#12
陽が傾き始めた草原を、カイルは馬を歩かせた。
森を抜けたとはいえ、まだ安全とは言い難い。
目立たぬよう、低木と岩の陰を選びながら進む。
やがて、小川のせせらぎが聞こえた。
そのほとり、背の低い樹々に囲まれた小さな窪地を見つける。
(……ここなら目立たない)
カイルは馬を止めた。
慎重にエリカを抱き下ろし、柔らかな草地に寝かせる。
エリカの顔は青ざめ、呼吸は浅い。だが、見たところ返り血以外に外傷はない為ショック状態なのだろう。
カイルは手早く野営の支度に取りかかる。
枝を集め、小さな焚き火を起こす。
火が灯ると、ようやく夜の冷たさが和らぎ始めた。
持っていた水筒を取り出し、エリカの唇にそっと当てる。
エリカはわずかに眉をひそめたが、水を受け入れると、かすかに喉を鳴らして飲んだ。
「……大丈夫そうだな」
カイルは呟き、薪をくべた。
炎がぱちりと弾け、二人の影を揺らした。
荷鞍から干し肉と硬いパンを取り出す。
できるだけ消化に良い部分をちぎり、手早く温めると、細かく裂いてスープ代わりにする。
あまりうまいものではない。だが、今は栄養を優先すべきだ。
エリカは、火の光をぼんやりと見つめていた。
虚ろな瞳。カイルはスープをすくい、声をかける。
「……少しでいい。飲めるか?」
エリカは小さく頷き、震える手を伸ばした。
カイルはそっと匙を支え、彼女の口元に運ぶ。
一口、また一口。
エリカはゆっくりと、確かに生気を取り戻していった。
やがて、ひとしきり食べた後、エリカが小さく呟いた。
「……わたし……死んだ方がよかった、かもしれません」
消え入りそうな声だった。
カイルは火を見つめたまま、答えなかった。
エリカは、戦場で仲間を失った。彼女の仲間と過ごした時間などは知る由はない。
生き延びた痛みを、これからずっと背負うことになる。
その重さを、安易な慰めで誤魔化すべきではない。かつて自分がそうだったように。
沈黙の中、火がまた小さく爆ぜた。
カイルはようやく、低い声で言った。
「生きたくなければ、死ねばいい。ただ――死んだように生きるくらいなら、おれが導いてやる」
エリカは驚いたようにカイルを見た。
彼の口から出たのはいつかアズレインに言われた言葉だった。それ以上何も言わず、焚き火に薪をくべた。
夜風が、かすかに草を鳴らしていた。
その音に混じって、エリカのしゃくり上げるような呼吸が聞こえる。
カイルは立ち上がり、見張りに立つ位置を探した。
今夜は眠るわけにはいかない。
背後で、エリカがそっと身を縮めた気配がした。
彼女の呼吸は、ほんの少しだけ、安らいでいた。




