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第14話(まさかの決別へ)


 アイルシアに対して、親しげな雰囲気で話し掛けてきたエウレア。


 「アイルシアさんがまだ物心が付かない頃に、貴女の母上であるエリシア様が、貴女を抱っこして私の元に来ていたのよ。 その頃のこと、私は今でもよく覚えているわ」

 「......」

 「どうしたの、アイルシアさん。 元気が無いみたいですけど」

 「.......」

 「魔力調査のことで緊張しておられるのかしら? それならば、痛いとかそういうことは一切無いですし、直ぐに終わるものですから、緊張する必要、無いですよ」

 「.......」

 エウレアがいくら優しく話し掛けても、アイルシアは無言のまま。

 その様子に、やがて同行していたエウレアの側近達が怒り出してしまう。


 「おい、ナイトー伯爵家の侍女。 エウレアお嬢様が親しく話し掛けているのに、あまりにも失礼千万だ」

 「お嬢様は、我が帝國で最高位の貴族であらせられるシェラス公爵家の次期後継者の有力候補に上がっている程のお方なのだぞ」

 「その様な高貴な方が、これほど気を遣い接して居られるのに、お前の態度は何だ? 返事すらしないとは」

 側近達がアイルシアを罵り出したのだ。


 エウレアは、そのやり取りを少し聞きながら、アイルシアの様子見をしてみたが、変わらず無表情のままであったし、側近達の言葉が乱暴過ぎると判断したので、軽く右手を挙げ、それ以上余計なことを言わないように周囲の者達を制止してから、

 「もし、何か要望とか有るのならば、遠慮なく言って欲しいと思っているのだけど......」

と、アイルシアにかなり気を配って、優しく発言を促すのであった。



 そこまで非難されたことで、やっと口を開くことに決めたアイルシア。

 どう対応しようか、色々と悩み、熟慮を重ねた上で、ある方向への決断を下した。

 しかし......このアイルシアの決断は、エウレアにとって想定外の会話内容となるのだった。


 「私の母アーシアは、エウレアお嬢様を護って亡くなったことに間違いないのですか?」

 「その通りです。 だから、貴女の力になれればと私は考えているの」

 「その後のお嬢様の人生が平坦なものでは無かったことは理解しています。 でも、私の母に命を救われたお嬢様は、そこにおられる方々の話からすると、現在帝國随一の権門であるシェラス公爵家で、一定の立場に有るということですよね?」

 「ええ。 確かにそうなるわ」

 エウレアのこの返答を聞き、これから話すことを考えるとアイルシアはかなり緊張に包まれたのだが、表情には出ないように、あえて平静を装う。


 「それに対して、私が現在、どういう状況に有るのか、知っていますか?」

 「ナイトー伯爵家の侍女なのかしら? そう伺っているわ」

 「侍女? 侍女なんかではありません。 私は伯爵家で下女扱いです」

 険しさが込められたアイルシアの声。


 「下女って......本当なの?」

 「そう、下女。 貴族の家に仕える者達の中で、最も地位の低い存在。 奴隷より少しマシという程度の扱いということです」

 「そんな......まさか......」

 エウレアは彼女らしくなく、絶句してしまう。


 でも、アイルシアは話を止めない。

 「母アーシア亡き後、父は直ぐに再婚しました。 その相手はナイトー伯爵家の当主ミイカ様」

 「それは、今回の調査の関係で知るに至りました」

 「再婚後、程なくして父は私の養育を放棄。 継母となったミイカ様が連れ子の私を非常に嫌ったことで、貴族階級で最も位の低い帝國騎士出身、爵位もなく、伯爵家内での立場が弱いことから父は、伯爵家当主である妻の気持ちを憚るようになったからでしょう」

 「......」


 「ナイトー伯爵家に来てからの私は、地獄に投げ込まれたも同然でした。 幼い私は、継母から折檻を受け続け、生き延びるのに必至の日々を送ってきたのです」

 その後も、虐待状況の話が続き、思わず手で口を押さえてしまうエウレア。

 淡々と、具体的な話を続けるアイルシア。

 当初は、アイルシアの無礼に見える態度に憤っていたエウレアの側近達も、その酷い扱いを聞き、流石に押し黙ってしまう。


 「私の肋骨は5歳の時、伯爵様の暴力で複雑骨折してしまい、その後適切な治療を受けられなかったことで、曲がったままくっついてしまったので、今でも痛みが走ります。 体のあちらこちらには、消えない痣や傷も有るのです」

 アイルシアはその説明をした後、スカートを捲り、袖も捲り、両腕と両足の状態をエウレア主従に見せつける。

 確かに、アイルシアの皮膚には、数十箇所にも及ぶ黒ずんだ痣や火傷痕が確認出来たのだった。


 「母アーシアが生きていたら、私がこのような目に遭うことは絶対に無かったでしょう。 母は貴族社会とエリシアという名を捨て、ほぼ平民の父と結婚をしたので、経済的には恵まれ無かったかもしれませんが、家族3人で幸せな人生を歩んでいた筈。 それを壊したのはシェラス公爵家とエウレアお嬢様、貴女なのです」

 これ程厳しい弾劾を人生で初めて受けたエウレア。

 アイルシアの瞳からは一筋の涙が流れ出たものの、声のトーンが変わることは無かった。


 「エウレアお嬢様。 私はこれまでの酷い境遇について、母を奪った貴女を憎むしかありません。 たとえ、それが母の遺志に反するものであっても」

 「......」

 「そして、今、失望しています。 お嬢様は私がエリシアの忘れ形見と、ナイトー伯爵家から今回の調査依頼が有ってからの、事前の下調べで知っていましたよね?」

 その質問に小さく頷いたエウレア。

 「なのに第一声で、シェラス公爵家の内部争いに巻き込まれて母を亡くした私に対し、謝罪の言葉一つすら無い」

 「......」

 「それどころか、最高位の貴族の一門という潜在意識のせいか、親しげに私へ語り掛けることで、お嬢様が背負っておられるだろう、私の母の死に対する責務を誤魔化そうとした。 高位の大貴族と知己の如き扱いをすることで、恩を着せようという感じがしました。 違いますか?」

 あまりにも厳しいアイルシアの言葉。

 エウレアは何も答えることが出来なかった。


 「でも私は、今更同情や母の死を悼む言葉や謝罪とかを求めるつもりもありません。 要求は一つだけです」

 「......それは......」

 ようやくエウレアは絞り出すように三文字の言葉を口にする。

 「エウレアお嬢様からは、母の献身に対する慰労金と死への見舞金。 シェラス公爵家からは、跡目争いに巻き込んで死に至らしめたことに対する補償金。 ただそれだけ貰えれば結構です。 私は今でも極めて貧しく、頼りになる身寄りの居ない悲惨な境遇に置かれています。 そうなった原因は全て、エウレアお嬢様とシェラス公爵家の責任ですから、私の要求に応える義務が有る。 私の言い分は間違っているでしょうか?」


 それを聞き、考え込むエウレア。

 会話の間、魔力を使って、アイルシアの話の信憑性を確認していたが、疑わせるようなものは感じなかった。

 ただ、アイルシアに魔力が通じにくいという感覚も有ったので、どうすべきか少し迷ったのだ。

 しかし、アイルシアの要望に応じる決断を下し、側近を呼び寄せる。


 「お嬢様。 ご用件は?」

 「今直ぐ、私の部屋から手提げ金庫をここに持って来なさい」

 「まさか、この小娘の要求を飲むおつもりですか?」

 「アイルシアさんの要求は尤もなことよ。 死者を蘇らせることは出来ないし、遺児となって以後、十年以上の酷い境遇の時間を巻き戻すこともね。 私が今出来ることは、そうした出来事に対して相応の金銭を支払うことで、謝罪の意を示すことだけだから、貴方に指示したの。 嫌なら、私が持って来るわ」

 エウレアの険しい表情と説明を聞き、渋々従う側近達。

 やがて、別の者がこの場に持って来るという結論となった。

 

 

 その後は誰も何も話さず、部屋はし~んとなったまま。

 アイルシアとエウレアが初めて会ったこの部屋は、シェラス公爵家が所有し、エウレアが仮住まいしている建物の一室で、アイルシアが呼び出しに応じて訪問する形で、魔力調査を受けていたのだ。


 手提げ金庫が届くと、エウレアは魔力を使って解錠する。

 そして、アイルシアに質問をした。

 「アイルシアさん。 銀行の口座、持ってらっしゃるのかしら?」

 首を振るアイルシア。

 未成年であり、しかも保護者が居ない為、口座を開くことが出来ていなかったのだ。

 「じゃあ、私が保証人となって、直ぐに貴女名義の口座を作るから、少し待ってて」

 そのように説明すると、何処かに連絡を入れる。

 あっという間に、碧空グループの銀行部門の者がエウレアの元に飛んできた。

 テキパキと進む手続き。

 アイルシアの瞳の虹彩と指紋の登録が終わると、エウレアが開設した新しい口座は、アイルシアのものとなったのだった。


 「先程の貴女の糾弾で、貴女の存在を知って、先ず最初に私が為すべきことを全くしていなかったと痛感させられたわ」

 エウレアは先程の会話内容の感想を述べつつ、アイルシアに銀行口座のカードを手渡す。

 「金額は後で確認して。 私を護って亡くなった貴女の母エリシア・グドールの働きに対する慰労金と死亡見舞金を振り込んであるから。 今の私が払える金額の範囲で、最大限の誠意を見せたつもりよ」

 そう説明すると、ぎこちない笑顔でアイルシアを見詰める。


 対照的に、無表情のまま渡されたカードをじーっと見ているアイルシア。

 確かにアイルシアは、エリシア・グドールに相当似通った顔立ちだが、不幸な人生を歩んできた影響か、何とも言えない翳りも持ち合わせていると、エウレアは感じたのだった。



 その後、エウレアは必要書類の作成を始める。

 今回振り込んだ金額で、亡きエリシアに対するエウレアの負債が相殺されたことを、ただ一人の遺児であるアイルシアが承諾するという内容の書面だ。

 支払われた金額は、数億通貨単位という相当な高額であったが、書面でその金額を見ても、アイルシアは顔色一つ変えず、無表情のままであった。


 「公爵家が支払うべきだと貴女が主張する償いの件について、私には要求に応えるだけの権限がありません。 どうしてもというのであれば、現在の蒼龍公に申し入れるべきでしょうが、門前払いにされるのがオチといったところね。 当主は、エリシアの死に対する責任を認めないでしょうし、逆に目を付けられることになるから、お勧めはしないわ」

 エウレアは、自身の責任は認めたものの、公爵家全体の責任について、それを認める立場に無いと説明したのだった。




 その後、当初の目的であった魔力調査を開始するエウレア。

 アイルシアの胸のあたりに手を翳して暫くそのままの姿勢で、何かを感じ取ろうとしていたが、

 「何も感じられない...... 魔力は無いという結論で良いと思うわ」

 側近にそう話し掛け、依頼主に渡す書類を作るよう指示を出す。

 そうして、改めてアイルシアに向き合ったところで、再び違和感に気付いたのだ。

 『そういえば、この子の思考が全く見えないわ......こんな近くに居るのに』


 エウレアは、周囲に居る人々の、その瞬間の思考を感じることが出来る。

 特に、敵意や殺意のように、自身に向けられた強い思考は、敏感に感じ取れる。

 長ずるにつれて、その能力を使いこなせるようになったことにより、暗殺等の企みを全て躱すことが出来たので、エリシア亡き後、無事に生き延びてきたのだ。


 『何故だろう......となると、今回の魔力調査の結果、絶対とは言い切れないかもしれないわね』

 最後は、そういう曖昧な結論に修正していたのだが、側近が急いで作成して持ってきた、

 「アイルシア・グドールは、魔力所有者で無いと認められる」

と記載された書類に、自身のサインを入れると、側近に渡したのであった。



 「アイルシアさん。 貴女のお母様の命を私のせいで奪うことになってしまい、心から申し訳なく思っています」

 エウレアは改めて謝罪の気持ちをアイルシアに伝える。

 「もうイイのです。 過ぎたことですし、母が選んだ最期なのですから......今、相応の償いもして頂きましたので」

 アイルシアはそう答えると、席から立ち上がる。

 「また逢えるかしら?」

 エウレアの問い掛けに、首を振ったアイルシア。

 会わない方が良いという意思を示したのだ。

 その仕草を見て、悲しそうな表情を見せたエウレア。


 「エウレアお嬢様と私とでは、生きている世界が全く異なります。 筆頭公爵家の次期当主候補と言われる大貴族と社会の下層に居る孤児とでは......それに、私は初対面のお嬢様の弱みを突いて、望外な要求をするような人間ですので」

 アイルシアは、それだけ言い残すと、一礼して部屋を出る。

 エウレアを残したまま......

 振り返ることも無く......



 エウレアの目には涙が浮かぶ。

 『こんな筈じゃなかったのに......あの幼かったアイルシアが、私のせいで悲惨な人生を歩んでいたなんて......』

 あのエリシア・グドールとの悲劇の別れ以後、アイルシアのことを考えることも間々有った。

 しかし、積極的に彼女の消息を探そうとしなかったのも事実であった。

 『何処かで幸せに暮らしているのだろう』

 そう思う理由も無いのに、楽観的な考えで決め付けていたのだ。


 そして、アイルシアの求償に即応じたことで、縁は切れてしまうだろう。

 もちろん迷いも有った。

 もっと色々な話をしたい。

 一緒に出掛けることも叶うかな?

 実際に逢うまでは、そんなことを考えて楽しみにしていたのだ。

 エリシアはアイルシアの実母だが、エウレアにとっても育ての母。

 実の姉妹のような関係だと、子供の頃のエウレアは思っていたのだから......


 『悲惨な境遇から抜け出すには、お金が必要なのです』

 アイルシアの言葉から、そういう意思を感じ取ったからこそ、自身の持つ金融資産の大半を渡したエウレア。

 今後の彼女の人生が、より幸せなものになるように、そして、いつの日か、再会して笑い合える日が来ることを、ただ願うだけのエウレアであった。

 


 

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