第10話(新たな秘密の共有者)
拉致と人身売買の両事件に関し、宮中警護隊の隊員による一通りの事情聴取を終えたアイルシア。
日の出の時間が近付き、夜空が明るくなり始める時間となっていた。
旧皇宮近くの、帝國政府関係部門が多く入居する重厚な建物内に隊の本部はある。
その一階のロビーのソファーで、ロベールはウトウトしていたところ、
「ロベール様。 こんな時間まで待って頂き、ありがとうございます」
その声で目が覚めたのだ。
声の主は、勿論アイルシア。
寝惚け眼を擦りつつ、
「アイルシアは兄姉が居ないけど、僕は兄貴代わりみたいなものだから、気にしないで」
「しかし......」
「まだ高校生なのだから、年長者の配慮を黙って受け取ればイイんじゃないかな」
これは感謝の気持ちを受け取った際に感じた恥ずかしさを、説教っぽくして誤魔化そうとするロベールの癖。
それに直ぐ気付いたアイルシアは、それ以上何も言わず、黙って手を差し出す。
その手を取って立ち上がるロベール。
「お嬢様、それでは参りましょうか?」
「それ、私が言うべきセリフですよ」
明らかに逆の行動。
それが可笑しくて笑い合った時、ロベールは背後から
『ゾクゾク』
とする冷たい視線を感じたのだ。
恐る恐る振り返ると......
いつの間にかアルダートが立っていた。
「楽しそうだな〜、ロベール。 まさかこの子とこのまま帰ってしまうつもりではないよな?」
「いや〜、もう用件は済んだだろ? もちろん帰るつもりだよ」
「他人を大きな事件に巻き込んでおいて、それはないだろ」
本気で怒っているように見えるアルダート。
タジタジのロベール。
それに対し、
「アルダート・ホンジョー次期公爵様。 先程は有り難うございました」
アイルシアが代わりに感謝の挨拶を述べたのだ。
「あれっ、僕は名乗ったっけ? 君に」
「いえ、名乗られておりません」
意表を突く返事に、少し驚くアルダート。
「では、どうして僕の名を?」
「私は知っているのです」
イマイチ噛み合わない会話。
ロベールは少しドキドキしながら、2人の様子を見詰めている。
「君は、あの地下オークション会場の空間で、魔力を使ったよね?」
アルダートは、あれ程の大破壊を発生させつつも、自身を含め潜入していた捜査官3人と、アイルシアを含む被害者の5人が無傷で脱出出来たのは、アイルシアが魔力を使ったからだと解釈していたのだ。
それに対し、
「ええ、まあ、そういうことかもしれませんね」
アイルシアが曖昧な返事をした時、ロベールが慌てた様子でアイルシアを連れて少し離れた場所に移動する。
「良いのか? アルダートに打ち明けてしまって」
話の流れから今にも、未来で死んだロベールがアイルシアに転生していることを説明しそうだったからだ。
「将来の帝國宰相閣下は、頭脳明晰、公明正大な人柄で、地位に相応しい素晴らしい手腕を有しておられますが、私達の未来に大きな影響を及ぼす存在ではありません。 私が知る未来に限った場合ですが」
「帝國宰相閣下?」
「アルダート様のことです」
「レオニダス様は?」
「いずれは、帝國国防軍総司令官と言ったところでしょうか?」
「僕は?」
「何処かの大貴族の家宰をしていた様な......」
「何で僕だけ、『ような』なの?」
「うふふふ」
「うふふふじゃないよ。 じゃあ、アイルシアは?」
「新王朝第二代皇帝アイルシア1世、の予定」
「ウソだろ?」
「即位前の彼女は、ルアマイアー公爵家の当主でしたよ」
「......本当か、それは?」
「嘘ついても仕方ないでしょ? それに......」
「それに?」
「未来はかなり変化しつつ有ります。 きっと私が知っている皆様の肩書も、実際大きく異なってくるだろうことに、疑う余地は無いでしょう」
「そうか......」
「あとですね〜」
「?」
「アルダート様は、私を二億で落札されました。 引き渡しの直前で私が強引に脱出しなければ、あの場で闇オークション元に支払いをされた筈」
「二億〜って、マジ?」
「マジです」
「いや、それは悪いことをしちゃったな〜」
「ロベール様が、レオニダス様を通じて私の捜索と安全の確保を依頼されなければ、そんな金額出そうとしなかったですね」
「......どうして、そのことを......」
「私は貴方なのですよ? だから、考えていることは全てお見通しです」
「......」
敵わないなあ〜という表情のロベール。
「決まったかい?」
ひそひそと相談している2人。
ロベールの表情を見て、その結論が出たと判断し、アルダートがタイミングを見計らって話し掛けてきたのだ。
「アルダート様。 少し秘密厳守の話をしたいので、場所を提供して貰えませんか?」
「わかった。 僕の執務室で話そうか?」
「はい」
3人は、階段を昇って3階に。
そこに宮中警護隊の副隊長室がある。
「どうぞ、お掛け下さい」
アルダートは、アイルシアにソファーに腰掛けるよう促すと、自身は目覚めのコーヒーを三杯作って、ソファーの前のガラステーブルに並べる。
「ロベールも座ったら?」
部屋に入ると立ったままだったので、一応着席を勧めると、
「随分扱いが違うなあ〜」
と不満そう。
「そりゃあ、レディーファーストだからね」
「わかっているけどさ」
その後アイルシアは、状況の説明をする。
未来で死んだロベールが自身の中に転生したことや、2日前に魔力『守護の力』が、レオニダスの元から自身の元に移ってきたこと等を。
「にわかには信じられない......」
アルダートはまず、そんな感想を述べたのだ。
「僕はアイルシアと出会ってから、まだ半月程度の短い期間しか経っていないけど、その間色々な出来事を経験しているから、疑う余地は全く無いと断言するよ」
ロベールのその言葉を聞き、少し考え込むアルダート。
「わかった。 そうでもないと、今回の出来事の理由が付かないものな」
半信半疑の様子だったが、目の前で闇オークション会場だった旧侯爵家の豪奢な別邸宅が脆くも崩れ去ってゆく状況を見ているのだから、もはや信じるしか無かったのだ。
「どうして、そんな重要な秘密を僕に打ち明けたんだい?」
「アルダート様が他人の秘密を周囲に漏らす様な方では無いと、私は知っていますから」
「随分評価してくれているみたいだね」
「ええ。 それに」
「?」
「二億も出そうとしてくれたことに感謝しているからです。 もし、あの時私が会場を破壊して脱出しなければ、支払わざるを得ませんからね〜。 闇オークションでは即金が常識ですし」
「親友達の依頼だから、当然なことをしたまでだ」
アルダートはニコリとしながら答えると、アイルシアは意味深な含み笑いを始める。
「うふふ」
「......」
「それ以外にも、目的が有ったのでは? 私をメイドにするとか、妾にして、あんなことやこんなことしてみたいとか......」
「あのなあ〜」
予想もしていない方向に話が逸れ始め、少し困惑するアルダート。
そこにロベールが畳み掛ける。
「アルダートでも、そんなこと考えるんだね〜。 僕と同じ様なことを」
アイルシアと同調して、アルダートに心理的な揺さぶりをかけてきたのだ。
「何を言っているんだ。 そもそも、この子の救出を依頼してきたのは、ロベールだろ?」
「それはそうだけど、こんな綺麗な子、なかなか居ないよ〜」
「私も自分自身を客観的に見て、そう思うぐらいですもの。 男を惑わす可憐な美少女アイルシア・グドール。 かつて大貴族の社交界で、皆がこぞって歓心を得ようと争った、エリシア・グドールの愛娘......」
「一瞬でも頭をよぎらなかったかい? ああ、この子とあんなプレイや、こんなプレイをしたいって」
アイルシアとロベールが束になって、アルダートを誂ったのだ。
少し呆れた表情のアルダート。
そして、先程まで半信半疑だったものが、確信に変わる。
「ようやく、わかったよ」
「?」
「この子の中に、ロベールが居るっていう話」
「......」
「2人と会話していると、ロベールが2人居ると実感するってことさ」
「なるほど〜」
ロベールは何だか嬉しそう。
「褒めているんじゃないぞ? 貶しているんだからな」
「へ?」
「本来のアイルシアちゃんは、もっと清楚で大人しいのだろ?」
「どうして、そう思う?」
「見た目や年齢、生い立ちと、人柄にギャップが有り過ぎだから」
「確かに。 本来のアイルシアだったら、僕はともかく次期公爵家当主様を茶化したりする筈も無いし、そういう考えすら浮かばないだろうな」
ロベールの感想に、頷くアイルシア。
「おいおい、転生した僕がアイルシアを貶めているって言ったのだぞ?」
「ええ。 わかっていますよ。 確かにその通りですから」
そんな2人の姿を見て、笑い出してしまう。
そしてアルダートは、2人の秘密を誰にも話さないと改めて約束。
また、今回の事件の背景には、最上位の大貴族が絡んでいそうなので、上辺だけの処理で終結となってしまうだろうと、自身の予測を説明し、
「あまり期待しないでくれよな」
と釘を刺したのだった。
そして、アルダートの予想通り、直ぐに何者かの横槍が宮中警護隊に入っていた。
黒幕に迫ろうと本格的な捜査に入る前に、指揮権がアルダートから別の者に移されてしまったのだ。
そして半月も経たないうちに、形式上は栄転という形で、帝國内務省の高官への人事異動に乗せられ、宮中警護隊を去ることとなった。
また、闇オークション会場に居た筈のアートべー伯爵は、いつの間にか姿を消しており、会場の崩落に巻き込まれずに済んでいた。
一方、キューブ男爵は、崩壊に巻き込まれ重傷。
しかし監視の目を盗んで、入院先の病院から抜け出してしまい、行方不明となる。
アイルシアを拉致した4人の男達は、逃亡先で確保。
平民の為、帝都警察に身柄を移された後、裁判で長期刑を宣告され、流刑地に送られたのだった。
アイルシアのことを人身売買組織に売った情報屋のヨーコ・ザークライ。
拉致事件の共犯者として裁判を受け、短い刑期を終えると所在不明となるが、それはだいぶ先の後日談となる。
廃墟となった旧ブランブルグ侯爵の別邸。
そこにある人物が、七公爵家会議の依頼を受けて、現場調査にやって来た。
その人の名は、エウレア・シェラス。
この時点では、シェラス公爵家の令嬢という立場でしかない彼女だが、魔力に関する専門知識の豊富さから、出来事の本質を見極める為、派遣されたのだ。
「エウレア。 君の目で見て、この状況をどう考える?」
案内役は、内務省高官に異動する直前のアルダートだった。
「アルダート様の見解では、魔力による破壊よね?」
「うん」
「私も異論は無いわ」
「やはり、そうか......」
「でも、誰が」
「オークションに掛けられた被害者のうちの誰かだろうね」
「ふ~ん」
「......」
「それで、誰なの?」
「ゴメンな、エウレア。 それは教えることが出来ない」
「そう」
「色々と事情が有ってね」
「その人の安全は保障されているの?」
「当然だよ。 魔力保有者は極めて貴重。 こんな大きな出来事が発生した以上、そのまま野放しにしていたら、権力争いにも巻き込まれるし、下手したら暗殺されかねないだろ?」
「そこまでわかっているのなら、何故、私の庇護下に入れないの? 万が一何処かの公爵家や侯爵家の手に堕ちたら、権力のバランスが崩れるかもしれないのに」
「当人が利用されるのを嫌がっているんだ」
「それで、ホンジョー公爵家が保護中って解釈?」
「そうだよ」
エウレアが種々の魔力を有する唯一無二の存在であることをアルダートは知っている。
他人の考えを読めることも。
内心、冷や汗を掻いているアルダート。
しかし、エウレアにもアルダートの言っている矛盾は見抜けなかった。
それは、アイルシアからの
『無心で居れば、考えを読みにくい』
という助言が功を奏したからだ。
「しかし、凄い威力の魔力ね。 私でも、ここまで壊せないわ」
「そんなこと無いだろ?」
「いいえ。 私には攻撃的な魔力が無いのよ。 ただ、防御用の魔力は幾つも有るから、それを応用しているだけ」
エウレアはそう答えると、建物の残骸に向けて手を翳す。
魔力を使った残滓を探す為だ。
『これって、まさか『守護の力』? じゃあ、魔力を手に入れてから数日後に使った結果なの? たった数日で、ここまで能力を発揮出来るなんて......私よりも強い適性が有るってことになるわ』
内心驚くエウレア。
そこで改めてアルダートを問い詰め始める。
「本当に、ホンジョー公爵家が保護しているのでしょうね?」
「ああ」
「本当に?」
「......」
『これは不味い』
と感じたアルダート。
しかし、手遅れだった。
考えを読まれてしまったのだ。
「保護していないのね......困ったわ」
「ゴメン。 当人が拒否して」
「一介の公爵家令嬢、しかも何の実権も持たない私が言うのも少し可笑しいけど、特に侯爵家の連中がその子を手に入れたら、相当厄介なことになるわよ」
「......」
「神聖大海教の場合もね」
「そうだね」
貴族社会は権力争いが非常に激しい。
毒殺や事故に見せ掛けた殺害といった暗殺も珍しいことでは無い。
魔力を持つ者は、特にそういう役目にうってつけだ。
現在帝國内で把握されている、エウレア以外の魔力保有者は、レオニダスと神聖大海教大神教祇官3人の合計5名のみ。
大海教は侯爵家連合に近い立場だが、国教であるので、表面上は大貴族同士の権力闘争に手を貸していない。
しかし、裏では関与が疑われる事例が幾つも有るのだ。
エウレアが数種類の魔力を使えるらしいとの噂が公然と流れるようになってからは、大神教祇官達はより行動を控えているものの......
「厄介事が増えそうね」
エウレアはひとこと呟くと、現場確認を続けるのであった。