#16
エリカとの短いやりとりを終え、カイルたちは焚き火を完全に消すと、野営地を後にした。
朝の森は、ひんやりとした空気に包まれ、鳥たちの囀りが響く。エリカは名残惜しそうに焚き火跡を振り返ったが、すぐにカイルの背中を追う。
街道に出ると、馬車の轍が削った土埃の立つ道を、ただ黙々と歩いた。
昼前、ようやく遠くにギルドの建物が見えてくる。木造の二階建て、古びた看板が風に揺れていた。
冒険者たちのざわめきが近づくにつれ、エリカは自然とカイルのすぐ背後に寄った。
この世界で生き延びるために覚えた本能的な動きだった。
カイルは無言でギルドの扉を押し開けた。
途端に鼻をつく、木と血と酒の混じった匂い。
混沌とした空気に、エリカはわずかに身をすくめたが、それでも彼を信じるように一歩を踏み出した。
受付には、金色の髪を持つナターシャがいた。
彼女は、どこぞの冒険者に口説かれている様子だったがカイルを見つけると好機とばかりに金色の髪を揺らし駆け寄ってきた。
「カイルさん! 無事でしたか」
屈託のない笑顔にカイルは短く返した。
「依頼の報告だ。魔石は買取で頼む」
淡々と切り出すと、懐から血で汚れた布袋を取り出してカウンターに置く。
中身は、回収できた認識票と数点の遺品、それから討伐したトロールから出てきた魔石。
魔道具制作に重宝されるため、ギルドでも高額で買い取られる。
ナターシャは布袋を開けると、手慣れた手つきで検分した。
すぐに確認を終えると笑顔を向ける。
「確かに受領しました。依頼完了ですね。お疲れ様です」
彼女はそう告げると、硬貨の入った革袋を取り出してカイルに手渡した。
ずっしりと重いそれを、カイルは無言で受け取る。
そのまま立ち去るかに見えたが、ふとエリカに視線を向けたナターシャが首を傾げた。
「そっちの子は?」
興味本位でナターシャが聞いた。
以前にも冒険者としての登録の為に、ここで審査を受けたことがある。
だが、エリカも数多い冒険者のひとりにすぎず、ナターシャが顔を覚えていないのも当然だった。
カイルは一瞬だけ考えた末、簡潔に答える。
「しばらくはこの子の面倒を見ることになった。依頼を一緒にこなすこともあるだろうから覚えておいてくれ」
ナターシャは目を丸くした後、ふっと柔らかい笑みを浮かべた。
救援などの依頼を除けば他人と協調することのないカイルをよく知る彼女ならではの反応だった。
「あらあら、随分と珍しいこともあるものですね」
小声で、カイルにだけ聞こえるよう耳打ちすると、ナターシャはすぐに受付に戻っていった。
カイルはエリカを伴い、ギルドを後にした。
外は、午前の光が街を柔らかく照らしている。
報告を終えた今、次にすべきことは――。
「一旦解散だ。帰る場所はあるのか?」
振り返らずに問うと、エリカは慌てて歩調を合わせながら答えた。
「神殿に一旦戻ろうかと考えています。でも、その、路銀が……」
言いづらそうに俯くエリカの前に、カイルは無言で革袋を放り投げた。
驚いたエリカは慌ててそれを受け取り、深々と頭を下げる。
「とりあえず俺は《竜のまどろみ》って酒場の一室を借りてる。用が済んだら尋ねてこい。……俺は、休暇だ」
淡々と告げるその声音に、どこか疲れが滲んでいた。
立て続けにこなした依頼と戦闘。さすがのカイルにも、休息が必要だった。
そしてもうひとつ――。
彼には、人知れず足を運ぶべき場所があった。
湯浴みで疲れを癒し、霊薬の素材となる草花の様子を見に、自身の隠れ家――《精霊の住処》へ向かうために。
カイルは、振り返らずに街の喧騒の中へ歩き出した。
その背中を、エリカは不安と、わずかな希望の入り混じった表情で見送った。




