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第12話(廃墟の離宮)


 翌朝。

 アイルシアは殆ど眠ることが出来なかった。

 それは......


 「何が奇跡のアーティファクトよ。 夜イビキ欠いて寝るなんて、ちょっとあり得ないわ」

 朝からプンプン怒っていた。

 『我がイビキを欠いていたのか? 悪い悪い』

 軽い感じの謝罪に、益々怒りが募る。

 「目ん玉から、振動が鳴り響いたら、寝れる訳無いでしょ? しかも、『涙』さんを起こそうにも、目の中に指を突っ込むことも出来ないし......」

 イライラしているアイルシア。

 『あまりイライラしていると、折角の美人が台無しだぞ』

 『涙』の他人事な言い方に、呆れてしまう。


 「対策は?」

 気を取り直して、何か手段は無いのかと改めて質問。

 『無くも無い』

 「本当?」

 ようやく笑顔を見せるアイルシア。

 しかし......

 『もう少し、我をリラックスさせることだな』

 「なに、それ?」

 『疲れが溜まらなければ、イビキを欠かないってことだ』

 「......」

 思わず黙り込むアイルシア。

 人を小馬鹿にしているのだと思ったからだ。

 『色を変化させるアレが、結構疲れるのだ』

 「だから、元の色で居させろと?」

 『それ以外の要望に聞こえたか?』

 「その件、ちょっと考えさせて」

 内心頭を抱えてしまう。


 『ヘテロクロミアのまま、学校で過ごすしかないか〜。 眠りには代えられん』

 アイルシアが渋々、状況を受け容れる決意を固めた時、

 『もう一つ方法が有るぞ』

と言い出した。

 「早く言ってよ〜。 ところでそれって?」

 【どうせ大した話ではない】

と内心思ったものの、引き攣った愛想笑いで、一応確認してみる。

 『109年前、魔核爆弾が落とされた場所に、我を連れて行くことだ』

 「へ?」

 予想外にマトモなことを言い出したので、変な返事をしてしまう。


 『あの場所には、魔核エネルギーが大量に存在するだろ? ただ偶然封印出来ただけで、全面立入禁止になったままの筈だぞ』

 「その通りだけど......封印って偶然なの?」

 『当たり前ではないか。 我がエネルギーを吸収していないのに。 この惑星の現代人達のレベルでどうこう出来るような代物では無いのだ、魔核エネルギーとは』

 「それで、涙さんがエネルギーを吸収出来れば、イビキも収まるっていうの?」

 『そのとおり。 エネルギー不足は、眠くなり易い原因だからな』


 その答えを聞き、アイルシアは即決断。

 「直ぐに行きましょう。 今日は学校サボる」

 『良い判断だ。 寝不足が続けば美容にも響くしな』

 アンドロメダの涙も、アイルシアの決断を歓迎する。

 「取り敢えず、ロベールに簡単な状況だけはメールしておくね」

 先日、人身売買事件に突如巻き込まれ、ロベールに迷惑を掛けてしまったので、アイルシアは『涙』にひとこと状況説明をし、他人に話すことへの承諾を得ると、早速出発の準備を始めるのだった。

 



 帝都ペンドラの北東方約100キロ。

 ここにかつて、主に帝室の者達が長期休暇を過ごす為の巨大な離宮が存在した。

 帝室用の離宮ということで、当然警備に就く者達の駐屯地も備えられ、その周囲には多くの貴族達の別邸も立ち並び、帝都の皇宮に匹敵する帝國中枢の一大拠点となっていたのだ。

 ところが、先の大戦末期。

 ユスオア国が新開発した魔核エネルギー爆弾の実験投入場所として、帝國の離宮が選ばれ、離宮の上空に爆弾が投下。

 周囲10キロ以上に渡り魔核エネルギーによって作り出された異次元空間が広がってしまい、その内側の3次元空間内に居た生物は絶滅したと言われている。


 戦後、各国の調査団がその領域に入ったものの、帰還した者はゼロ。

 以後、帝國政府の厳重な管理下に置かれている。

 ただ、本来は徐々に広がる筈の魔核エネルギーが充満した空間が、調査団が入って以後、広がらなくなったのは、調査団が空間内に持ち込んだ幾つかの奇跡の遺物のうち、何らかの効果を発揮したものが有るからだと言われている。

 それから100年以上が経過し、エネルギーが遺物で封印され続けている影響か、徐々に範囲は狭くなり、現在は旧離宮の『皇帝の間』を中心に、直径5キロ余りの範囲が立入禁止となっている。




 「ちょっと、涙さん」 

 『なんだ?』

 「貴方の要望に従った結果、最悪な状況に陥っているのですけど......」

 小声で独り言を呟くアイルシア。

 離宮の周辺には簡単にたどり着いたものの......

 警戒の緩い場所を見つけて、空間内に入って暫くすると、突如現れた警備の男に捕まってしまったのだ。

 『あれっ、事前に言わなかったか? 中に入れば面白いモノが見られると』

 「これが面白いモノ?」

 『そうだ』

 「両手に手錠掛けられ、鉄格子の中へと収監されてしまった状況が、面白いと?」

 『だろ?』

 「見方を変えれば、そういう言い方も出来るか〜」

 半ばやけくそ気味に同意してみる。

 しかし、気分はちっとも晴れない。


 「どうして脱出しようとしないの? 涙さんがエネルギーを吸収すれば、簡単に逃げ出せるでしょ?」

 『そりゃあ〜、当たり前だな』

 「じゃあ、どうして......まさか、私が犯されるのを待っているの?」

 人は少ないものの、監禁された場所で監視している男達のアイルシアを見る目は、明らかにイヤらしい目付きであった。

 既に、視姦されている感覚という表現が正確かもしれない。


 『海帝。 お前は前世でエウレアから神聖大海教の秘密拠点の捜索を命じられていただろ?』

 「ええ。 そんなことも有りましたね〜」

 『それが、ここだ』

 「......本当に?」

 『我は嘘は吐かぬ』

 「なるほど〜。 どうやっても見つからない筈だ」

 『そういうこと。 エウレアは魔核エネルギーへの対応能力がほぼゼロだから、ここの内部で起きている出来事だけは何も知らぬ。 いや、知ることが出来ないのだ』

 「ゼロ?」

 『現代人は、異星人達がこの惑星を魔核エネルギーで染め上げた以後に、その環境に適応した古代人の派生種族の末裔。 だから、ただ空間の中に入るだけなら、一定期間は生きて居られる。 現にアイルシアも今のところ生命に異常は感じないだろ?』

 「......」

 『それに対し、適応能力が無い古代人達は、魔核エネルギーが充満した空間では、数分間で死んでしまうのだよ』

 「それって、まさか......」

 『エウレアの母は、この惑星の地下深くで生き延びてきた純粋な古代人。 その血を濃く受け継いだからこそエウレアは、魔力を幾つも操れるのだ』


 海帝は、初めてエウレアの秘密を知ることになった。

 まさか、転生後のやり直し人生、しかもアイルシアの人生で知る、というところが面白いと感じていた。

 前世のロベール・ルテスは、晩年エウレアの最側近であったが、秘密を知るような機会は全く無かった。

 それは当たり前である。

 大魔女と特に大貴族から恐れられる存在となっていたのに、わざわざ秘密を明かして、自身の唯一の弱点を晒す必要なんて、微塵も無いのだから。

 

 

 「エウレア様の秘密は理解出来ました。 それと、古代人と現代人の比較も。 でも、現在の最悪な状況を脱出出来る見込みは無いですよね? 涙さんが動かぬ限り」 

 『そう焦るな』

 「しかし、私、何時犯されても、おかしくない状況ですよ」

 『その時には、場合によって我が対応するし、そもそも守護の力が有るだろ?』

 「でも、今のお話の筋から考えれば、魔核エネルギー空間内において、魔力は殆ど機能停止となるのではないかと」

 『......そうだったかもしれん』

 「ガ~ン」

 アイルシアは、やっぱりと思い、ガクッとなってしまう。


 魔力は、アイルシアの意思で機能させられるが、アーティファクト『アンドロメダの涙』は、アイルシアの意思では無く、アーティファクト自身が持つ意思でオンオフされると理解している。

 『アイルシアの貞操は護ってやるから、心配するな』

 ようやく、『涙』から安心を感じさせる言葉を聞くことが出来て、気持ちの整理を付けようと努力してみる。

 そして、

 『涙はおそらく、何か目的が有って、まだ動かないのだろう』

と考えることにしたのだ。




 「おい、怪しい女。 ブツブツ独り言を言ってないで、準備しろ」

 一人の男が近付き、声を掛けてきた。

 あえて、怯えた表情を見せるアイルシア。

 その表情に唆られたのか、男の下半身がモゾモゾとし、大きくなってきたアレの形がズボンの上から何となく見えている。

 『ヤバい......』

 そう考えていると、

 「お前は見た目が良いから、総師様の有り難い御目見得を受けられるそうだ。 早く出ろ」

と告げられる。

 「総師様?」 

 アイルシアの問い掛けに、

 「知らないとは言わせないぞ。 ここに、神聖大海教教団の貴重な祭壇が有ると知って、忍び込もうとしたのだろ?」

と答えた監視の男。

 アイルシアが首を振ると、

 「ここに入り込んだ奴は、ほぼ全員が盗っ人だ。 無事に出た奴は居ないがな」 

 その説明に、絶望の表情を見せたのだった。



 車両に乗せられ、数分。

 大きな門の残骸を幾つもくぐり抜けると、やがて非常に大きな建物が見えてきた。

 「降りろ」

と命令され、出迎えた男達に囲まれ、荘厳だが、あちこちが崩れた巨大構造物内を連行される。

 『この建物が、元の離宮かな?』

 アイルシアはキョロキョロしながら、そんなことを考えていると、巨大構造物内に作られた明らかに新しい建築物が見えて来たのだ。

 『これがきっと、教団が作った施設ね......』


 中に入ると、更に奥へ奥へと進む。

 立入厳禁の魔力エネルギー空間内には、教団幹部以外の者は、誰も居ないのであろう。

 旧離宮内に入る時には、5人居た男達も、建物内に入ってからアイルシアの連行に付いて来たのは2人のみ。

 前後に挟まれるだけであった。


 前を歩く男が立ち止まる。

 すると、大きな自動扉が開く。

 その内部は、超高級ホテルの滅茶苦茶広いスイートルームのような感じであり、幾つかの傘蓋付きのベッドが置かれていて、その最奥の豪奢過ぎるソファーに、明らかに総師といった感じの老齢の男が座って待っていたのだ。


 連行してきた男に促され、総師の近くに進み出ると、

 「ご苦労だった。 下がって良いぞ」

 その言葉を聞き、やや羨ましそうな表情を浮かべつつ、下がってゆく男2名。

 これから始まることを熟知しているからであった。


 「何故、ここに入り込んだのだ?」 

 総師と尊称されている男の質問に、

 「どういう場所か、よく分からないまま、入ってしまったのです」

と答えてみる。

 「そんな筈はあるまい。 ここは先の大戦での最大の悲劇の場所。 立入厳禁ということぐらいは小学生でも知らぬ者は居ないのだから」

 老齢の男はそう言って立ち上がると、アイルシアの目の前に。

 「おお、これは聞いていたより、随分上玉だな。 抵抗せぬのならば、教団幹部達の妾として、酒池肉林の世界を死ぬまで味わせてやれるが、どうじゃ?」

 イヤらしい顔つきに一気に変化した総師。

 男は幾つになっても、性欲は衰えないというが、その通りだと海帝アイルシアは思うのだった。


 しかし、あえて総師の誘いには答えず、様子見してみることに。

 『涙』の反応や目的が分からないので、動きようが無かったのだ。

 「まあ、良いだろう。 まだ高校生ぐらいの年齢では、どうしてよいのか判断出来ないのは当たり前だからな」

 総師はそう答えると、アイルシアを近くのベッドに押し倒す。

 抵抗しようとして、魔力の発動を試みたが......

 老齢とは雖も、男の力には敵わないアイルシア。

 まだ体を鍛え始めて半月余りでは致し方ない。

 しかも、魔力『守護の力』は、予想通り魔核エネルギーの満ちた空間内において、その能力を発揮出来ないということが証明されただけであった。



 そのまま総師は、着ていた法衣を脱ぎ捨てると、真っ裸でアイルシアに覆い被さってきた。

 抵抗しようとしたものの、手錠されたままの両腕が、片手で押さえ込まれてしまう。

 『ヤバいよ〜、涙さん、助けて......』

 心の中で叫ぶアイルシア。

 『お母さん、ゴメンなさい。 折角、私の為にアーティファクトを遺してくれたのに......何の活用も出来ないまま、全てを失ってしまいそう......』

 そう思った瞬間であった。

 豪奢な部屋の片隅に置かれていた聖杯のようなものが激しく輝き始める。

 『あの輝きは、涙さんを見つけた時と似ている......』

 そんな感想を抱いた時......


 『アイルシア。 握っている両手を開け』

 アンドロメダの涙の声が脳内に響く。

 直ぐに従うアイルシア。

 すると、両手が刃に変化したと思った途端、手錠の鎖がプチッと切れる。

 更に、手錠自体も刃から放たれるエネルギーの振動波で真っ二つに割れ、アイルシアの腕が自由を取り戻す。


 そして、反射的に海帝アイルシアは、総師の顔面に、魔核エネルギーで創り出された刃の両手を突き刺していたのだ。


 鮮血と脳漿が、刺さった刃の隙間から噴出。

 神聖大海教の最高幹部である総師の男は、一瞬の痛みを感じただけで、自身が死んだことすら気づかないまま、絶命した。

 吹き出した血液と体液は、『涙』が張ったシールドに弾かれ、アイルシアに掛かることは無かった。


 「遅いよ、涙さん」

 アイルシアは涙ぐみながら、一言文句を言う。

 『済まぬ。 なかなか見つからなくてな』

 それだけ答えると、『アンドロメダの涙』は魔核エネルギーの吸収を始める。

 気付くと、アイルシアの心臓の位置に、白色に煌々と輝く小さな宝石のようなものが、埋まっていた。

 「涙さん。 この石を探していたの?」

 アイルシアは質問をする。

 『その通り。 これでバラバラになっていた我が、完全に揃ったことになる』

 「あの聖杯に埋め込まれていたのよね?」

 『今から千年以上前に、当時の職人が聖職者の依頼を受けて、聖杯として作り変えたのだろうよ』

 「聖職者?」

 『魔核エネルギーが欠乏し、我が眠りに就いていた隙に、3つの石はバラバラになってしまってな。 エリシアとの長い長い、時間を行き来した旅で、2つ目は何とか回収したのだが、もう1つは聖なる遺物として、ここに隠されているということ迄しか掴めなかった』

 そう答えると、『涙』は深々とアイルシアに頭を下げる。

 それは、神殿の最奥部に潜り込む為、意図的にアイルシアの美貌を利用したことに対する謝罪であった。



 「目的は果たしたのよね、涙さん」

 聖杯に埋め込まれていたアーティファクト『アンドロメダの涙』の一部が存在しなくなったことで、一時的に魔核エネルギーの制御が喪われ、一気に異次元空間が広がり始める。

 その影響で、神聖大海教が旧離宮の跡地に新たに構築した建造物が崩れ始める。

 魔核エネルギーが満ちた空間内に居た生物は、空間の捻じれによって、空気が完全消滅してしまい、全てが窒息死する。

 『涙』に護られたアイルシアを除いて......


 やがて、『涙』の魔核エネルギーの吸収力が、空間の膨張速度を上回り、徐々に空間の収縮が始まる。

 小一時間で、吸収仕切れないエネルギーは旧離宮の皇帝の間に閉じ込め、109年前の悲劇のケリが付いたのであった。

 


 完全な廃墟となった旧離宮。

 今生じたエネルギーの膨張と収縮で、まだ崩れずに残っていた建造物の大半が破壊されてしまい、教団が作った新たな建物は、『涙』によって意図的に壊された。

 よって、ただの残骸の山が、人々の目の前に突然現れたということになる。

 どうして、急に魔核エネルギーの大部分が消滅したのかは、永遠の謎という疑問だけを残して。

 



 「私の部屋も、随分モノが増えたわね〜」 

 いつの間にか『涙』は、神聖大海教の祭壇から、多くの聖蹟物を持ち出して、アイルシアの持っていた大きなリュックサックに仕舞っていたのだ。

 『大半はガラクタみたいだが、中には、本当に貴重な力を秘めたモノも有りそうだ』

 「それって、異星人の?」

 『アンドロメダの人々のモノは一つも無いぞ。 数万年の時を経て、彼等はまだ生き残っているし、必要なモノは全て綺麗に撤収してから、この銀河より去った故』

 「そうなんだ〜......」

 『我のみがこの惑星に遺されてな。 何故だか分からぬが』

 その呟きに、永遠の時を過去に何度も遡りながら生き続けているアーティファクトの寂しさが込められている。

 アイルシアにはそう感じられたのであった......

 

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