第4話(秘密の共有?)
15歳のアイルシア・グドールに、月新海帝が転生してから一週間が過ぎた。
この間、それまで超消極的な人生を歩んできた本来のアイルシアとは異なり、何事にもかなり積極的な海帝流アイルシアの、見た目を含めた行動全体の大きな変化は、周囲の人達を驚かせるほどであった。
二度目の転生、しかもアイルシアという非常に受け身な人生を歩んでいた人物で有っても、海帝があえてこのような行動に出たのは、本来の人生が全てにおいて消極的なまま、不慮の事件により15歳で終結したことを強く後悔していたからだ。
それに加え、一度目の転生で経験したロベール・ルテスという人物が、元々行動的な人となりであり、その考え方等の影響を強く受け、
『とにかく、後悔の無い人生を歩もう』
と海帝が決断するに至って、その後の充実した生涯を生きることが出来た経験によるものであった。
ロベールの人生は29年という短さで幕を閉じたものの、主君の盾となって死んだという最後の行動を、ロベールも海帝も、全く後悔していなかった。
海帝の転生後のアイルシアは、いつも綺麗に身支度を整えるのが習慣となっており、これはロベールが子爵という貴族であった影響によるものだが、髪型をその日の気分で変化を持たせるようにする等、女性に転生したことを意識した変化もみられるのだった。
「アイルシア。 最近、何か気持ちの変化でも有ったの?」
いつもの様にサンドイッチを頬張りながらの朝食中、ヒロコオバチャンの突然の質問。
『あちゃ〜、今までのアイルシアとはだいぶ違うことをオバチャンに気付かれちゃっっているよね?』
と思いつつ、
「えっ、特に何も無いよ」
と答えてみる。
ヒロコオバチャンの方は、
『今までオシャレに全く興味が無かったのに......彼氏でも出来たのかな?』
と考えていたので、アイルシアの答えに疑いの眼差しを向けていた。
「前は、寝癖も直さないボサボサな感じで、学校に通っていたじゃない?」
「ええと、ああ......ほら、髪を整えるようにしたのは、高校デビューってやつよ」
「高校デビュー?」
「私って、両親の愛情を殆ど知らずに育ってきたし、ここでの幼少期からの厳しい境遇も有って、結構根暗な性格よね?」
「まあ......そうかも」
「でも最近、このままじゃ、勿体無いなって思うようになったの」
「勿体無い?」
「自分で言うのもなんだけど、相当な美少女でしょ、私」
「それは、それは。 確かに、間違いないね」
「だ・か・ら」
「ふ~ん」
「それと、優しいヒロコさんに面倒を見て貰えたお蔭で、ここまで真っ直ぐに育ったのに、いつまでも根暗でぼ~っとした感じのままでは、ヒロコさんに悪いなあと思うようになったの」
そう答えると、ヒロコオバチャンは急にアイルシアを抱き締める。
「苦しい〜、息が出来ないよ〜」
大きな体のオバチャンに口と鼻が塞がれたので、アイルシアがバタバタしていると、
「嬉しいこと言うようになって......アイルシアも段々と大人になってきたのね〜」
と涙ぐみながら、嬉しそうな表情で笑い掛けたのだった。
「行ってきます〜」
「気を付けていってくるんだよ」
登校する際、いつものように挨拶をし、返って来る返事を聞きながら、玄関から勢いよく駆け出すアイルシア。
転生前は、淡々とした挨拶と、ゆっくり歩いて出て行くのが常であったが、あらゆる行動が躍動的となっている。
「おはよう〜」
元気な声で教室に入ると、周囲に居たクラスメイトから
「おはよう、アイルシア」
「おはよう〜」
等と返事を貰いつつ、自分の席に座る。
すると、かつては特に誰も近寄って来ず、大概ボッチな感じで学校における1日を過ごしていたアイルシアだったが、海帝流の元気なアイルシアの姿は、その非常に優れた美貌もあって、一気にクラスメイト達を惹きつけるようになっていた。
「ねえねえ、アイルシア〜」
「なになに」
「え~と〜」
「キャア......」
自席に座るなり声を掛けられた時、ちょっとした悪戯をされて、思わず小さな悲鳴を上げたアイルシア。
その様子を見て、
「ワハハハ」
「ほら〜、アイルシアやっぱり引っ掛かった〜」
「じゃあ、私の勝ちね」
同級生達はアイルシアを囲んで燥いでいる。
その様子に笑顔を見せるアイルシア。
そんな姿は、今まで全く見かけないことであり、1週間前までの、根暗で孤独感を強く滲ませていたアイルシアを知る同級生みんなが驚く程の変化であった。
「グドールって、随分雰囲気変わったよな?」
「今までは壁を作って、人を寄せ付けないオーラを出していたけど、それが急に無くなった気がする」
「いや〜、元々美少女だったけど、マジでカワイイよな〜」
「つっけんどんな時でも、相当人気有ったから、これからは急上昇じゃね?」
「やべー、今まで以上に好きになったかも」
「告っちゃおうかな〜、誰かのものになる前に」
「じゃあ、俺も〜」
「いや〜、厳しいだろー、俺達レベルのフツメンでは」
「だな」
「でも、ワンチャン有るかもしれないよ」
「そうだそうだ」
男子生徒達は、アイルシアから少し離れたところでワイワイガヤガヤと、そんな会話をするようになっていた。
しかし、一変したその雰囲気を面白く思わない者も当然居る。
「なによ、あの子」
「一昨日、セーイヅ先輩の告白を断ったって噂よ」
「ウソ〜。 2年生で一番のイケメンの告白を?」
「信じられない〜」
「ちょっとカワイイからって、つけ上がっているんだわ」
「そうよそうよ」
「いくら美少女でも、所詮、伯爵家に仕える下女でしかないのにね......」
「ちょっと、痛い目遭わせないとってところ?」
「自身の身分の低さを思い知らせてやりましょう」
「そうね......」
一部の女子生徒達は、アイルシアの人気急上昇を快く思わず、何か陰湿なことをし、貶めてやろうと企て始めていた。
もちろん、海帝がアイルシアの行動を一変させたことにより、周囲には好意的な反応だけではなく、悪意の有る反応を示す人達が一定程度出ることは、アイルシア自身、転生前のルテス子爵時代の経験から予想していた。
思い切ってここまで大きくその人柄を一変させた理由は、エウレア・シェラスに見つけ出され、人生が一変するという幸運な未来がやって来る時まで、ただ座して待つだけの暗い人生を送り続けるつもりは、海帝が転生した以上毛頭無いからこそ、積極的な行動へ変化させたのだ。
『他人に転生したということは、それまでのその人物の行動を大きく変えることで運命を切り開きなさい』
という、神のような見えない力の御告げだと、一度目の転生後に海帝は考えるようになっていた。
とはいえ、あまりに行動的に動き過ぎ、自分の方からアイルシアの運命を根本的に変える力を持つエウレアやレオニダスに自身の存在を売り込むようなこと迄してしまうと、未来が大きく変わってしまう危険性が高い。
そういうバランスを考えながら、海帝が転生したアイルシアが、より良い人生を送れるように今迄の経験や知っている未来に基づいて生きていく。
それが転生者である海帝の基本的な行動規範であった。
そして、アイルシアの人生を1週間経験してみた結果も併せて、現状をよく考えてみる海帝。
ナイトー伯爵家の当主やその娘達に嫌われ、実父に存在を無視され、頼りになる身寄りや知己が皆無という厳しい状況に置かれている。
それらを鑑みて、
「そうね。 あの方の知己になることが、新しい私の第一歩かもね」
そう呟くと或る結論を導き出し、それに向けて行動を開始していたのだった。
「900通貨単位となります」
「ありがとうございました」
初日に訪れた、海帝がロベールに転生していた時に最も馴染みのあったノース公国軍帝都駐屯地に程近いショッピングモールの、とある食材・惣菜&弁当店でアルバイトを始めていたアイルシア。
平日の夕方の時間帯に、新たな美少女アルバイトが入ったことで、この店を訪れる客は増えつつあり、アイルシアを採用した店主は大喜びであった。
「アイルシアちゃん〜」
「はい」
「貴女のお蔭で、売上2割増しなのよ。 ありがとうね〜」
「お弁当やお惣菜が美味しいからですよ」
「こういう状況が来月も続いたら、時給アップしてあげなきゃね」
そんな褒め言葉に、笑顔を見せたアイルシア。
店主である初老の女性も、つられて笑顔になってしまう。
役に立っている状況を喜びながらも、この店で働き始めたのはある目的が有るからなのだが、それは全く果たせておらず、内心では少し焦燥感が滲んでいた。
『今日も来なかったわ』
先程の店主との会話で見せた笑顔は完全に消え、ナイトー伯爵邸にある簡易宿舎に帰る道でガックリ項垂れながら、トボトボ歩いていたアイルシア。
『どうしちゃったんだろ〜。 もしかして、こっちに来ていないのかも......』
今回の転生前に、ロベール・ルテスとして自身が経験した状況と、既に一部が明らかに変化していることで、海帝が知っている未来から予想して立てた計画と現状がなかなか一致しないことに苛立ちを感じている。
『この方しか、私が今頼れる人は居ないっていうのに......本当に困ったな〜』
一気に明るくなった海帝流アイルシアに大半の同級生は好感を抱いてくれているが、一部の生徒の視線の冷ややかさも同時に感じている。
前世では、ノース公国軍のエリート士官というだけではなく、シェラス公爵家の騎兵隊長として、敵対してきた多くの大貴族達の陰謀や暗躍を素早く察知し、先んじて対処してきた経験から、高校生レベルの自身に向けられた負の感情にも気付き始めていたが、何人の生徒達が反感を抱いて、実際にどのような行動に出てくるのか、そこまで把握するのはかなり難しい。
しかもルテス子爵とは異なり、現在のアイルシア・グドールは、低い身分で何の力も持ち合わせていないイチ女子高生でしかない。
その為、海帝流アイルシアに反感を抱いている一部の女子生徒達が、イジメをしようと具体的な行動に出る前に、強力な味方をキチンと作っておきたいと考えていたのだ。
その2日後。
放課後、この日も店でアルバイトをしていたアイルシア。
アルバイト契約の就業終了時間間際の午後7時前であった。
「君か〜。 最近行きつけのこの店に綺麗な子が入ったと同僚から教えて貰ってね〜」
聞き覚えのある声。
予想通りの軽薄なセリフ。
アイルシアが担当していたレジの行列が途切れたタイミングを見計らって、その人物は声を掛けて来たのだ。
アルバイトの終了時刻が近付いていたので、行列を隣のレジに誘導してから実施中のレジ精算作業の手を止め、声のした方向に視線を上げたアイルシア。
そこには、海帝の目的の人物が立っていた。
「ありがとうございます。 いつもお買い上げ頂いて」
漸く姿を現してくれたことで、思わず満面の笑顔となったアイルシアから掛けられた言葉に、その男は怪訝そうな表情を見せる。
「あれっ、君と逢うのは今日が初めてだよね〜?」
「ええ、そうです」
「やっぱりそうだよね〜。 少し出張していたから、この店に来たのは10日ぶりだし」
「出張されていたのですか?」
「うん。 ところで、君、もう上がるんでしょ? これから少し時間取れる?」
『そうか、出張だったのか』
と心の中で納得するアイルシア。
「君っていう言い方は止して下さい。 私にはアイルシアという名前があるので」
「アイルシアちゃんか〜。 如何にも美少女って雰囲気の名前だよね」
「亡き母が付けてくれた名前です」
「......そうなんだ〜。 それは何と言って良いのか......」
まだ若いのに、母親が亡くなっていると知り、少し申し訳無さを感じた男。
会話の流れを上手く作ることに失敗したなと感じ、今日は間が悪かったかと、軟派をやめようか迷い始めたようだ。
そんな雰囲気を一瞬で察したアイルシア。
そこで、
「カッコいいお兄さん〜♪ アルバイト終了後、少しなら時間イイですよ」
と、自ら水を向け直す。
「本当に?」
「はい」
「アルバイトの終了時間は?」
「午後7時です」
「それでレジを閉めて......」
「分かっていて、声を掛けたのでしょ?」
行動を読まれたその指摘に、苦笑いする若い男。
無意識のうちに頭を搔いてしまう。
恥ずかしさを感じた時に出てしまうその仕草は、この男の癖なのだ。
「じゃあ、店の出口で少し待ってて下さい」
アイルシアの申し出に、心の底からの嬉しそうな笑顔を見せる。
「わかった〜。 じゃあ、よろしくね〜、アイルシアちゃん」
男はそう答えると、手を軽く振りながら出口の方へ。
アイルシアは男を一瞥した視線を手元に戻し、レジの精算作業を再開するのだった。
そして、そんなやり取りをレジ周りで、間もなくアルバイトが終了するだろうと、機会を狙ってアイルシアの様子を窺っていた他の男の客達が羨ましそうに見ている。
『若いイケメンには敵わないなあ』
と思いながら。
約10分後。
「お待たせしました、ロベール・ルテス様」
アイルシアが呼び掛けたフルネームに、不思議そうな表情を見せる。
「僕、名前教えたっけ?」
「さっき言いましたよ。 まだ若いのに呆けちゃったのですか?」
わざと嘘を答え、それが可笑しくて、クスクス笑うアイルシア。
その姿に、思わず見惚れるロベール。
心の底からのアイルシアの笑う姿は、非常に美しいからだ。
「アイルシアちゃんって、女子高生だったんだ。 3年生?」
制服姿で出てきたことは、想定外と考えたロベール。
「いえ」
二人は歩き出しながら、話を続ける。
「まさか......」
「1年生、まだ15歳ですよ」
「ウソ......」
「ウソじゃないです。 だから、当面は男女の関係にはなれません。 ロベール様が宮中警護隊に捕まっちゃうので」
『が〜ん』
軟派のあてが外れて、ショックを隠せないロベール。
オシャレをしたアイルシアは、実年齢よりも3歳くらい歳上に見えたようだが、これは29年間生きて来た海帝が転生した影響で、一気に大人びた雰囲気を纏っていたからであった。
「折角私に声を掛けてくれたので、夕ご飯でも食べながら、今後のことをお話ししましょうよ」
アイルシアの誘いに、軽く頷いたロベール。
さっき迄とは打って変わって、意気消沈している。
その様子に、海帝は吹き出してしまう。
ショッピングモール内に詳しいからと、案内してくれたロベールお薦めの飲食店に入ると、店員の案内で、大きな座席に向かい合って座る。
席の間隔や背もたれが大きく、周囲の視線や声を気にしないで会話出来る、雰囲気の良いカフェレストランだ。
アイルシアはロベールの真正面に座り、じ~っと穴が空くほどまでその表情を見詰める。
そして、
「そんなにガックリしないで下さい。 予め分かっていたとはいえ、自分自身の正直過ぎる反応に、僕も可笑しくて可笑しくて」
「自分自身? 僕?」
意味の分からない会話を始めたアイルシアに、思わず発された言葉の確認をしてしまう。
「私はアイルシア・グドールですが、同時にロベール・ルテスの転生者でも有るのですよ」
「えっ、何、転生者?」
「それだけではありません。 ロベール様の最初の彼女は、サクヤ・ティアナ様の最側近の一人で影武者でもある、リリアナ・イアベルグ女史」
「......」
「帝都帝國大次席入学、次席卒業。 首席はアルダート・ホンジョー次期公爵様。 ロベール様は、従兄弟で御学友でもある主君のレオニダス・ティアナ様より上位の成績でしたね」
「嫌いな食べ物は、ピクルス、キュウリと、ピーマン」
「現在は、北軍帝都駐屯部隊司令官レオニダス・ライラル伯爵の副官をなさっています」
「いや〜、そこまで僕のことを知ってくれているとは......貴女のような美少女に言われるとニヤけちゃうな〜」
その後も色々と自身のことを言われ、動揺を隠せないロベール。
未来から来た自身がこの美少女の中に転生して居ると聞いて、最初は
『スピリチュアル系の変わった女の子に声を掛けてしまったのか?』
と後悔し、嘘だと思ったのだが......
しかし、初めて逢った筈のアイルシアに、自分自身のプライベートなことを次々と当てられたことで、次第にその話を信じるようになっていた。
それと同時に、もし本当に未来から来た自身が転生したのならば、それはロベールが既に死んだのだとやがて気付いたのであった。
「それで、貴女の話が本当ならば、僕は若くして亡くなったということだよね?」
「......はい。 29歳でした」
「そうか〜。 あと5年なんだ、僕の命......」
「その未来を変えたいと思いませんか?」
「未来を変える?」
「俺......いや、僕がこの時代のアイルシア・グドールに転生したということは、誰かの強烈な願いや見えない力によって発生した出来事だと思うのです」
「......」
「未来の結末を少し変えたいという、誰かの願い」
「それに乗ってみませんか? ロベール・ルテス様」
アイルシアの提案に、少し考え込む。
自身の人生を経験した者が転生したアイルシアの言葉を無視し、今後も時間の流れに任せて生きたならば、
『貴方は5年後に死ぬよ』
と目の前の美少女は言っているのだ。
暫く真剣に考え込んでいるロベールの表情を見ながら、飲食店の店員が会話中にちょうど持って来たオレンジフロートのアイスの部分をスプーンで掬ってパクパク食べ始めるアイルシア。
海帝は、1週間前迄ロベール・ルテスだったのだから、自身が出す結論が分かっているからこその余裕の態度だ。
逆にロベールの方は、今知り合ったばかりの謎の美少女の仕草を眺めながら、頭の中でその子の語った不思議な話を咀嚼し続けていた。
そして、遂に、
「わかった。 アイルシアちゃんの提案に乗ることに決めたよ」
と決断したのだった。