第11話(夢と過去と)
アイルシアの体の中に、魔力『守護の力』が勝手に移って来てから数日後。
夜、眠っていると、夢を見た。
魔力が見せる、特殊な夢を。
『アイルシア、アイルシア』
『誰〜?』
『私よ、わ・た・し』
『わたし?』
『薄情な子ね〜、全く』
その言い方で、声の主が漸く誰だか気付いたアイルシア。
『もしかして......お母さん?』
『もしかしてじゃないわよ』
『ゴメンね、お母さん。 お母さんが死んじゃった時、私、まだ幼かったから、記憶の中に声が残っていないの』
『まあ、仕方ないか〜。 それと、そのことについては......ゴメンなさいとしか、言いようが無いわ』
『夢の中に出て来たってことは、魔力の影響?』
『意外としっかりしているのね、アイルシアって』
『そんなことないよ。 海帝とロベールが私の中に転生して来なかったら、何も出来ない小娘でしかないし......』
『そうだ、早く用件を言っておかないと、ね。 貴女が目覚めてしまうと、夢の中に出れなくなっちゃうし、次の機会は何時になるか、全く予想が付かないから』
『そうなんだ〜』
夢の中のエリシアは少し姿勢を正すと、用件を話し出すのだった。
『アイルシア。 私が死ぬ直前に貴女にあげた2つの人形、まだ持っているわよね?』
『もちろん。 お母さんから最後にプレゼントされた大事な大事な物だから』
『この後起床したら、その人形の背中の辺りを開けてみてね』
『背中? チャックとか有ったっけ?』
『ようやく貴女に、守護の力が引き継がれたことで、封印を解く時が来たのよ』
『封印?』
『そう、私が掛けておいた封印。 あのエウレア様も全く知らないことなのよ』
『......』
『わかった? アイルシア』
『う~ん、わかったけど......お母さんは、いつか守護の力が私のところに来るって知っていたの?』
『知っていた訳では無いの。 ただ、幾つか予見した未来の中に、そうなる可能性が有ったわ』
『幾つかの未来?』
『アイルシア。 正直言うと私は守護の力を使いこなせるだけの適性が無かったから、エウレア様を護る為に暗殺されてしまった。 でも、もう一つ別の力を持っていて、その能力で予め未来を予想していたわ』
『もう一つの力?』
『そう。 でも、未来の予測に絶対は無くて、あくまで確率の世界。 だから、私に見えた数パターンの未来から、貴女がなるべく幸せな人生を送れるよう、事前に幾つかの小細工を施しておいたって訳』
エリシアは事情を説明し終えると、慈愛に満ちた笑みでアイルシアを見詰める。
『有り難う、お母さん......でもまさか、私の為に』
その説明を聞き、母エリシアは自身が若くして死ぬという未来を知っていたことに気付いたのだ。
未来を予見出来るのならば、避けることが出来ただろう死を受け容れたのも、きっとアイルシアの為。
涙が頬を伝うアイルシア。
『大事な言伝だから、絶対、忘れないでよ〜』
エリシアは笑顔のままそう言い残すと、やがて夢の世界から姿を消したのだった。
「あれっ、私」
夢から醒め、周囲を見渡す。
低い天井。
寝場所と小さな机と椅子が有るだけの狭い部屋。
窓際に置かれた机上に、母エリシアが夢の中で語った、大切にしてきたけどボロボロの人形2個が置いてある。
「今の夢での話しからすると、この背中ってことよね?」
人形を一つ手に取り、背面を確認する。
外観からは縫い目も無く、人形の中に何かが仕舞われている様子は無い。
そこで、何回か背中の部分を強く押し込んで見ると......
「あら。 何か小さなモノが入っているみたい」
固い感触が有ったその部分を押したり引いたりしているうちに、ポロッと机の上に小さな青藍色の透明な石が出て来たのだ。
「こっちの人形にも有るのかしら?」
もう一つも手に取り、背中の方側を押し込む。
やがて、濃紫色の透明な石が机の上に転がってきた。
「宝石みたいに綺麗な石だけど......何だろう?」
机の上に2つの小さな宝石の様なモノを並べて眺めていると......
2つの石は徐々に輝き出し、やがて狭い部屋が光に包まれる。
そして......
一瞬、激しく光ると、机の上から石が失くなっていたのだ。
「石が......無い」
狐につままれたような感覚とは、このような感じであろう。
「お母さん......ちょっと説明不足過ぎだよ。 石が消えちゃった」
そう呟くと、
『消えてはいないぞ』
と、脳内に直接声が聞こえたのだ。
「何処?」
『アイルシア。 お前の瞳の中だ』
その説明を聞いて、慌てて手鏡で確認。
すると、本来焦げ茶色である筈の右目の瞳が青藍色に。
左目の瞳が濃紫色に変わっていたのだ。
「2つの宝石さんって、何者ですか?」
頭の中の声の主に質問するアイルシア。
『宝石とは心外。 我には『アンドロメダの涙』という名が有るのだぞ』
『アンドロイドの......涙?』
『それは、まあイイ。 我の正体は、お前達の世界の言葉だと、究極の生体兵器という表現が正鵠を射ているだろう』
『生体兵器?』
『アイルシア達が『魔力』と呼んでいるバイオナノ兵器が、数万年前この惑星上で繁栄を極めた先民達の遺物だとすれば、我は数万年前、銀河系外からやって来て、この銀河やこの惑星の先民達を征服した異星人達の遺した、希少なアーティファクトと言ったところだな』
『アーティファクト......ね......』
『もっと感動して欲しいな〜、アイルシア。 君は我に選ばれし存在なのだから』
『選ばれし?』
『そうだ』
『何で。 私が?』
『取り敢えず君の母の願いだからという理由にしておくが、まあ、何れ理解出来る日も来るだろう。 な、守護の力よ』
『イエス、ユア、マジェスティ』
突然頭の中に聞こえた別の声。
『守護の力さんって、喋れるんだ......』
アイルシアは、そんなことを考えていると、
『我の能力は、君達の世界で魔核エネルギーと称している、異次元空間すら貫く特殊かつ膨大なエネルギー流を自由に操ることが出来るというものだ。 どうだ、感動ものだろ?』
『......』
『少しは感動して欲しいものだが。 まあ、良い。
そのうち、その素晴らしい有用性が実感出来るしな』
『アンドロメダの涙』と名乗った、宿主に特別な能力を付与するアーティファクトは、アイルシアの瞳に変化して寄生し終えると、用件は済んだとばかりに、無言になる。
次の言葉を暫し待つアイルシア。
しかし、『涙』が何も喋らなくなったので、困ってしまう。
「涙さん」
『なんだ? まだ、我に何か用が有るのか?』
「この瞳の色のままだと、学校で怒られてしまうのです。 カラコン禁止なので」
『カラコン?』
「瞳の色を元に戻して貰えませんか」
『なに〜!!』
「ダメ、ですか?」
『我の美しいこの色を、アイルシア、まさかお前は嫌うのか......』
「いえ、綺麗な色だと私も思うのですが、とにかく校則違反なのです」
『校則?』
「はい、校則です」
あまりにもスケールの小さい理由と要望に、かなり困惑するアーティファクト。
ここで、少し間が空いてしまう。
『わかった。 元の色に変化してやるから、そんな困った顔をするな』
「有り難うございます」
『ただし』
「ただし?」
『我が能力を発揮する時には、本来の色に戻ってしまうから、それだけは理解してくれよ』
「はい」
『それでは、先ず右腕を伸ばしてみろ』
「こうですか?」
その瞬間、右手が鋭い刃状の形態に変化したのだ。
『アイルシアは右利きか?』
「ええ」
『必要があると我が判断した時、右手が攻撃用の兵器になる。 左手にも作り出せるが、利き手の方が良いだろう』
「へ〜」
不思議そうに、自身の右手を見詰めるアイルシア。
そして、少し動かしてみる。
『狙いを定めて、その方向に刃を向ければ、魔核エネルギー波が標的目掛けて放たれる。 その気になれば数キロ以上先でも』
「数キロ?」
『しかも、百発百中だぞ。 我がエネルギー流を完璧にコントロールするから、宿主は特殊な訓練を一切必要としない』
「ふ~ん」
『アイルシア。 お前は感動の表現力が弱過ぎるな』
『じゃあ、次は左腕だ』
「イエス、マイロード」
アイルシアは守護の力の言葉遣いを真似てみる。
すると、アンドロメダの涙は、
『ちっ』
と何故か舌打ちしたようだ。
左手全体が淡い紫色掛かった光に包まれる。
『その光は、魔核エネルギーのシールドだ』
「シールド?」
『守護の力の防壁よりも汎用性が高く、しかも遥かに強力。 防護範囲も広い』
「汎用性?」
『使い勝手が良いってことだが、そんなこともわからんのか』
「へ〜」
『アイルシア。 ワザと無関心を装っているな?』
「いえ」
『そして、我の最大の能力は、エネルギー流に乗ってあらゆる次元空間を行き来出来るということだ』
「あらゆるって......まさか......」
『ようやく、驚いた表情を見せたな』
「......」
『アイルシアが今考えた通りだ。 時間を自由に遡ることも出来る』
「遡るだけ......未来は?」
『先に進むのはかなり苦手だが、少し先ぐらい迄ならば』
「母は、エリシア・グドールは、涙さんの力を使って、未来を?」
『実際に行った訳では無いぞ。 未来に』
「行ってないの、ですか?」
『行かずとも、予見することが出来る』
「それって......」
『未来を変える為、過去に何度も何度も遡る。 我の能力を使ってな』
「やり直し続けるってこと?」
『如何にも。 我を創り出したアンドロメダの超文明異星人達は、敗北する度に我の能力で過去を遡り、勝利する迄、何度でもやり直した。 だから最終的に勝利を必ず勝ち取る。 絶対不敗という訳なのだよ』
「確かに、そうなるわね」
『よって、未来に行く能力は必要ではない。 失敗や敗北が有れば、過去を遡って対応すれば済むのだから』
「......」
『アンドロメダの涙』と称するアーティファクトは、それ以上アイルシアに自身の能力を説明しなかった。
まだ、多くの能力を秘めているようだが、当面使う場面は無いと判断したからだ。
ただ、最後に、
『エウレア・シェラスにだけは、当面我のことを話してはならないぞ』
と、念を押したのであった。
学校に向かいながら、今朝の不思議な体験を考え直す海帝。
『もしかして、死んだ筈の僕が過去に遡ってアイルシアに転生したのは、あのままだと、新王朝を開いた女帝エウレアも、その後を継いだ二代皇帝アイルシアも、成功とは言えない状況へ向かっていたからなのかもな』
そして、今までロベールの人生では聞いたことも無い、膨大な魔核エネルギーを自在に制御するという、とんでもない能力を秘めた奇跡のアーティファクトを、アイルシアの亡き母エリシア・グドールのお蔭で手に入れることが出来たことについて、改めて振り返る。
すると、
『ロベール・ルテス、いや月新海帝。 お前の読みは、50点っていうところだな』
と厳しい評価の声が聞こえたのだ。
「手厳しいですね〜」
『お前が居た前世の出来事の流れも、悪くは無いのだよ』
「悪くは無い、か......」
『しかし、お前は早くに死んだ。 あのまま時間が流れれば、その後もアイルシアと親しい者の何人かが、相次いで亡くなるに違いない』
「僕同様、早くに?」
『だろうな。 海帝の自覚では違うのか?』
「ええ、まあ、指摘の通りですね」
『それと、お前が居た前世における最大の問題点は、レオニダス・ティアナがユニオン連邦を攻めた結果、生じてしまった闇の世界......魔核エネルギーが充満した異次元空間の広がりを止めるのが難しいってことだ』
「......」
『それがどうしてだか、わかるか? 海帝よ』
アンドロメダの涙の質問に、少し考え込む。
そして海帝は、やにわに笑い出す。
アンドロメダの涙が言いたいことが理解出来たからだ
『その通り。 我がアイルシアの中に登場する機会が無いまま、時間だけが過ぎてしまったからだ』
自慢気に答える奇跡のアーティファクト。
特別な存在であることを誇示したいようだ。
『そういう訳で、今後のアイルシアの人生の導きをより良き方向へと頼むぞ、ロベールと海帝よ』
涙はそう答えると、存在感を消してしまう。
学校が近付いたのに、そのままアーティファクトの活動が活発のままだと、アイルシアの瞳の色が藍色と紫色のヘテロクロミアになっていて、校則違反で咎められるかもしれないからだ。
『少し小五月蝿いが、意外と律儀な奴だな。 頼り甲斐も相当有りそうだ』
海帝が感心していると、目が異様にチカチカ。
『意外』・『小五月蝿い』という感想に対する『涙』の嫌がらせであった。