第5話(援助契約?)
15歳のアイルシア・グドールが自ら機会を求めて画策した結果実現したロベール・ルテスとの初対面。
本来はアイルシアが18歳の時、エウレア・シェラス公爵がノース公国軍司令官レオニダス・ティアナと会わせる目的で、公国軍帝都駐屯地にアイルシアを連れて行った際、ロベールとも面識を得るのが初めてとなる筈であった。
「では、交渉成立ってことですね」
アイルシアの言葉に頷いたロベール。
「ところで僕は何をすればイイのかな?」
「暫くの間は、私の周囲でトラブルが発生した際、必要に応じてロベール様が介入してくだされば、それで十分です」
「トラブル?」
「私が知っているアイルシアの未来というのは、エウレア様に庇護された以降のことだけ。 それ以前はナイトー伯爵家で下女扱いをされていたことぐらいの知識しか......。 だから、私に転生した貴方がアイルシアとしてこれから色々としでかすこと次第では、小さなトラブルが幾つも発生すると思うのです」
「伯爵家で下女扱い? 君みたいに綺麗な子が?」
意外な扱いを聞き、驚くロベール。
「ナイトー伯爵家って女系家族ですから」
「ああ、それでか〜。 美しさが、逆に妬みや嫉妬を買ってしまうという」
「そこまでは言わないですよ〜。 私が嫌われている一番の理由は現当主の伯爵様が吝嗇家ってことかな?」
「吝嗇家ね〜。 ケチ、ケチ......ナイトー伯爵家は大富豪で有名だし、アイルシアにその財産をビタ一文も分け与えたく無いってことか〜。 だから一族として認めないどころか、幼少期から下人扱いすることで、なんの野心も持たせないようにするっていう算段なんだろうなあ〜」
その後、簡単な説明を受け、現在のアイルシアの置かれている状況を知ったロベール。
しかし今この瞬間、己が二人同時に存在しているということに、何だか不思議な感覚を持ってしまう。
「それで、先ずお願いが有るんです」
途端にしおらしい表情へと変わったアイルシア。
「何かな? まあ、なんとなく予想は付くけど」
アイルシアへの転生者が語る話の流れは、ロベール自身が作っているので、その思考回路が読めるのも当然であった。
「お願いを当ててみようか?」
「是非どうぞ。 もし一発で当てたら、簡単なご褒美をあげようかな」
わざとらしく射幸心を煽って見せるアイルシア。
すると、
「携帯型通信用端末が欲しいってことだよね?」
「当ったり〜」
ロベールが見事に的中させたことに、アイルシアは驚いたような表情を織り交ぜた作り笑いを見せる。
一応おねだりをする以上、相手の気分を害さないようにするのは当然のことだ。
「買って欲しいというのではなく、アルバイト代が入ったら返しますので、それまで代金を貸して頂ければってことですが」
「汎用機種なら、プレゼントしてあげるよ」
「えっ、そんな、見ず知らずの女子高生に......まさか、その代わりにこの体を......」
アイルシアは冗談か本気なのか、傍からは分からないくらいの演技力で制服を少し引っ張り、自身の胸元を覗いている。
それに対して、ロベールがアイルシアの頭を軽く叩く。
「痛〜」
「痛くないでしょ?」
「へへへ、バレたか」
「これでも、キチンと稼ぎの有る大人だよ。 見くびらないで欲しいな〜」
「あの〜、私、ロベール様のお給料や貯金額、全部知ってますよ。 もちろん現時点での資産なども」
「あっ......そうだった」
思わず固まってしまうロベール。
ノース公国軍は、海を隔てて国境を接する軍事大国ユニオン連邦に対応する為、国力に比して規模の大きな軍事力を有している。
それ故、慢性的な財政難に陥っており、公国軍の俸給は、帝國中央政府直轄国防軍の7割程度という薄給である。
ロベールはエリート士官で、司令官レオニダスの副官という立場にあるものの、やはり給与はかなり安く、同世代の平民の平均レベルよりやや下という収入でしかない。
しかも、レオニダスが財政難のティアナ家に配慮し、俸給の半分を返上している影響で、ロベールも自主的に2割カットをしている。
名実ともの貧乏貴族であるのだが、この状況が大きく変わるのは、大富豪であるシェラス公爵家の私兵部隊の司令官になって以後のことであった。
「一つ教えて欲しいんだけど」
「なんでしょうか、子爵様」
「嫌だな〜、なんかその表現」
「貧乏なのは、私も同じですよ。 しかも今の私の場合は極貧......」
「僕って、未来でも金欠だった?」
「さあ〜、どうでしたかね〜」
アイルシアは含みの有る答えをしただけで、それ以上はいくら質問されても、マトモに教えようとはしない。
結局上手くはぐらかされてしまったので、聞き出すのを諦めることに。
「それじゃあ、食べ終わりましたし、そろそろお店を出ましょうか?」
アイルシアの一言に頷いたロベール。
その時、
「はい、約束のご褒美」
とアイルシアが言いながら、自身が食べていたメロンフロートの最後の一口分のスプーンをロベールの口に突っ込んだのだ。
思わず赤面するロベール。
「24歳にもなって、間接キスぐらいで赤くなるとはね〜」
そう言いながら笑い出したアイルシア。
5年後の未来の自分が転生しているという9歳年下の美少女は、今のロベールより、相当大人なびた人物だと感じた瞬間であった。
「この機種で構いません」
アイルシアは値段を確認しながら手に取った携帯型通信端末をロベールに見せる。
「こんな安いので、本当に良いの?」
「ロベール様と連絡が取れれば十分ですから......」
その説明に、何だか少し嬉しい気持ちになったロベール。
しかし、
「もちろん、ロベール様の懐具合を考えての選択でもあります」
と続いたのだ。
それを言われると情けない気がしてしまう。
その後、契約へと進み、全ての手続きを終えると、時間は午後9時近くになってしまっていた。
初めて持つ携帯型通信端末に、何となく嬉しげなアイルシア。
『僕も、両親に初めて買って貰った時は、嬉しくて夜中まで眠れなかったなあ〜』
そんなことを思い出しながら、アイルシアの笑顔を見詰めていたロベール。
すると、その視線に気付いたのか、
「あ~っと、ロベール様。 ひとこと言っておきたいことが」
「何かな?」
「私のことを好きになっても構わないですが、愛し過ぎてはダメですからね」
「......」
「ロベール様にはいずれ、運命の出逢いが有るでしょうし」
「運命?」
「それに、私の中身は貴方なのです。 自分の分身みたいな人物を愛するのは、何だか気まずいでしょ?」
そう言われ、苦笑してしまったロベール。
「アイルシア。 そろそろ帰らないと不味いんじゃない?」
話題を変えようと、少しわざとらしいロベールのその言葉に、今手に入れたばかりの携帯型通信端末に表示されている時刻を見て、ハッとした表情に変わるアイルシア。
「あまり遅いと、伯爵様の機嫌が悪い時にバレたら、折檻されるかもしれないですね」
「じゃあ、送って行くよ」
「ロベール様、私の記憶が正しければ......北軍の車両かな?」
「正解」
「副官っていう立場を利用して、時々勝手に使っていたよな〜私用でも。 まあ、駐屯軍はみんなが貧乏だから、帝都の物価高を考慮して、大目に見て貰っていましたね」
そんなことを呟いたアイルシア。
ロベールだった前世のことを振り返り、少し懐かしそうな顔を見せる。
言葉遣いも、男っぽいものに。
そんな姿を見ると、
『間違いなく、もう一人の僕がこの子の中に居るんだ』
と実感したのであった。
翌日もアイルシアのアルバイト終了時刻を見計らって、ロベールが夕食用の弁当を買いに現れた。
「アイルシアちゃん......」
レジに並んで自身の番が来ると声を掛けたものの、
「お客様。 私は仕事中です」
と会話を途中でピシャリと遮ったのだ。
その表情を見たロベールは、
『おお、怖〜』
と思いながら黙って支払いを終え、レジを通過。
ひとまず、アイルシアのアルバイトが終わるまで、店の外で待つことに。
「あら、ロベール様。 何か御用がお有りですか?」
アルバイトを終えて店外に出て来るなり、そんな言葉を掛けてきたアイルシア。
少し親しくなったと感じていたのに、何だか冷たい言い方に聞こえたので、ショックを受けてしまう。
すると、ロベールの携帯型通信端末から着信音が。
送られて来たメールを読み終えると、二人はわざとよそよそしく、ショッピングモールの出口に向かうのだった。
「今日の売上が悪かったのです」
メールの送り主はアイルシア。
その内容は、
『場所を変えさせて貰えませんか? それと少し知らない者同士の風を装って下さい』
というものだった。
歩いてモールから少し離れた、ロベール馴染みの飲食店に移動した二人。
そこで席に着いて注文してから、漸く会話を再開。
「それって、僕のせい?」
「そういうことですね」
不機嫌でぶっきらぼうに答えるなり、
「ヤバい、私の時給アップ計画が......折角この可憐な美少女ぶりを利用して、お客を増やして......店主からも、『このままなら、来月から時給アップよ』って言われていたのに......ブツブツ、ブツブツ......」
堰を切った様に愚痴を言い出したアイルシア。
その姿は、見た目とは全く正反対。
腹黒悪役美少女と言った感じだ。
それを見て、笑い出すロベール。
「なんですか? 私は超極貧。 生活をしていくだけで必死なのに......」
そして、ブツブツブツブツ文句を言い続ける。
「なに、あの小デブ客。 『昨日のアルバイト終了後の様子、見てたよ〜。 君って結構尻軽なんだね。 今度は俺とデートしてくれよ』とか言っちゃって。 キモいんだよ。 己の顔、鏡で見てから言え〜って」
「それとは別のアイツは何処の高校? 支払い代金を私に手渡しして、手を握ろうとするなんて......トレーに置けって言うんだ。 気色悪〜」
「『アルバイト終了後、10000でどう?』って誘ってきた中年のイケオジ.....どんだけ自分に自信が有るんだよ? 1万なんて安過ぎ。 最低10万からだろ〜、私レベルを誘うなら」
「極めつけは、ハゲた爺様......いきなり手を握りやがって、『貴女はワシの亡くなった妻の若い頃によく似ているんじゃ。 ワシの人生最期の願いを聞いてくれないだろうか?』だってさ。 そして、何と言ったと思う?」
「......」
「『抱かせてくれ〜』だとよ。 なんで男は、老若揃いも揃ってエロいことばかり考えるんだ? 私を見て......」
まだまだ続く、愚痴のオンパレード。
やがて、
「あ~スッキリした」
と言い、漸く笑顔を見せたのだ。
「大変だね〜、アルバイト」
「まあ、一定程度は覚悟していましたけど」
「ゴメンな。 昨日の僕の声の掛け方が悪かったせいだよね?」
「まさしく、その通りです。 責任取って下さい」
「責任って、まさか......」
「私、まだ15歳ですよ」
「ああ、そうだったね〜」
「やっぱり、ロベール様もエロいこと考えているんでしょ?」
「いや、そんなことは......」
「今、結婚することで責任取ろうと考えた筈」
「......」
「そして一瞬、私の一糸纏わぬ姿を想像しながら、『アイルシアなら構わないかも』って思ったですよね?」
「......否定はしない」
「私の中身は、29歳のロベール様。 全部お見通しってことです」
最後の言葉に苦笑してしまうロベール。
『これから、この子に手を焼かされることになるんだろうな〜』
と感じたからだ。
「ところで、今、お店を訪れたお客さんの一部を口汚く罵り続けたのは、転生した僕だよね?」
「そんなの当たり前じゃないですか? 本来のアイルシア様は、内気で控え目で、目立とうとか考える人柄ではありません。 悪口を言う姿なんて、見たことないですよ」
「でも、僕の目の前のアイルシアは、全然違う姿だね」
ロベールの指摘に、思わず一瞬黙ってしまう海帝。
それはアイルシアを再び穢してしまったような気持ちに包まれたからだ。
「まあ、それはとりあえず横に置いておきましょう、ロベール様」
と直ぐに気持ちを立て直す。
「僕が転生したアイルシア様は、今後僕の知る人となりと、大きく変わっていくでしょう。 だから目の前のロベール様は、それがアイルシア・グドールの真の姿だと、考えて下さい」
悪びれず言いのける。
「それって、僕に対する悪口に聞こえるのだけど......」
「そう受け取れないのなら、私の言い方が悪かったってことですね」
ロベールの返しに、再び切返すアイルシア。
そんな言葉のキャッチボールに、二人は可笑しくなって笑い出してしまう。
「実質的に同じ人物が毒舌で言い合っているのだから、ケリが付きませんか......」
アイルシアの感想に同意するロベール。
「その通りだね。 ところで話は戻すけど、昨日の僕の声の掛け方が、あまりにも軟派過ぎて、暫く迷惑掛けるだろうことの責任。 キチンと取らせて貰うよ」
「いや、それは、ホイホイ付いていった私にも落ち度がありますから......」
愚痴を聞いて貰ってスッキリしていたアイルシア。
『責任』って言ったのはあくまで言葉の綾だからと、断ろうとするも......
「全面的な援助契約を結ぶことにしよう」
と、ロベールが言い出したのだ。
「援交?」
聞き違えたアイルシア。
思わず昨日のように、制服の上着を引っ張って自身の胸元を覗き込む。
「私、それ程胸大きくないですよ。 ロベール様は確か、グラマシーな方が好みだったと記憶していますが......あれ、記憶違い? でも私の記憶はロベール様自身の筈......」
そうした反応に、昨日同様、頭を軽く叩かれたアイルシア。
「援交じゃなくて、援助契約。 君が困った時には、全面協力するって意味」
「はは〜ん。 さては惚れたな?」
巫山戯た返しをするのは、嬉しさを誤魔化す時のロベールの癖。
アイルシアのこの反応は、元々自己主張の乏しい本来のアイルシアと比較して、転生したロベールの影響が非常に強いことを示していた。
「ありがとう、ロベール様。 今日は愚痴も聞いて下さって。 私にはこの世界で現状、頼れる方が誰もいないので、宜しくお願い致します」
一気に真面目な表情になり、キチンと感謝を述べたアイルシア。
その表情は女神のような美しさであった。
それに対し、柄にもなく照れてしまったロベール。
顔が真っ赤になってしまい、自覚もしていたが、照れ隠ししても仕方がない。
相手の中には、もう一人の自分が居るのだから......
見詰め合う二人。
先に視線を外してしまったのはロベールであった。
「はい、私の勝ち〜」
嬉しそうに小さなガッツポーズをするアイルシア。
そんな会話を心の底から楽しむロベールだった。
『援助?援交? あのアイルシアって子、まさか子爵様と付き合っているの?』
偶然同じ店に居合わせた人物。
『道理で、次々と告白を即断る筈だわ。 所詮高校生なんて、子爵様と比べたら餓鬼だし、容姿も遠く及ばない。 でも、子爵様に目を付けたのは私の方が先。 あの子と付き合うなんて絶対に許さない』
あまりにも二人の世界に入ってしまっていたことで、アイルシアに対する悪意ある視線に気付くことが出来ていない二人であった......