#1
燃えるような空が広がっていた。赤く染まった夕日が戦場を覆い、その光が血と灰とを照らしていた。瓦礫と化した砦の中、銀髪の少年が剣を片手に立ち尽くしている。その手には力がこもっておらず、剣の先が土を掘り返すように垂れ下がっていた。
彼の名は、カイル・グレイヴス。
勇者と呼ばれた少年。
だが今、彼の瞳に宿るのは希望ではなく、空虚だった。
仲間は皆、死んだ。
頼れるはずの味方の軍団は、最初の突撃で壊滅し、残されたのは少年一人と、無数の仲間の死体。
敵の魔物もまた、すべて滅びていた。
その中心に立つ彼の存在は、まるで戦場そのものが意志を持ち、形を成したかのようだった。
「……なんで、生き残ってるんだ、俺だけ……」
乾いた声が漏れる。手にした剣は、かつて己が持つ鍛冶神の恩寵によって鍛えた聖剣――にもかかわらず、その刃先にはヒビが入り、血と汚れに塗れていた。鎧も半ば砕け、肩口からは血が流れている。
死にかけたのではない。死を通り越したのだ。
彼は生き延びてしまった。
そんな彼に、声をかける者がいた。
「……おい、坊主。まだ立てるか」
灰色のローブを纏った男だった。年齢は五十に届こうかという初老。片目に包帯を巻き、背には古ぼけた長剣を提げていた。男の名は、アズレイン。かつて大陸を旅した凄腕の魔物狩りであり、今は冒険者ギルドで働く伝説的な人物だった。
カイルは返事をしなかった。ただ、その場に膝をつく。無気力な抜け殻のような彼の肩に手を置きながら低い声で話しかける。
「生きたくなければ、死ねばいい。ただ――死んだように生きるくらいなら、おれが導いてやる」
男はそう言い、彼に古ぼけたマントを掛けた。彼のこと知るアズレインは言葉を続ける。
「勇者という称号は捨てろ。お前の勇者としての人生は、今日で終わったんだ」
そして、彼の新たな人生が始まった。
それから数年後――
現在、カイルは小さな街で冒険者として、依頼を請け負う生活を送っていた。
霊薬の効能で銀色の髪は黒くなり、身にまとう装備も他の冒険者と大差ない。肩にかけた布の下には、無骨な剣の柄が覗いていた。人々は彼のことを「カイルさん」と呼び、畏怖も尊敬もせず、ただの便利屋として接していた。
それこそが、彼の望んだ「平穏」だった。
だが、その偽りの平穏もまた、長くは続かない。
世界は再び、彼を求めていた。