第16話(隠れ処)
「ほら、僕の言った通り」
「ロベール、あっさり陥落したね。 結婚というワードに、もっと抵抗すると思ったけど」
「この頃の僕は日照り状態だったから。 アレを直に触ることさえ出来れば、理性なんて飛んじまうさ」
「アイルシアが美少女だからっていうのも大きいよね。 前世の時でも、実は好きだったのだろ?」
「それについてはノーコメント。 でも、自分自身を策に嵌める為にアドバイスするなんてな〜」
転生したロベールと海帝の会話である。
基本的には3人の人格が、一人の人物の中に同居していても明確な区別は無く、アイルシアという一人の少女の人格の構成要素でしかないのだが、バラバラに会話するぐらいのことは可能だ。
「ところで、僕なんかに純潔を捧げて良かったのかい?」
ロベールの人格はアイルシアに質問する。
「状況次第で私は、何処かの貴族の妾や性奴隷として何時売られてもおかしく無いの。 海帝が経験した未来では私が売却されることなく、エウレア様に救い出されたらしいけど、それはただ運が良かっただけ」
「なるほどな〜」
「大貴族の当主に所有権のある美少女故に、アイルシアは貞操の危機にあるわけだ」
「だから、何も知ろうとしなかったの。 特に性の知識を」
「恐怖を和らげる為?」
「心の平穏を保つ為にね。 でも今の私は2人の経験と知識から、もちろん知っているわよ」
「なんだか、それって僕達が余っ程イヤらしいみたいじゃん」
アイルシアの説明に、2人の人格は少し不満そう。
その反応に、アイルシアは笑顔を浮かべて、
「ロベール様に捧げることが出来て、光栄に思っているわ。 レオニダス様の従兄弟で、顔貌も少し似ているのだから、もう少し自信を持ちなさい。 さっき私、本人に対してイケメンって言ったでしょ?」
「あ~あ。 それならば前世で、アイルシアにアタックすれば良かったな〜」
「主君筋のレオニダスに遠慮したんだよな。 本当は羨ましく思っていたのに」
「それで今回、ロベール様に入籍を持ち掛ければ、99%成功するって保証したのね。 私に気があることを経験済みだったから」
「さあね〜。 それもノーコメントで」
少しだけ大人の女性になった自信からか、自室に帰るまでの間、アイルシア本来の人格は饒舌であった。
高揚感に包まれていたのは、信頼出来る味方であるロベールを、完全に制御下に引き込めたことで、ナイトー伯爵家の縛りから抜け出せる光明の一筋が見えてきたという大きな進展の影響も有るのであろう。
「ハ〜〜、クション」
「誰か噂しているな......やっぱりアイルシアかな」
さっきまで肌を合わせていた温もりが、まだ残っているような気がする。
想像もしていなかった様な一気の進展。
すれ違う時、誰もが振り返るくらい美少女のアイルシア。
当人はそうした自覚があまり無いみたいだが、男だったらほぼ全員が付き合えたらと思う程の美貌の持ち主なのだ。
その彼女が、自分のモノになった感が非常に嬉しいというのが、ロベールの本音であった。
「想像以上に神々しかった、一糸纏わぬ姿が......それでいて、あそこまでのことをしてくれるなんて......」
恐らく、アイルシアが初体験なのにイヤラシさを遠慮せず見せたのは、未来で死んだ自分自身が転生した影響なのだろうと考えるロベール。
まだ16歳になったばかりだとはいえ、他人の人生経験が加わっているので、45歳位の精神年齢だと見ることも出来る。
「あ~、ヤバい。 沼ったかも」
思い出しただけで、興奮し始めてしまい、この日以降、悶々とし続ける場面の増えたロベール・ルテスであった。
夏休みに入ると、ナイトー伯爵家はそれまで以上にガラ〜ンとしていた。
この秋に、アンプルール学院中等部への内部進級試験を控えている、双子のマイカお嬢様とレイカお嬢様。
伯爵家当主ミイカの指示で、勉学に集中出来るよう滞在し続けていた帝都郊外の別邸から、山間部の避暑地にある広大な別荘へと移り、本格的な夏季合宿をスタートさせたのだ。
そういう状況のため、伯爵家に仕える者達の約3分の2の人員が、別荘地に移動していた。
「暇ね〜」
同じく夏休み期間中のアイルシア。
基本的に何も無い日は、アルバイトを入れている。
1日置きに、人の少なくなった伯爵本邸で侍女手伝い業務をすることになっていたが、伯爵自身も双子の受験勉強を支援すべく別荘に滞在しているので来客は無く、掃除以外余りすることが無かったのだ。
来客用のソファーでふんぞり返り、携帯型通信用端末を弄って、色々な情報を確認するアイルシア。
目に付いたものを見付けると、メモ帳に記載。
それを繰り返していると、運悪く侍女頭のリーファが応接間に入って来たのだ。
「アイルシア、こんなところでサボって。 いくら来客者の従者用ソファーとはいえ、お前如きが座って良い場所では無いのよ。 直ぐに綺麗に拭いておきなさい」
「は~い」
「本当に全く。 これだから下女あがりは......自身の身分をわきまえないで......ブツブツブツブツ」
文句を言いながら、屋敷内の見回りの為、応接間を出て行く侍女頭。
「さ〜て。 涙さん、そろそろお願いね」
『相分かった』
アイルシアの脳内に『アンドロメダの涙』の声が響くと、いつの間にかアイルシアは、アルバイト先の飲食店でアルバイトをしている状況下に置かれているのだった。
同じ日?
「こっちは明日値下がりだったから、利益確定〜。 これは、まだ上がりそうなので、このままにして......え~と、利確した分の資金で、これとこれを買って〜」
新たに購入したばかりの中型端末を応接間に持ち込み、来客者の従者用ソファーの上に置いて、何やら取引をしている。
「そろそろ、リーファが来る頃ね」
端末の隅に表示されている時間を見て独り言を呟くと、中型端末をスリープモードにして、わざとらしく掃除を再開。
すると、程なくして、応接間に侍女頭が入って来たのだ。
「アイルシア、こんな所に居たの?」
誰も居ないと思っていたので、驚いた様子を一瞬見せたものの、直ぐに表情を消し、冷たい眼差しで睨むような視線を送る。
そしてリーファは、目の前のソファーの背もたれを人差し指で一撫で。
指先に付いた埃の有無を確認したのだ。
「ちょっと、拭きが甘いわよ。 もう一度一通り拭き直したら、隣の部屋の掃除をしなさい」
「わかりました、侍女頭様」
その返事を聞くと、スタスタと忙しそうな感じ全開で出て行く。
「何をやってても、ひとことふたこと文句を言われるのだから、ソファーにふんぞり返っていた方が良かったかもね」
むっとした顔をしながら呟くアイルシア。
その表情は非常に可愛らしい。
そして、再び中型端末を使って、熱心に何かの取引を再開するのだった。
同じ日の同じ時刻の出来事。
最初、侍女頭にサボりを叱責されたが、二度目では、掃除の不備を指摘されている。
これは、涙の力で1日前に戻り、少しだけ行動を変えた結果の差なのだ。
そして、過去に戻った最大の目的は、エウレアから振り込まれた賠償金を元手に、各種相場で取引をして、元手を大きく増やす為であった。
「毎日毎日、進んでは戻るを繰り返すって、結構面倒ね〜」
僅か1週間で、元手を3倍にし、15億程にまで資金は達していた。
『半分イカサマみたいなものだからな。 翌日の各種商品先物の数字や株価を見てから、1日前に戻って仕込むっていうのは』
「でも、絶対の必勝法ね。 同じ日を2回経験しなければならないのが、玉に瑕だけど」
『前にも説明したが、勝率100%は駄目だぞ。 元手が増えれば増える程、勝率を下げないと、取引を監視されるようになるからな。 これはエリシアの時に経験済みだ』
「大丈夫。 その点は、頭が良く回るロベール様の知恵を借りて上手くやるわ」
歩きながら脳内の声の主と、笑顔で会話しているのだが、周囲から見ると独り言を呟き続けるアイルシアの姿は、少し不気味だ。
やがて、目的地の北軍の駐屯地に到着。
門兵にIDカードを提示し、許可が出てから駐屯地内に入って行く。
ひとまず、トレーニングルームで鍛えていると、ロベールが入って来た。
「アイルシア、今日は早いな」
「夏休み中ですからね〜。 今日のバイトはランチタイム終了迄ですし」
「え~と、バイトまだ続けるのか?」
「ダメ、ですか〜」
「いや、イイんだけど、もうお金を稼ぐ為じゃないのだろ?」
ロベールの表情をジーッと見詰めるアイルシア。
発言の意図を探る為だ。
「わかった〜」
「なにが、だ」
「ロベール様、私がバイト先でお客さん達に人気が有るので、嫌なんでしょ?」
「そんなことは無い」
「独占欲か〜。 カワイイな〜」
「そうじゃないよ」
いつの間にかロベールの目の前に立つアイルシア。
「折角、カッコいい顔に生まれてきたのだから、もっと自分に自信を持って下さいね」
「......」
「ロベール様よりイケメンなのは、私の知る範囲ではレオニダス様だけですよ」
トレーニングマシンに座っているロベールの顔に、アイルシアは自身の顔を接近させながら、褒めちぎる。
それに対して、妙に嬉しそうな表情をしてしまうロベール。
「どっちが歳下なのか、わからないわね」
アイルシアはそんな感想を述べると、急に軽蔑の眼差しに。
「ちょっと、ロベール様。 膨らんできてますよ」
「それは、アイルシアが魅力的過ぎるからだよ」
「セリフは格好良いけどな〜。 中身が伴って無いよね......そうだ、先に言っておきますけど、今日はお預けです」
「え〜っ〜、え~〜」
「あのね~、女の子は男と違うの。 今日からアノ日」
「そうだった。 前々から言われていたのに、すまん」
「それで、数日間出来ないから、今日は宿題を作って来ました〜」
「宿題?」
嫌な予感が走るロベール。
「ロベール様が私と半同棲出来ればと考えているみたいだから」
「伯爵家の縛りがあるから無理じゃないのか?」
「ようやく資金も出来てきたのに。 ナイトー伯爵家の縛りが解ける迄には、まだまだ時間が掛かりそうですよね?」
「だろうな〜」
先ず、アイルシアがロベールと入籍するには、ルテス子爵家の承諾が必要だ。
地方貴族とは言っても、しきたりに五月蝿い貴族社会なので、短期間でというのは難しい。
それに、貴族と結婚すれば、ナイトー伯爵家と結ばされている奴隷契約を途中で解除出来るとは言っても、一定の対価を支払う必要がある。
結納金みたいなものを納めねばならないしきたりなのだ。
「私も、これから色々な復讐をする上で、アジトとか隠れ処みたいなものが欲しいなあ〜と考えているんです」
「アジト?」
「今の部屋は狭いですし、部外者立入禁止。 しかも伯爵家側から、部屋に置いてあるもの全てを没収することが可能」
「それは不味い状態だね」
「でも、ナイトー伯爵家の大邸宅から近い隠れ処じゃないと。 あの奴隷契約がある以上、不在に出来る時間は半日が限度......」
「あの辺りは、大貴族の大豪邸が立ち並ぶ超高級住宅街地区。 おいそれと借りるという訳にはいかないぞ」
その言葉に、ニヤリとしたアイルシア。
ロベールの嫌な予感は的中しそうだ。
「それで〜、ナイトー伯爵家のお隣さんって、誰だと思います?」
「何処かの侯爵家?」
「ぶっ、ぶー」
「勿体ぶらずにさ。 狙っているのだろ?」
「ルアマイアー公爵家の、帝都における別邸で〜す」
「ルアマイアーって、帝國西方で最大勢力の貴族の?」
「その通り。 でも、現当主のリクト様は暗殺未遂事件で一命は取り留めたものの、病室から出れない体でしょ?」
「そう言われているな」
「その別邸を当主が使うことが出来なくなって、はや十数年。 今では無人になってしまい、偶に点検が入るのみ。 夜は真っ暗で、幽霊屋敷と噂されているわ」
「幽霊屋敷......おいおい、アイルシア。 まさか、そこを?」
「さすがロベール様。 十まで説明しなくても理解してくれるなんて」
「いやいやいや。 屋敷に僕が住めと?」
「それは無理ですよ。 借りたらどれぐらい費用が掛かるか」
「じゃあ、どうするんだ?」
「敷地内に、住み込みの使用人達が暮らしていた棟があります。 敷地内の管理をするので、その棟を賃貸借させてくれないかと話を持ち掛けるのです」
「ちょっと待ってくれ。 僕が住むという点は変わっていないよね?」
「そう言われれば......そうですね」
「嫌だ」
「ダメ〜。 住んで貰います」
「絶対嫌だ」
「もしかして、幽霊が苦手なのですか?」
「......」
図星であった。
アイルシアは自身で直接交渉することも考えていた。
エリシアの一人娘だと言えば、会ってくれるだろう。
かつての恋人同士で、今でもリクトはエリシアを愛しているらしいから。
しかし、その場合は別の問題が出て来る。
海帝が経験した未来の状況から、アイルシアがルアマイアー家に引き取られる可能性が高いのだ。
それにエウレアの、一族に対する大粛清を防いだ上で、シェラス公爵家の次期当主の座に就かせる方策も練らねばならない。
その時、母エリシアの死に対する復讐も果たせる可能性が有るだろう。
そう考えると、まだ白虎公と会うことは出来ない。
そこで、ロベールにお願いすることを決めたのだ。
ただ、厳しい面会制限の掛かっているリクトと会うこと自体が、非常な難題であることもわかっていた。
「では、ルアマイアー公爵との交渉、お願いしますね」
「白虎公に、直接会える筈が無いだろ? うちの爵位は子爵に過ぎないんだぞ」
「う~ん、どうしようかな~」
「どうしようかな~って言われても、病床にある公爵と直接面会出来るのは、ごく限られた人だけだろ?」
「頑張ってくれたら、夏休み期間中、私のことを好きに扱って貰って構いません。 アジトに居られる時間限定ですけど」
アイルシアは思い切った人参をぶら下げる。
これが予想以上の効果をロベールにもたらす。
「成功したら、今の提案、絶対守ってくれよな」
急にやる気になったロベールを見て、ちょっと動揺するアイルシア。
「女に二言は有りません」
「よし、わかった。 要望通りに借りて来るから、期待して待っててくれ」
「でも、どうやって?」
「ちっちっちっ。 ロベール様を甘く見て貰っては困るな〜」
『大学時代の良きライバルだった、アルダートの力を借りる気だよ』
アイルシアの中のロベールが頭の中で話し掛けてくる。
「そうか〜、そういう手が有ったか〜」
アイルシアの独り言に、
「何か言った?」
「いえいえ。 そこまで言うのならば、期待していますね」
非常に嬉しそうなロベール。
そのままトレーニングを打ち切り、早速準備に取り掛かるのであった。
それから1週間後。
「嘘〜。 もう住んでいるの?」
命題遂行済みの連絡を受け、夜になってナイトー伯爵家の裏門から出て、隣接するルアマイアー公爵家の敷地をぐるっと回って正門の方へと向かう。
すると、長々と続く城塞の壁のような高い塀の途中で、ロベールが待っていたのだ。
「お嬢様。 お待ちしておりました」
「早速、入りましょうか?」
アイルシアが答えると、ロベールがリモコンキーを操作。
すると、塀の一部が下方へスライドし、人が一人通れる穴が開いたのだ。
「へ〜。 緊急用の脱出口ね」
感心しながら、アイルシアがくぐると、ロベールが続き、敷地内に入ってからキーを再操作。
元通りに塀が戻るのを確認して、敷地内を歩く。
長期間、誰も住んでいない邸宅なので、照明が消されており真っ暗だが、直ぐに目的の建物が見えてきた。
ロベールの案内で建物内に入ると、意外にもかなり綺麗にリフォームされている。
「ここって、使用人用の集合住宅ですよね〜」
「そうだよ」
「その割には、随分立派に見えますね」
「そうかな〜。 確かにまあまあだけど......ナイトー伯爵家の集合住宅って、そんなにボロいってこと?」
「仕える者達への配慮が全く違うってことですね。 歴史ある公爵家と新興の伯爵家の差か......」
「しかし、随分早かったわね。 アッサリ許可されるとは、思っていなかったのに」
「アイルシアが貸してくれた指輪のお蔭かな? あれを見せたら、公爵様、二つ返事で許可してくれたよ」
「母の形見の指輪なのだけど......やっぱり、ルアマイアー公爵が贈ったものだったか〜」
「やっぱりって、一か八かだったの?」
「死後私の中に転生してきた貴方が、多分って教えてくれたの」
「そっか〜」
アイルシアは、当面この建物を反攻の拠点にするつもりで、自室に有った数少ない貴重品や新しい通帳、各種取引用の開設口座に関する書類やらカードやら一切合切を持ってきていた。
それらを、ロベールが今後住む部屋の貴重品庫に仕舞い、据置型端末等々、色々と設置を終えると、早速、明日の取引に関する情報収集や、24時間動いている国際為替相場の情報画面を開いたりしている。
あっという間に、部屋の一部がトレード室のようになったので、ロベールが少し呆れていた。
「なんだか、ムードの無い場所になっちゃったな〜」
「だから言ったでしょ、隠れ処だと。 逆にそれっぽくなったと思わない?」
「わかっているよ」
そしてロベールは、アイルシアを背後から抱き締める。
約束の対価を求めたのだ。
アイルシアの臀部に擦り付けられる固くなったモノ。
小さく頷き、無言で応じるアイルシア。
滅茶苦茶頑張ったロベール。
その努力に報いたいと思うのは当然。
しかも、自身を愛してくれる特別な存在。
画面の光だけが輝く暗い部屋で、アイルシアはロベールの体を優しく撫で回し始めるのだった。