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第6話(未来が大きく変化中かも?)


 数日後。

 この日からアイルシアは、放課後のアルバイトに行く前、とある場所に立ち寄らせて貰うことになっていた。


 それはアイルシアがアルバイトをしている店が入居するショッピングモールから程近い場所に所在の、

 『ノース(北)公国軍帝都駐屯地』

 目的は、駐屯地内にあるトレーニングルームを使う為であった。



 「今日から宜しくお願いします」

 門番をしている兵士に声を掛けるアイルシア。

 「サクヤ様や副官殿から話は聞いているよ。 場所は、直ぐそこの建物の2階だから」

 「ありがとうございます。 ご苦労様です」

 丁寧に対応してくれた若い兵士に、しかめっ面で敬礼をすると、その姿が少し面白く見えたからか、笑顔で返礼される。

 ルテス子爵に準備して貰った北公国軍非公式のトレーニングウエア姿で訪問したことが功を奏し、スムーズに駐屯地内に入ることが出来た。


 もちろん、ルテス子爵の知己だからという理由だけでは、そんな簡単に立入許可が出るような場所では無い。

 海洋大帝國は近年、ユニオン連邦との国際関係が悪い状態が続いているので、海を隔てて国境を接するノース公国軍は対ユニオン連邦を想定した警戒態勢を常に取っている。

 それは、両国の境界線から遠く離れた帝都ペンドラに有る駐屯地でも同様なのだ。


 しかしその高いハードルは、アイルシアの中に転生した海帝の経験と知恵を借りることで、比較的容易に突破出来ていた。

 その鍵は、帝都に常駐する北公国代表代行サクヤ・ティアナの存在。

 レオニダスの実姉であるサクヤ。

 帝都帝國大卒業後、ノース公国軍に入隊したロベールだが、本来4大グループの全てから幹部候補生として勧誘されていた最優秀な学生であったのに、それを全部断らせて入隊させたのは、常に実弟レオニダスの身を案じているサクヤの強い要望によるものであったからだ。

 もちろん、海帝アイルシアもそのいきさつを全て知っているので、その伝手から、将来北軍への入隊希望を持っているロベールの親しい女子高生という立場を作った上で、ロベールからサクヤに願い出たのだった。


 「お〜、アイルシア。 スムーズにここ迄入れたか?」

 「ありがとうございます、ロベール様。 お手を煩わせて」

 「大したことでは無いよ。 基本的に僕がトレーニングする時間であれば、立会人無しでここでトレーニング出来るから」

 「私も、(前世から)使い慣れたここの器具で体幹を鍛えておきたいのです。 今後、色々な場面に遭遇しても、とりあえず初期対応は一人で出来るように」


 アイルシアはそう答えると、早速トレーニング器具を使って、訓練を始めたのだが......

 海帝アイルシアの気持ち的には、ルテス子爵として、14年間鍛え続けた延長線上のつもりなので、もっと楽に器具を扱える筈なのに......

 「いや〜、キツい......この子、運動を何もしていなかったの? まだ、高校1年生でしょ」

 直ぐに音を上げそうになるほど、乳酸が溜まってしまった筋肉が、重くて痛くて辛い。

 

 『アイルシアって、幼い頃のエウレア様の身辺警護を実質的に一人で務めていたエリシア・グドールの一人娘よね? だったら、一定程度鍛えれば、特別な警護員としての血筋を引く潜在能力が多少開花する筈だけど......』

 海帝ロベールは前世の時、いつも物静かなアイルシアを見る度に、そう考えていた。

 それは、度々発生したエウレアを狙ったテロの際、アイルシアが負傷した場面を見たことが無かったからだ。

 一緒に居て、巻き込まれる場面も多々有ったのにだ。

 それは、エウレアの大魔女としての防御能力だけでは、説明出来ない幸運さだと感じており、

 『もしかして、特別な危機回避の身体能力を隠し持っているのでは?』

と内心、思っていたのだ。


 「なんだ。 威勢は良かったのにな。 もうくたばったのか?」

 ロベールが余裕そうな表情で、息切れしているアイルシアに声を掛けてきた。

 「まだ初日ですから。 今後続けていけば、必ず子爵様と遜色ないレベルにまで上げてみせます」

 「ピンチが有っても、僕が常に駆けつけられる訳では無いからね。 自己防衛能力を上げて貰わないと」

 「ええ、それは分かっています」

 息切れと筋肉痛で、苦しそうに答えるアイルシア。


 結局、小一時間の訓練で完全にくたばってしまっていた。

 「これからアルバイトだろ? そんなに疲れてしまって、大丈夫か?」

 床上で大の字に転がっているアイルシアの姿を見て、流石に心配そうに覗き込む。

 「足がパンパンで......階段がヤバそうです。 おぶって一階まで降ろして貰えますか?」

 「それぐらいなら、全然構わないけど」

 子供の頃から体を鍛え続けている身長182センチのロベールからみれば、華奢で159センチのアイルシアをおぶることなど、大した労力では無い。

 だから、抱き上げてヒョイっと背中に乗せると、トレーニングルームを出たのだが......


 「おい、アイルシア。 ちょっと止めてくれ〜」

と急に懇願し始めたロベール。

 「どうしたのですか? 子爵様」

 アイルシアは、ガシッと首に両腕を巻き付けて、離れようとしない。

 「いや、だから......不味いって」

 焦った声を出す子爵。

 「副官殿......まさか〜」

 ニヤりという悪意の混じった気配が背後から感じ取れる。


 「あ~、わざとだな、アイルシア」

 「もしかして、感じちゃいました?」

 「ぐぬぬぬ」

 「あれ〜、何だか副官殿の下半身のアレが、モゾモゾ中?」

 「こら。 もう、降りろ」

 駐屯地内には、大勢の部下も居る手前、みっともない姿を見せる訳にはいかない。

 何とか、アイルシアの腕を強引に解いて、廊下へ降ろすことに成功したので、ホッと胸を撫で下ろす。

 「チェっ。 手間をお掛けした恩返しの特別サービスだったのに......」

 アイルシアは、目的を果たし切れないまま、ロベールに罠から抜け出されたことで、残念そうな表情を見せている。


 「あのな~、アイルシア。 俺の背中に胸を押し付けるんじゃないよ。 まだ15歳だろ〜」

 「じゃあ、16歳になったら押し付けてもイイってこと?」

 「この間、君が言ってたよな? 僕は胸の大きい女性の方が好みだって」

 「え~っ、じゃあ、私では子爵様を満足させられないってことですか?」

 悲しい表情に変わったアイルシア。

 しかし当然それは、嘘泣きのようなものだと見抜かれている。

 『この程度の巫山戯た位で叱りつけても、大人げ無いかな? 柔らかさを感じてしまったのは、僕の精神修行の未熟さも有るし......』

 そんな考えが、ふと脳裏に浮かぶ。


 「そうは言ってない。 実際......ちょっとは......」

 「ちょっとは?って、やっぱり反応し」

 「僕は勤務中だよ。 この話題はこれでオシマイ」

 アイルシアのペースを強引に断ち切るロベール。


 流石にアイルシアも、

 『これ以上茶化したら怒られるかも』

 雰囲気を察し、

 『仕方ないなあ』

という表情を見せた後、

 「ロベール様。 今日はありがとうございました。 今後も宜しくお願い致しますね」

 更に表情が変わって、突然アイルシアらしい丁寧な挨拶をされてしまい、思わずドギマギするロベール。

 「あゝ、宜しくな」

 真面目な返事をすると、

 「先程のは、その御礼です。 感触を忘れないうちに是非、今夜のオカズで使って下さいね」

 耳元で囁くと、颯爽と階段を降りてゆき、一階で手を振って、

 「子爵様、またね〜」

と言いながら帰って行くのであった。


 『アイツ、筋肉痛で動けないフリも半分演技だったのか......』

 最初から騙されていたことに気付き、アイルシアの小さな悪戯心に思わずほくそ笑んでいると、

 「あの子ですか? 副官殿が最近知り合った美少女って」

 急に部下から声を掛けられ、かなり驚くロベール。

 「ええと......うん、まあな。 ちょっと訳ありでさ」

 そんな返しでは、この部下に心の揺れを見透かされてしまい、

 「子爵様の将来の奥方候補になるかもしれませんね〜、あの子」

と茶化されてしまう。

 「さっきのやり取り、全部見てたのか?」

 「ええ。 いつも険しい顔の副官殿が非常に楽しそうだったので、つい」

 「まだ15歳だぞ?」

 「ということは、今年16歳になるのですね。 じゃあ、あっという間に適齢期の年齢ですね」

 「そんなものかなあ〜」

 ロベールは視線を、正門で兵士と話をしてから下手な敬礼をし、外へ出て行くアイルシアの方に送りながら呟くと、

 「そんなものですよ」

 部下の士官は、子供を持つ親としての歳上らしい感想を述べ、

 「では、副官殿」

と挨拶をして、ロベールの前を去って行く。

 「そんなものだな、多分」

 ロベールは小声で呟くと、汗を流す為、シャワー室へ向かうのだった。


 


 更にその数日後。

 「おうロベール、鍛錬に精が出るな」 

 アイルシアがロベールと一緒にトレーニング室で体力錬成に励んでいると、突然帝都駐屯部隊司令官のレオニダス・ライラル伯爵がやって来たのだ。

 「司令官、お疲れ様です」

 ロベールが手を休めて、その場で敬礼し、アイルシアのことを紹介しようとしたのだが......

 「あれっ? さっき迄、隣に居た筈なのに」

 キョロキョロ周囲を見渡すが、姿が見えなくなっていた。

 「どうしたんだ、ロベール。 誰かを探しているみたいだが」

 「ええ司令官。 紹介しようと思っている者が居るのですが......」

 「それって、噂の美少女だろ? だから俺もご尊顔を拝見に来たのだ」

 「駐屯地でみんなの噂になっているのですか?」

 「なんだ、知らぬは当人だけなんて、よく言うけど、本当にその通りだな」

 レオニダスは親友で従兄弟のロベールが、驚いた表情を見せたので、何だか嬉しそうだ。


 「ちょうど俺がここに上がって来た時、トレーニング室を出て行った背の低い人物がその子だろ」

 そう言いながら、少し待っていたがアイルシアは戻って来なかった。

 「トイレですかね〜」

 ロベールが少し気を揉んでいると、

 「ちょうど正門迄来客を見送ったところで、この建物の前を通ったら、2階からロベールの声が聞こえたので少し顔を出しただけだ。 次の来客を出迎える時間になっちまったから、また出直すことにするよ。 今度タイミングが合ったら、その美少女を紹介してくれ」

と言い残すと、レオニダスはトレーニング室を出て行くのだった。



 「あ〜、ビックリした」

 アイルシアの声がしたので振り返ると、いつの間にかロベールの近くに戻って来ていた。

 「何処に行ってたんだよ。 わざわざ司令官が、アイルシアの様子を見に来てくれたのだぞ......」

 ロベールが不満げな顔をしながら苦言を言うと、

 「実は......ゴニョゴニョゴニョゴニョ」

 アイルシアが小声である未来の事実を説明。

 「えっ、それは本当か? 前世では君の結婚相手が司......」

 そこまで言いかけたところで、

 「ロベール様、声が大きいですよ。 他人に聞かれたら、それだけで未来に大きな変化が生じてしまうかも」

と、人差し指を口に当てて、

 『シー』

と合図をする。


 「あら、もうこんな時間。 バイトに遅刻しちゃう、また後でね〜子爵様」

 「いや、ちょっと待てアイルシア......もう少し詳しい話を」

 ロベールは呼び止めたものの......

 アイルシアは、慌てて片付けを始めると、脱兎の如くトレーニング室を出て行ってしまった。


 『あまり追及されたくないから、逃げたのだな』

 ロベールは、アイルシアの後ろ姿を見送った後、トレーニングを中止し、司令官室に戻る。

 その後、副官としてのデスクワーク中に、

 『チャララ〜♪、チャチャチャチャチャチャ、チャララ〜♪』

と、ロベールの携帯型通信端末の着信音が。

 先程のアイルシアの話が少し気になっていたので、直ぐ確認したところ、

 『少し詳しく話をする必要がありますよね。 バイトが終わったら、いつもの感じで合流しましょう』

という内容のアイルシアからのメールであった。




 「アルバイトお疲れさん」

 アイルシアのアルバイト先の店の外でさり気なく合流後、いつものように無言のまま、日が落ちて暗くなったモールの敷地外に出てから、漸く話を始めるアイルシアとロベール。

 「ロベール様もお仕事お疲れ様でした」

 そんな挨拶を交わしてから、歩きながら本題に入る。


 「アイルシアが知っている未来と現状は、だいぶ異なってきているんだね?」

 その確認に頷くアイルシア。

 「話せる範囲でイイからさ。 心配事をあまり一人で抱え込んでいるのも良くないと思うし」

 ロベールの優しい言葉に、意を決するアイルシア。

 転生して、まだ半月も経たないのに、知っている未来の状況と、現状が大きく異なり過ぎていることで、アイルシアがナイトー伯爵家から解放されない未来が訪れてしまうのではと、考えることが増えていたのだ。


 「レオニダス様の側近かつ幼少期からの親友であらせられるロベール様ならば、ある程度のプライベートな秘密まで知っていることと思います。 私も前世で貴方だった時に、レオニダス様から色々と相談もされましたし......」

 「その通りだね」

 「では、確認させて頂きます。 レオニダス様とエウレア様との許婚の関係、解消されてないですよね?」

 「うん。 そういう話は一切聞いていないし、今も2人は帝都にあるティアナ公の邸宅で一緒に暮らしているよ」

 「そうですか......」

 アイルシアは、今までロベールに見せたことの無いくらいの、眉間に深いシワを寄せた深刻な表情へと変化。

 そしてロベールが心配になるほど、ガックリしてしまう。


 「実は転生初日に、お二人が一緒にショッピングモールに来ていた状況を目撃したので、概ねそうだろうと予測していたのですが......」

 「そっか〜」

 その後アイルシアは簡単にではあるが、未来での経験を説明する。

 大学卒業後のエウレアがシェラス公爵家の跡目争いに参戦して、当主の座を奪い取る決意を密かに固めた後、筆頭公爵家当主となれば、12公同士の婚姻禁止規定から、5公の一人であるティアナ公の子息扱いであるレオニダスとの婚姻が承認される見込みが無いので、レオニダス・ティアナとの許婚関係を解消し別れたこと。

 そして、エウレアがシェラス公爵家を継ぐことに成功し、大きな権力を行使できるようになったからこそ、恩義あるエリシア・グドールの一人娘であるアイルシアを探し出して、自身の元に引き取ることを決めたのだという未来での経緯をロベールに打ち明けたのだ。

 更に、特権である貴族家中における強い縛りからアイルシアを解放する為、レオニダスとの婚約関係を結ぶ策謀が計画され、やがて愛し合った2人が正式に夫婦になったこと等も明かしたのであった。


 「なるほどな〜」

 ロベールは一連の流れを聞き、ゆっくり歩きながら暫く考え込む。

 そして、自身の考えを話し出す。

 「そもそも、今から5年後に死んだ僕が過去を遡ってアイルシアの中に転生した時点で、死んだロベール・ルテスが経験したものと同じ未来はやって来ないと考えるべきでは?」

 「......」

 「でも、レオニダス様にしろエウレア様にしろ、人となりや性格、考え方は、君が未来で知っている2人と同一のままである筈だろ?」

 「はい」

 「それは、僕も同様だよね?」

 「ええ。 だから私は、ロベール様に今の話をしたのです。 貴方は私だし、一番信用出来る人物ですから」

 「それは、褒め言葉かな?」

 「もちろんです」

 「ありがとう」


 「でもアイルシアだけは、全くの別人になっているよね。 本来の、君が未来で知り合ったアイルシア・グドールとは、その中身が」

 「......」

 「死んだ僕が過去のアイルシアに転生したのは、その転生をさせた見えない力が、アイルシアの生きる道筋を変える必要があると判断したからだと、僕は考えている」

 「私もそう思います」

 「じゃあ、君が歩むべき道は、自然と見えて来る筈さ。 知っている未来に拘り過ぎる必要は無いよ」

 その言葉を聞き、心のモヤモヤが晴れた気がしたアイルシア。

 「ロベール様。 少しお耳を拝借させて下さい」

 「構わないけど......」

 そう答えながら、少ししゃがんで、アイルシアの口元に耳を寄せると......


 『えっ』

 ロベールの頬に、柔らかい感触が......

 慌てて立ち上がる。

 「凄く良いアドバイスをしてくれた御礼です」

と言いながら、悪戯顔のアイルシアがロベールの両眼から視線を外さず、じ~っと見詰めている。

 「いやいや、アイルシアはまだ高校生だろ?」

 意味の分からない話をしてしまうほど動揺し、慌てるロベール。

 「でも、心も体も、大人の女性ですよ」

 「君の目指す未来は、レオニダス様と一緒になることだよな?」

 ロベールは、一人の女性として、アイルシアを意識し始めていることを匂わすような確認のセリフを吐いてしまう。

 「それはどうでしょう? さっきロベール様がアドバイスしてくれたのですよ。 新しい私は私らしく生きて行くべきだと」

 『ヤバい......僕の心の内側を見透かされてしまっている』

 話題を変えねばと、冷や汗が出始めたところで、アイルシアは突然ロベールに抱き着き、両腕を首に回すと背伸びをして.......

 

 

 「今夜はここでお暇させて頂きたいのです」

 辺りは暗く、月明りだけがアイルシアの表情を照らし出している。

 『今まで見てきた女性の中で、最も美しい......エウレア様以上だ......』

 ロベールは、そんな感想を抱きながら、

 「送って行くよ」

と反射的に答えたものの、

 「いえ。 今日だけはここで」

 「そうか......」

 「その感触、一生忘れないで下さいね。 私にとって初めてなのですから......」

 「わかった」

 その返事を聞き、アイルシアは少し名残惜しそうに時々振り返りつつ、ナイトー伯爵邸の方へと歩いて去って行く。

 それを立ち止まって、軽く手を振りながら見送るロベール。

 月夜の中、やがてアイルシアの姿は道行く人々の中に消えてゆくのだった......




 「これで良し、と」

 ロベールと別れてから、近くの地下鉄の駅に入ると、一区間だけ乗車してこの日は帰ることに。

 ホームで列車を待ちながら、ひとこと呟いたアイルシア。

 『一応念の為に、ロベール様の私に対する淡い憧れや恋心を利用させて貰うわ』

 そんなことを考えていた。

 15歳といっても、その中身は間もなく誕生日が来れば30歳になった筈のロベールと海帝。

 24歳時点でのロベールの性格や人柄を熟知した上で、秘密をある程度明かした方が、より協力してくれるようになると考えたからこそ、この日の未来に関する一部の告白だったのだ。


 『口が固い人だとは、もちろん分かっているわ。 なにせ私自身なのだから』

 そう思いつつ、子爵の弱点や欠点も理解している。

 それは、主君で上司のレオニダスに問われた場合、比較的あっさりと秘密を喋ってしまうというもの。

 それ故、レオニダスとの関係よりアイルシアとの関係を優先させる形にしておかないと、漏れる可能性があるのだ。


 『当面、未来でレオニダス様と私が婚姻していることだけは、当人達の耳に入れるべきで無いわ。 なにせエウレア様とこのままいけば、結婚しそうな流れだから......それを無理矢理断ち切りかねない情報を与えるのは、間違いなく未来に悪影響を及ぼす......』

 ホームに入線して来た列車に乗り込みながら、考えを再度纏め直す。


 『しかし、あれ程にまで実父と継母、そして9人の異母兄姉を憎んでいたエウレア様が、転生した今の世界で行動に出ないのだろうか?......このまま、もし新しい当主が9人の兄姉の中から決まってしまえば、エウレア様がシェラス公爵家の当主になる道は、ほぼ閉ざされてしまうのに』

 海帝が転生したロベール・ルテスは、エウレアに仕えていたので、その心内を打ち明けられることが度々有って、エウレアに関する色々なことをよく知っていた。

 勿論、当主の座を強奪に至る詳しい経緯も。

 その実行された日は、まだ1年近く先のことであるが、エウレアが何の行動にも出ていない状況に、不安感を抱く、この時の海帝アイルシアであった。

 



 一方、その日の夜。

 「エウレア、ちょっと調子がおかしいんだ。 少し見てくれないか?」

 レオニダスが、風呂上がりで寝室に戻って来た許婚のエウレア・シェラスに状況を説明する。

 「えっ、『守護の力』の反応が無い?」

 「こんなこと初めてだからさ」

 「少し待ってて」

 エウレアはそう答えると、レオニダスの胸に自身の手をかざす。

 そのまま数分。


 「確かに。 レオニスの中にはもう存在していないわ。 守護の力は、別の誰かの元へ移動してしまったみたい」

 「別の誰かって、そんなことが......」

 「十分あり得るわ。 だって今、私の元に多種多様な魔力の源が世界中から集まって来ているでしょ? より適性や親和性の高い適合者が居れば、必要に応じてその人の元へと勝手に移動してしまうのよ、魔力の源って」

 「そんなものなのか?......」

 「新しい魔力所有者が誰だかは、そのうち分かるでしょうね」

 「......」

 「レオニス、ひとまず今日の行動を教えて」

 「ここ(ティアナ公の帝都の屋敷)と北軍の駐屯地以外、何処にも行ってない。 ただ、姉上が不在だったから、ティアナ公家に用件を抱えている来客が多かったよ」

 「それだと、今日駐屯地を訪れた誰かでしょう。 守護の力に新たに選ばれし人物は」

 「なるほどな」

 「あとで、今日会った方々の名簿をくださる?」

 「明日までに一覧を作っておくよ」


 「ところで、どうするレオニス?」

 「どうするって?」

 「器が空いた貴方に、別の魔力を与えても良いのだけど......そうね〜、『治癒の力』でどう?」

 「治癒の力? 俺の柄じゃない気がするが......」

 「ふふっ、確かに名前の響きは、ね」

 レオニダスの言い草にエウレアは笑う。

 「でも、軍人である以上、一番役に立つ能力よ。 治癒の力は」

 「エウレアの方が似合っていると思うんだが」

 「意外だと思うかもしれないけど、治癒の力への適性が低いのよ、私。 能力の内容が被っている救護の力がある影響でね」

 「救護の力?」

 「治癒+医師としての能力が合わさったものよ。 そっちの方が便利で私向き」


 そこまで勧められ、レオニダスの心は固まる。

 「わかった。 是非、その力を俺に移譲して欲しい。 みんなの役に立てるのならば」

 「じゃあ、今日は寝られないわね」

 エウレアは笑顔で答えると、そのままレオニダスの下腹部に手を伸ばし始める。

 やがて、快楽の世界へと身を委ねる2人。

 本来ならば、既にこの時点で許婚関係は解消され、エウレアとレオニダスは、それぞれ別の道を歩んでいた筈だが、海帝がアイルシアに転生した二度目の世界では、そうはなっておらず、未来が大きく変わり始めていたのだった。




 朝日が差し込む寝室。

 疲れて横で熟睡しているレオニダス寝顔を眺めながら、魔力の影響で常に眠りの浅いエウレアは、考え事をしていた。

 『『刻の音』が、『少し待った方が良い。 今はそのときに非ず』と言ってきたから、シェラス公爵家当主の座を奪う行動に出るのを見送って、レオニスに許婚関係の解消を考えていることも打ち明けなかったけど......第一、魔力がそんなことを忠告してくるなんて今まで無かったし、そんな話自体聞いたこともない......『守護の力』がレオニスの体から勝手に出て行ったことも、そうそうあり得ないことで......一体何が起きているの?』


 まだこの時点では、大魔女と呼ばれる程の存在では無かったエウレア・シェラス。

 しかし、その身に多くの魔力を有しており、この世界で唯一無二の強大な力を宿していることに変わりは無い。

 その彼女をしても、ここに来て相次ぐ変わった出来事の理由は分かっておらず、当惑している状態であった......

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