、石壁が低く唸る。魔力の波が一瞬にして礼拝室を包み、ふたりは反射的に身構える。


 「なに、今の……?」


 フィオナが弓を取り出しながら周囲を見渡す。耳を澄ませば、かすかに聞こえる呪詛の残響。どうやら敵は、まだ終わっていなかった。


 「奴らの儀式……止めきれてなかったってことか」


 カイルが鋭く呟いた。


 「でも、魔法陣は壊して――」


 その言葉の途中で、礼拝室の扉が軋みながら開いた。エリカが顔を覗かせ、青ざめた顔で告げる。


 「カイルさん……奥の祭壇から、何か……黒いものが……!」


 その時、すべてが静止した。


 ――カツン。


 靴音ともつかぬ硬質な響きが、崩れた聖堂の奥からゆっくりと近づいてくる。


 瘴気は一層濃くなり、空気が歪む。誰も触れていない蝋燭がひとりでに灯り、血塗られた祭壇が赤黒く輝き始めた。


 そして、それは現れた。


 鎧のような白骨に身を包み、王冠のような骨飾を頂いた存在。空洞の眼窩には赤黒い光が宿り、手には“死者の書”と呼ばれる禁呪の書物を携えていた。


 「愚かな冒険者どもたちよ……よくも冥界の扉が開かれるのを邪魔建てしてくれたな。だが、もはや遅い。王は……降り立ったのだ」


 それは、魔王直属の七使徒のひとり。幽鬼(レイス)やグールの頂点に立つ存在。


 深淵より出づるグリマタル──奈落の底より這い出た、死霊の王。人の間ではそう呼ばれていた。

 エリカは震えをこらえ杖を握る。フィオナもまた弓をつがえた。


 だが、カイルの目に恐れも動揺もなかった。

 この先に何が起こるかは以前にも体験していたから。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ