#24
山道を抜け、視界の開けた岩場でカイルは手綱を引いた。清流の音が静かに響く場所で、陽はまだ高くなく、霧が草の香りと共に残っていた。
「ここで少し休むか」
カイルの言葉に、エリカは緊張した足取りで馬を降り、草の上にへたり込んだ。白い神官装束が土埃に汚れないよう裾を押さえながら、ほっと一息つく。
「こんなに、馬に乗るのが大変だなんて……」
小さく苦笑する彼女の横顔を見ながら、カイルは黙って荷物を降ろしていた。
やがて、エリカはふと口を開いた。
「……ナターシャさんのこと、ですけど」
「なんだ?」
「すごく、綺麗な方ですね。あんなに完璧な人、見たことありません」
エリカはどこかため息まじりに言った。
「恋仲って、いいですよね。彼女は顔の造形も整っていて、スタイルも抜群……なんというか、同性の私ですら見とれてしまうくらい。カイルさんと知り合う前はちょっと怖いイメージがありましたけど」
「そうか」
カイルが短く答えた。エリカは自分の胸元に視線を落とすが、ナターシャとは比べるまでもなく、現実に打ちのめされるだけだった。
「ナターシャは、俺が折れかけたときに、そばにいてくれた。……間違いなく、良い女だよ」
カイルの言葉には、打算のない信頼が滲んでいた。
「……そうなんですか。胸も、大きいですしね」
エリカは視線を伏せ、小さく唇を結ぶ。
「正直に言うと、ちょっとだけ羨ましかったです。自分にないものを、全部持ってる気がして」
不意に、カイルの手から小石が放たれた――。
「きゃっ……!」
エリカが思わず身をすくめると、石は彼女の足元すれすれに突き刺さった。反応は遅く、動きも鈍い。
「鈍いな」
「な、なんですか急に……っ!」
エリカは慌てて背中から杖を引き抜いたが、構えは不安定で手もわずかに震えていた。
「俺はお前の冒険者としての力量を知らない。だから少し試しただけさ」
カイルの声は冷静だったが、どこか叱咤を含んでいた。
「やっぱり、私なんかじゃ銀等級のあなたとは釣り合いませんか? お荷物、ですよね」
その言葉には怯えと、それでも立ち向かおうとする意思が宿っていた。
確かにカイルの胸元には銀の認識票が下がっている。しかし、その実力は等級以上のものだった。
冒険者の等級は、銅、青銅、鉄、銀、金、白金、魔銀級の順に格付けされる。ギルドへの貢献度や依頼の達成率に応じて昇格試験を経て認定される仕組みだが、カイルはその例外に位置する。これ以上の等級では目立ちすぎるという理由で、自ら銀級に甘んじていた。
「例外はあるが、神官は支援職だ。体術にそこまで期待はしていない……が、パーティといっても、今は俺たち二人だ。常にお前のそばで、敵から守れるとは限らない」
そう言ってカイルは、立ち上がる。
「お前の願いだ。手を貸すといった以上は可能な限り手助けはする。だが、“守られる側”のままでは済まされない」
エリカは唇を噛み、小さく頷いた。
「……次はちゃんと動きます」
「期待してる」
その短い言葉のあと、カイルは再び手綱を取り直した。エリカも少し遅れて立ち上がると、泥のついた杖を慎重に払い、鞄へ戻した。
「遺跡までは、あと数日。気を抜くなよ、エリカ」
「……はい」
その返事には、少しだけ強さが宿っていた。
朝露に濡れた草を踏みしめながら、二人は再び歩き出す。
静かに、だが確実に――エリカの足取りには、わずかながら覚悟の重みが加わっていた。




