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第17話(噂の流布)


 「なんだか、疲れが抜けないなあ〜」

 横では、満足し切ったのか、彼氏のロベール・ルテスがうたた寝している。


 「私だけが同じ日を2回ずつ経験しながら、毎日過ごしているのだもの。 2倍以上の疲労感なのも当然か〜」

 金融資産を一気に膨張させるべく、アーティファクト『アンドロメダの涙』の能力を使って、同じ日を2回過ごすというルーチンを繰り返しているアイルシア。

 過去に何度戻った場合であっても、肉体的な経過時間は通常の時間の流れと何も変わらない。

 よって、『涙』の能力の使い過ぎで、老化が進むということは一切無い。

 しかし、体験とか記憶とかは全て残っているので、精神的な疲労が出てしまうのは致し方ないところであった。


 「ロベールが若いから、なかなか収まらないっていうのも有るわ。 私を愛してくれているってことは、痛いほど分かるけど......」

 彼氏の寝顔を見て、少し溜息を吐いてしまう。

 ロベールは片時も放したくない程、アイルシアに夢中。

 母の死後、人の愛情を殆ど受けることなく成長してきたアイルシアにとって、ロベールのそのような行為や表現は相当嬉しいことである。

 隠れ処に2人が揃うと、ロベールはずっとアイルシアの直ぐ側に居て、やがて後ろから抱き締める場合が多い。

 そうなれば、徐々に性的な興奮を始め......という流れとなってゆく。



 ロベールの寝顔を見ていて、その安眠姿が段々ムカついてきたのか、アイルシアが口元を軽く手で塞ぐ。

 すると、

 「う〜、う〜」

とうめき声。

 パッと手を離すと、ロベールが目を覚ます。

 「夢を見ていたら、なんだか息苦しくなって......」

 寝惚け眼で、状況の説明を始める。

 その様子に、

 「カワイイ〜」

と言いながら、横臥しているロベールの上から覆い被さる。

 そして、あたり構わずロベールの顔にキスの嵐を浴びせるのだった。


 ちょっとした報復を終えて満足そうなアイルシア。

 アンドロメダの涙の詳しい能力については、ロベールにも秘密のまま。

 この力については、明かすべきではないし、明かす必要も無い。

 まあ、万が一他人にバレた場合には、過去に戻ってバレないように対策を取れば良いだけの話。

 そのようにして、母エリシアも秘密を守り抜いたということであろう。



 「資金は100億を超えたんだよね?」

 目が醒めたロベールの質問に、頷くアイルシア。

 「じゃあ、このまま2人で誰にも知られない場所に行って、暮らすっていうのはどう?」

 「悪くない考えね」

 「そうしようよ。 復讐とかは止めてさ」

 「でも、それでは私の気が収まらないわ」

 「......」

 「それに」

 「そういう生活を続けたら、ロベールはいずれ私の元から去ってしまうでしょうね」

 「そんなことは無いよ」

 「いや、絶対にそうなるから」

 断言するアイルシア。


 ロベールは才気煥発な秀才肌で、しかもプライドを捨てて、自身を貶めることも出来る、柔軟性を兼ね備えた稀有な人物だ。

 エウレアが女帝に即位した未来では、シェラス公爵家の私兵の指揮官として、そして女帝の最側近の一人として、大活躍したという実績がある。

 北公国軍の司令官レオニダス・ティアナが軍事大国ユニオン連邦の軍勢を撃破した際にも、副官として司令官の軍事行動を支えたのだ。

 そのような人物が、平穏だが無為な日々を過ごし続けていれば、何れ飽きて違う道を求めて去ってしまうだろうことは自明であると言えた。



 「わかった。 ひとまず、ぐうたら生活の夢は仕舞っておくかな」

 「ふふふ」

 ロベールも自身の性質を把握しているのであろう。

 アイルシアの鋭い指摘に、強い反論はしなかったのだ。


 「それで、そろそろナイトー伯爵への復讐大作戦を開始するのだよね?」

 「そうね〜。 もう少し資金を増やしてからにしようと思っていたけど、エウレア様の動きも気になるから、一気に始めようかな?」

 「エウレア様?」

 アイルシアの言い草の真意が見えず、取り敢えず質問してみる。

 「詳しくは話さないけど、彼女が多くの人命を奪わざるを得なくなるような時の流れに、持って行きたく無いの」

 「ふ~ん。 お淑やかな雰囲気のあの凄い美女が、そうしてしまう未来の可能性ね〜」

 ロベールは半信半疑の様子。

 エウレアはレオニダスの許嫁なので、ロベールとも当然面識が有るのだが、そのようなことをする女性だとは、全く感じられ無いからだ。


 「復讐の具体的な方法は?」

 「私が知っている未来の出来事を利用するのよ」

 「未来?」

 「そう。 それでロベールに調査をお願いしていた件だけど......」

 「あ~っと、ナイトー伯爵家が運営している、ナイトーカンパニーとは全く別の企業クロカワについてだよね?」

 「何かわかった?」

 「代表取締役は、ヒロヒコ・アシナっていう人で、役員は、リーファ・カナガミとなっているよ」

 「やっぱり〜」

 「やっぱりって?」

 「アシナは伯爵家の筆頭執事、リーファは侍女頭なの」


 「売上はかなりあるみたいだな。 100億以上ってところ」

 「でも、損益は赤字でしょ?」

 「よくわかったね。 アイルシアは企業財務の専門家だっけ?」

 「私は未来を知る女よ。 ロベール、貴方の未来も、ね」

 その言葉に薄ら寒さを感じたのだろう。

 ロベールの表情が一瞬固まった。


 「冗談は横に置いておいて、この企業は確かに異常だよ。 登記されている本店所在地は雑居ビルで、しかもクロカワなる企業は入居していなかった」

 「......」

 「従業員も、社長と役員以外見当たらないし。 明らかなペーパーカンパニーだね」

 「伯爵様は、この会社を使って何をしていると思う? ロベール」

 「資金洗浄とか?」

 「イイ線いってるけど、ちょっと違うんだな〜」

 「わかった。 脱税に利用だ」

 「半分正解」

 「いい加減、教えてくれよ〜」

 「脱税の件も何れ復讐に利用する予定だけど、今回は、ミイカ様がこのペーパーカンパニーを利用して行っている別の悪事を、噂として世間に流布させるの」

 「ふ~ん」

 「ふ~んじゃないわ。 ロベールに実行して貰うんだから」

 「へっ?」

 「幼気な女子高生の私に、世間を動かす裏工作みたいなこと出来る訳無いでしょ?」

 「幼気な......」

 「その点ロベールは、ノース公国軍の参謀なのだから、うってつけよね」

 「えっ。 軍の力を使うってこと?」

 流石にアイルシアの個人的な怨みを晴らす目的で、北軍の情報戦能力や諜報網を利用するというのは大袈裟過ぎるし気も引ける。

 それでロベールは直ぐに渋ったのだ。


 「私のこの行動が、海洋大帝國とノース公国の未来を変えることになるわ。 だから、一個人の恨みつらみという次元の話では無くてよ」

 貴族っぽい言い回しで、にっこり微笑むアイルシア。

 その思わぬ説得力の有る言葉に、ロベールの拒否する気持ちがグラついてしまう。

 「それに、私の体を散々弄んで、欲望の捌け口にしたのだから、それぐらいのことはしてもらわないと」

 「弄ぶ? いや、恋人同士だろ? 僕達」

 少しキツい物言いに驚いたロベール。

 慌てて抗議し続けようとしたが......アイルシアの表情に悪魔の様な笑みが見えたことで、言葉を飲み込んでしまう。


 「私、貴方との営み、全然物足りない無いと思っているの。 いつもロベールだけが満足しているってこと。 だから、弄んでいるって表現をしたのよ」

 まだ16歳になったばかりの美少女に、性生活の不満を言われてしまい、

 『げっ』

という表情を見せたロベール。

 アイルシアの美しい容姿に沼って、貪ることに夢中で、相手の気持ちや感度への配慮が欠けていたことに、今更ながら気付いたのだ。

 それに、アイルシアはロベール以外に男性経験が無いことから、そういう不満を抱えているとは考えが及ばなかったというのも有る。

 「......」

 「そういう訳で、全面的に協力してね、ロベール」

 己の敗北に気付き、渋々頷く。

 するとアイルシアは、具体的な方策を述べ始めるのだった。




 

 時は少し流れ、夏休みが終わる直前の頃。

 帝國の臣民の間で、ナイトーカンパニーが運営する飲食チェーン店に関するネガティブな噂が流布し始めていた。

 「スペシャレントカフェで出されるコーヒーやティー、それにフレッシュジュース類。 なんと、新しい豆や茶葉や果物に古いモノを一定割合で混ぜて抽出しているらしいよ」

 「その動画見た見た」

 「私も〜」

 「洋麺亭『極』や『休みの日のゴハン』でも、使われている食材に、社内規定で廃棄期限を過ぎたものをセントラルキッチンで混ぜて調理し、冷凍保存。 それを店舗で提供しているらしいね」

 「峰茶屋やセンレンベーカリーでも、同じような状況だってよ」

 「他にも有名チェーンの名前が出ていたよね〜」

 「それに、国産食材使用って謳っているけど、大陸産の禁止農薬と飼料が使われて育った、廉価な野菜や肉等も、国産の素材とごっちゃ混ぜにして使っているんだって」

 「そんなの滅茶苦茶じゃない?」

 「それらのチェーン店。 全部、ナイトーカンパニーの傘下企業ってことだよ」

 「え~、うそ〜。 帝國最大の飲食チェーン店を展開しているリーディングカンパニーじゃん」


 「所詮、大貴族様が運営しているってことかな?」

 「どういう意味?」

 「現在のCEOのミイカ様は、伯爵家の中では帝國一の大富豪だろ?」

 「確かに、選民意識の強い貴族様だって聞いたことが有る」

 「平民やそれ以下の臣民は無知で馬鹿だから、少しくらい腐っている食材で調理しても気付かないし、お腹も壊さないって内心思っているんだろうね」

 「そうなんだ〜。 なんか残念〜」

 「私の好きな飲食チェーン店も有るのに......」

 「これからは、ナイトーカンパニーが運営していない店に行くことにするよ」

 「俺も」

 「私も」




 隠れ処で、次々と一般人がナイトーカンパニーの悪評を取り上げて作成している記事や動画を確認し、ほくそ笑むアイルシア。

 「流石、ロベール様。 私のお願いした通りに情報の流布をしてくれたのね」  

 心からの感謝を込めて、ロベールの唇に長いキスをした後、裏工作に関する感想を述べるのだった。


 それに対し、照れを隠そうとするロベール。

 「でっち上げだったら難しい作業になったけど、全て事実だからな〜」

 「ミイカ・ナイトーは疑惑のデパートっていうのが、未来におけるエウレア様からの評価だわ」

 「疑惑のデパートね〜」

 「未来においてエウレア様は、幼い私への酷い仕打ちを知ったことを理由に、ミイカ様を魔力で極秘に廃人としてしまったらしいの」

 「それって、直接的な報復?」

 「表向きは、ねっ」

 「表向き?」

 首を傾げるロベール。

 表って表現から、それには裏が有るということになるからだ。


 「ミイカ様が、管轄する国内部門の業績悪化に業を煮やし、食材ロスを出来るだけ減らして利益を維持しようと、クロカワというペーパーカンパニーを作って、膨大な廃棄食材の使用期限の書き換えや産地偽装を裏で行っているという事実から、ロベールに風説の流布をお願いしたよね?」

 「今回僕が流布させた噂は、アイルシアから具体的に教えて貰ったその内容を裏付け撮影して加工し、動画サイトで流しただけだぞ?」

 「エウレア様がこれらの事実を知ったのは、巨額脱税の見返りに4割程のナイトーカンパニーの株式の譲渡を帝國政府が受けた後だった......」

 そこまで聞けば聡いロベール。

 廃人にした本当の目的を見抜いたのだ。


 「成る程〜。 アイルシアが言いたいのは、エウレア様がミイカ・ナイトーの身柄拘束後、極秘に自らの手で廃人にしたのは、ミイカが飲食チェーン店を運営する企業としての絶対禁止事項を裏でやっていたと吐露する前に口封じしたということなんだね」

 「正解」

 「しかし、僕が知るエウレア様は、自身の手を汚して迄、人の口を封じるような人柄では無いんだよな〜」

 アイルシアの語る未来のことの中でも、エウレアに関することは半信半疑だと正直な気持ちを口にするロベール。


 「君主が自らの手を血に染め続けてしまうのは、なるべく避けるべきだと考えている。 でも、私の知っている未来のエウレア・シェラスという女帝は、魔力を自在に操れることから、臣下に命じるのでは無く、自らの手で粛清を繰り返すという経歴を持った人物となってしまったのよ」

 「その影響で、治世が安定しなかったと言いたいのだね?」

 頷くアイルシア。

 だから、そうならないように、エウレアに仕える者達それぞれが、そうした裏の面を分担する。

 それが、転生者月新海帝の経験した人生を鑑みて出したアイルシアなりの結論であり、アイルシア自身もエウレアに代わって、その可憐な手を血に染めることも厭わないつもりで居たのだ。


 「ところで、伯爵家の様子は?」

 「ミイカ様が双子の娘達と過ごしていた避暑地の別荘から、慌てて御屋敷に戻って来たわ」

 嬉しそうに説明するアイルシア。

 「伯爵は相当苛立っているのだろ? 八つ当たりされないかな?」

 ロベールが心配そうにアイルシアを見詰める。

 「有り難う。 でも、新しい私は大丈夫よ。 今は魔力も有るから」

 そう答えた時のアイルシアは、これから起こる数々の復讐とその結末を予想していて、自然と悪意に満ちた笑顔を見せていたのだった。

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