第15話(復讐へのプロローグ)
エウレアの元を訪れた帰り道。
『思い切った要求をしたな。 そのことに我は驚いたぞ』
アンドロメダの涙を自称するアーティファクトは、嬉しそうな感じでアイルシアの脳内に話し掛けてきた。
「......」
それに対し、無言のアイルシア。
色々と思うところもあるからだ。
『ところで、誰の発案だ? 異界から現れた月新海帝か? それとも才気煥発なロベール・ルテスの考えか?』
エウレアに、エリシアの死に対する補償を求めるという行動は、大きな対価を得られる代わりに、大魔女という特別な存在との縁が切れてしまうというマイナス面が有るのも事実。
「俺じゃない。 大魔女にせびるという、そんな大それたこと、考えもしなかったよ」
「僕でも無いよ。 エウレア様に補償の要求をするなんて、前世で恋心を抱いていた僕には絶対導き出せないから」
死後転生し、アイルシアの中に存在し続けている海帝とロベールの2人の人格が、相次いで返事をする。
『では、アイルシア当人の考えなのか?』
頷くアイルシア。
『是非理由を聞かせてくれないか?』
アンドロメダの涙は、かなり興味を持っているようだ。
そこでアイルシアは、重い口を開く。
海帝の転生後、アイルシア当人の人格が自身の考えを話すのは、初めてであった。
「みんなが記憶している未来のアイルシア・グドールという人間について、私も確認させて貰いました。 ひとことで言えば、あんなアイルシア、本来の私じゃない」
その呟きには、少し力が込められている。
「常に一歩控えて、お淑やか。 誰に対しても優しく、正義を掲げ、みんなの幸せを第一に考えるという心も美麗な人物。 あれはエウレア様が抱く理想像を魔力で私の中に植え付けたことによって誕生した、偽のアイルシアです」
そう話した時は、かなり大きな声であった。
すれ違う人が、
「どうしたんだ、あの子」
「随分大きな独り言ね〜。 大丈夫なの」
と振り返る程。
「本当の私は、もっと汚い人間なのです。 物欲も金銭欲も他の欲も無いフリをして今まで生きてきましたが、それは伯爵家の下女として、極めて貧しく、何も求めることの出来ない虐げられた環境下で生き抜く為の方弁に過ぎません。 大人になるまで、自分の力で生きていけるようになるまで、何も望んではイケナイ。 そう自分自身をキツく戒めてきた結果誕生した、無欲を装う私。 本来の私の心の中は、いつもドロドロしています。 『殺してやりたい』とか『絶対復讐してやる』とか、悪魔のような考えも持っていて、遺恨有る多くの人々を、腸が煮えくり返る程憎んでいるのです」
ここまで自身の内心を外に吐き出したのは、アイルシアの人生で初めての出来事であった。
『我は嬉しいぞ。 漸く全てを曝け出したことをな』
「......」
『エウレアに要求を突き付けたのが、新たな人生を手に入れる第一歩となるだろう。 そういう姿を我は求めていた。 もちろん、お前の母エリシアもな』
「母もですか? もしかして、こうなる可能性を知っていて......」
『お〜っと、それ以上は聞いてくれるな。 我はエリシアと長い時間、一緒に旅をしていた。 もちろん、エリシアが死ぬまでの何百パターンを、行ったり来たりしただけではあるがな』
『涙』は、アイルシアの決断と行動を手放しで評価しているようだ。
『それで、エウレアから巻き上げた金、どう使うつもりだ?』
「取り敢えず、手は付けないで、ナイトー伯爵家から抜け出すチャンスが巡って来たら、そこで本格的な使い道を考えようと思っています」
『ふむ。 それで良いのか?』
「ええ」
その答えに、少し残念そうな『涙』。
仕方ない教えてやろうという感じで、話を続ける。
『アイルシアの中には、3人も人格が存在するのに、その程度の考えしか浮かばないとは......3人寄れば文珠の知恵という諺は、嘘なのかもな』
『涙』の謎かけのような嘆息に、考え込むアイルシア。
何かもっと良い方法が有ると、わざわざヒントをくれているのだということは理解していたが、思い浮かばない。
『我の能力を使えば、誰でもあっという間に大富豪になれる。 悪知恵を働かせよ、アイルシア』
その言葉で、ようやく言いたいことを理解する。
「じゃあ、エウレア様から大金をせしめなくても、いずれは大金持ちになれたんじゃない、私?」
『そうだろうな。 まあ、元手が多い方が、相当早く成功出来るのは事実だ』
少し早歩きになったアイルシア。
海帝が転生する前、もちろん魔力『守護の力』や奇跡のアーティファクト『アンドロメダの涙』の能力を手に入れるずっと以前から考えていた妄想のような復讐計画を、特別な力を手に入れた今、実行に移す時が来たのだと、改めて決意を固める。
悪女と言われても構わない。
今まで受けてきた屈辱を、自身の手で晴らすチャンス到来。
全ての準備が整ったのだから......
そして早速、ある人物に連絡を入れて、予定を尋ねるのであった。
「久しぶりです、ロベール様」
「おお、久しぶりだな。 ところで急ぎの用件とは?」
エウレアから渡された魔力調査の結果を執事のアシナに提出した後、ロベールの仕事の終了時間を聞いて、北軍の駐屯地を訪れていた。
「他人に聞かれたくないので。 部屋にお邪魔させて貰って宜しいですか?」
「えっ、僕の部屋に?」
「ダメですか?」
「いや、駄目では無いけど......」
「散らかっているとか、そういうのは気にしないで下さい。 急に押し掛けてきたのは私ですし、そもそも、私はボロ家暮らしですから」
妙にニコニコしているアイルシア。
『何か、悪いことを考えてなければ良いのだが......』
そう思ったロベールは、少し躊躇したのだ。
「部外者の連れ込みは、基本的に禁止なのだけど......独身寮ではなくて幹部官舎だし、サクヤ様から出入りの許可をアイルシアは貰っているから、問題無いか......」
ロベールは独り言を呟くと、渋々な感じで承諾する。
「あれっ。 ロベール様の住んでいる部屋が記憶と違う」
建物の前で、アイルシアが独り言を喋りながら、案内された部屋に入る。
この時の北軍の帝都駐屯地におけるロベールの部屋は、海帝が記憶している、レオニダスと一緒に住んでいた筈の独身寮の大部屋では無かったのだ。
「先日、僕の肩書が変わってね」
「肩書って、司令官の副官では無いのですか?」
「今は、帝都駐屯部隊の参謀官だよ」
「へ〜」
「レオニダス様が僕に気を遣ってくれてさ〜。 副官じゃあ、いつまでも恋人を作る時間が取れないだろうって」
「参謀官って副官より暇なのですか?」
「その通り。 レオニダス様は夜、ティアナ公の別邸で滞在される場合が多いけど、部屋も司令官との共同部屋じゃ色々と困ることも有るかもってことで、ここになったんだ。 ところで、コーヒーで良いかい?」
「押し掛けて来たのは私です。 何も要らないですよ」
アイルシアの返事を無視して、2杯のコーヒーを準備すると、相対して座ったロベール。
「ところで、急ぎの用件って?」
「私と結婚して下さい」
アイルシアの申し出に、飲みかけたコーヒーを吹き出したロベール。
気管に入ってしまい、ゴホゴホとむせる。
「突然、何を言い出すんだ、アイルシア」
冗談だと思って、半笑いで答えたが、アイルシアの表情は真剣であった。
目が全く笑っていない。
「君は、まだ15歳だよね? 帝國法上、結婚自体無理な年齢だぞ」
「私、16歳になりました。 だから、結婚可能です」
海洋大帝國の法律は、貴族制の影響で、婚姻可能年齢は他国より少し若く、男女共に16歳、法律上の成人年齢は18歳と決められている。
「誕生日来てたんだ。 おめでとう、アイルシア」
ロベールは話題を変えたいと、話を逸らそうとしたが、
「私では、まだ子供過ぎて魅力が無いですか?」
と質問されてしまったのだ。
「いや、まあ〜、う~んと......」
返事を誤魔化すロベール。
「急に求婚してくるなんて、それも君の方から。 一体どうしたんだい?」
理由を聞き出そうと思い付き、ひとまず質問してみる。
「私、なるべく早く、ナイトー伯爵家の束縛から逃れたいんです。 幼い頃、何も知らないまま父が結んでしまった貴族との奴隷契約を解除するには、期間が満了する18歳になるまで耐えるか、貴族と結婚することでの強制解除かの二択しか無いので」
「なるほど〜。 その為に僕と婚姻関係を結びたいと?」
理由を聞いて、少し失望の色を見せたロベール。
好意を募らせてというものでは無かったからだ。
「もちろん、それだけでは有りません。 私、自分の中に転生したロベール様の人となりを知って、好きになってしまったのだと思います。 多分」
「多分?」
「今まで他人を好きになった経験が無いので、これが恋愛感情なのか、少し分からないところが有るのです。 だから、多分と言いました」
正直に自身の気持ちを話したアイルシア。
その表情を見詰めるロベール。
「今日、何か有ったのだろ? 先ずそのことを話して欲しいな」
そこで、エウレアとの初対面で縁を切るような行動に出たことを詳しく説明する。
転生した海帝の記憶に残る未来について、その状況を少し交えながら、どうしてそういう行動に出たのかの理由を。
「随分、思い切った行動に出たんだね。 筆頭公爵家の次期当主候補で、多くの魔力を所有する絶対的存在、エウレア・シェラスの知己を得るチャンスだったのに。 それを捨てただけではなく、相手に失望感を与える結果を敢えて作り出すとは......」
『う~ん』
と唸りながら、流石のロベールも考え込んでしまう。
「私の代わりに、エウレア様が復讐を遂げてしまうと、私は聖女のような人格者になるようですが、エウレア様は大魔女と人々から恐れられる存在になり、冷徹で残酷な一面を持つ、絶対者となってしまうみたいです。 それはお互いとって、不幸だと思うのです」
アイルシアは自身の考えを述べる。
そして続けて、
「私が長年抱えている地獄の底よりも深い怨みは、私自身の手で復讐を遂げて晴らすべきもの。 強大な権力を持っている他人に復讐して貰うなんて、やり方が間違っています」
「怨みか......それは主にナイトー伯爵家の人々に対して?」
「もちろん。 それに加えて、まだ子供のエウレア様を襲って、母を殺害したシェラス公爵家一族の中の首謀者達と、そういう状況を作り出し、けしかけた現当主に対しても」
そう語った時のアイルシアの瞳に、今まで見たこともないような、憎しみの焔が燃えているようにロベールには感じられた。
『どうすべきか......』
ロベールが目を瞑って考え事をしていると、その唇に柔らかい感触が。
目を開けると、目の前にアイルシアの顔が有ったのだ。
「私のファーストキスです」
少し恥ずかしそうに小声で答える。
気付いた時には、アイルシアの右手がロベールの少し大きくなったモノを弄り始めている。
「ちょっとアイルシア......」
制止しようと名前を呼んだが、逆にアイルシアは左手も使ってチャックを開け、直に触り出してしまう......
無言の時間が続く。
お互い、恥ずかしさで一杯だ。
年長者であるロベールは、アイルシアの行為を止めるべきだったが、徐々に好意を寄せ始めていた美少女に、そんなことをされてしまうと、理性より欲望が勝るのは、男の性というものであった。
「ゴメン。 汚いモノを触らせてしまって......」
快楽の末の物を拭きながら、思わずロベールが謝ると、
「好きな人のモノが汚いなんていうこと、有り得ません」
アイルシアは真っ赤になったまま、真剣に答え、今度は更に顔を近付け......
再び果てると、アイルシアは興味津々といった様子で、触り続けながらロベールの表情を見詰めている。
「そんなに見られると、恥ずかしいよ」
「イヤらしい表情のイケメンを見れて、なんだか新鮮なんです」
「それは恥ずかし過ぎる......」
「私、大きくなった実物、初めて見ました」
「うわ〜、それ以上、感想を述べないで」
ロベールは、今まで誰にも見せたことのない真っ赤っ赤な顔をしつつも、自制心は完全に消え去ってしまっていて、アイルシアの下半身に手が入り込んでいた。
「でも、私の記憶にはロベール様のこれもそれもあれも、明確に残っていますからね」
「そうだった......」
お互いの恥ずかしさを誤魔化すような会話をしながら、この日の2人の夜は長いものになるのだった......
「本当に俺で良かったのか?」
その質問に頷くアイルシア。
ベッドのシーツに付いている鮮血が、純潔の証であった。
「私の肌、傷やら痣だらけで汚くてゴメンなさい」
その言葉の裏には、幼少時代の辛過ぎる苦難の過去が有る。
ロベールは首を振る。
「それが有るからこそ、アイルシアは益々綺麗なんだよ」
「本当ですか?」
「本当さ」
「今までお付き合いされてきた女性よりも?」
「もちろん。 比較にならない程、アイルシアは美しい女性だよ」
優しい言葉を聞き、安心した表情に変わる。
そして2人は、余韻に浸り続ける。
何時間経っただろうか?
「そうだ、そろそろ帰らないと」
「途中まで送って行くよ」
「有り難う」
やがて衣服を着た2人。
アイルシアは伯爵家に仕えているという立場の為、無断外泊は許されない。
夕刻から夜遅くまで部屋で過ごしていた2人。
この日、2人は色々な約束を交わした。
ロベールがアイルシアを娶ることについて、真剣に考え、なるべく早く答えを出すとか。
法律上、成人では無いアイルシアの保護者代わりとして、入籍するまでの間は、アイルシアが今後開設する多種多様な取引口座の保証人になることとか。
そして、アイルシアが始める復讐に協力することも。
「ここで大丈夫です、ロベール様」
そこは、まだ駐屯地が見える場所だったので、
「夜遅いし、もう少し宿舎の近くまで送るよ」
「忘れてませんか? 私には守護の力が有るんですよ」
「でも」
「他にも、色々と秘密の能力が有るんです。 だから、大丈夫」
「......」
「正直言って、今の私、ロベール様より強いですよ」
「本当に?」
「じゃあ、言い方を変えます。 エウレアお嬢様より強いですから、安心して下さい」
その言葉に驚きの表情を見せるロベール。
「じゃなきゃ、エウレア様との縁を切ったり、怨み有る人達に反撃の復讐を始めるから、全面協力して下さいなんて言いませんよ」
「そうか......」
それでも、不安気なロベールの様子に、
「私の中に居る、未来から来たロベール様も言ってます。 アイルシアは只者じゃないから、信じてやれって」
流石に笑い出したロベール。
自分自身が本当に言いそうな言葉だからだ。
「わかった。 こうなったのも運命だ。 アイルシアと同じ道を歩み続けると改めて誓うよ」
ようやく吹っ切れた顔になったのを見て、抱き着くアイルシア。
そして、背伸びをして、キスをする。
「これは、闇の悪魔と契約の誓いよ。 もし、裏切ったら許さないという、ね」
言葉とは裏腹に、心の底からの満面の笑み。
そのアイルシアの女神の様な表情をロベールは、一生忘れないのであった。