第1話(異世界に転生?)
別連載中のエウレア皇紀の派生版となります。
派生版とは言っても、時間の流れ的にはこちらが本筋?っぽくなります。
基本的には、エウレア皇紀を読んだ方を前提としているので、登場人物のことや逸話、出来事等をこちらの作品で詳細に解説や説明は致しません。
しかし、この作品だけを読んでも、ある程度楽しめるように書くようにしています。
是非、2つの作品を楽しんで頂けたら幸いです。
月新海帝は、日本に住む15歳の高校1年生。
都内のそこそこの私立高に進学したばかりの海帝。
成績はまずまず、運動は得意でないものの、と言って運動音痴という訳でも無い。
これと言った趣味も無く、性格は大人しい。
友人は少ないが、ボッチという程でもない。
特に取り柄が無く、何処にでも居るごく普通の高校生であった。
ところが、進学して一ヶ月も経っていないGW前のある日。
学校帰り、駅に向かって繁華街を歩いていた時、突如背後から、
「うお~」
という男の大きなわめき声が。
『何だろう?』
と思い、振り返った瞬間......
「痛て〜、ううう......」
脇腹に激痛が走り、蹲りながらうめき声を上げてしまう。
やがて周囲の人々が、異変に気付く。
海帝が襲われたのに続けて、
「きゃ~」
と叫び声を上げた女性が居たからだ。
その悲鳴で、人々が声のした方を振り返ると......
最初に偶然居合わせた海帝に、サバイバルナイフで腹部を滅多刺しにした通り魔の男は、今度は直ぐ側を歩いていた若い女性に襲い掛かっていて、その女性を突き飛ばし転倒させてから、馬乗りになって、何度も刺している。
苦しそうにうずくまったまま、その光景を見ながら、両手で押さえている部分に焼けるような激痛が走る自身の腹部を確認すると、血が噴水のように溢れ出ていて、タイル張りの歩道上は血溜まりとなっていく......
『動脈を切られたな、これは。 俺はここで死ぬんだろう......』
もう体が重く、動くことが出来ない。
出血多量の為、死神が一気に近付いて来る感覚。
急速に遠のく意識の中で、月新海帝として最期の思考は、これで終わりだった......
筈なのに......
「ロベール。 また寝坊?」
海帝の意識が戻ると、それはちょうど朝の目覚め時であった。
『あれ? 俺、死んだ筈じゃ......』
そう思い、ベッドに寝ている自身の周囲を見渡すと、そこは見たこともない景色の部屋。
今さっき刺された筈の腹部を触ってみても、傷は無い......
「ここはどこ?」
思わず、起こしてくれた中年の美女に質問してしまうと、
「ロベール、ちょっと寝惚け過ぎよ。 ここは貴方の部屋に決まっているじゃない? そんな調子じゃあ、また学校に遅刻するわね」
あまりにもだらしない質問だと感じ、呆れた様子を見せた女性は、
「とにかく、起こしたからね」
と言いながら、そのまま部屋を出て行ってしまう。
扉が閉まると静寂に包まれた部屋。
海帝は、ひとまずベッドから起き上がると、部屋に置いてある鏡を見つけたので、自身の顔を確認......
そこに写し出されたのは、月新海帝とは全く別人の顔であったのだ。
「誰だ? お前」
問い掛けてみたが、返事がある訳も無い。
「元の俺より相当イケメンだな、君は」
新しい顔の人物について、そんな感想を述べてみるも、辺りは静まり返ったまま。
次いで、部屋の中を物色してみる。
すると、通学用に使っていると思われる教科書類が入ったリュックサックの様なバッグ内の財布の中から、先程鏡で見た顔とほぼ同じ顔写真入りの学生証を発見。
それで、今の自身の名前がロベール・ルテスだと知ったのだ。
「これが俺の名前なのか......」
当然、その呟きに応える者は無い。
暫く考え込む海帝。
「俺が......月新海帝が死んだのは間違いないんだな。 この状況は、これからロベール・ルテスという人物として生きて行けということなんだろう」
独り言を言いながら、自分自身を納得させる海帝。
幸い落ち着きを取り戻すと、ロベール・ルテスという少年が今まで生きて来た記憶も一気に蘇ってきたので、何とかなりそうだと思い直すことが出来ていた。
その記憶によると、先程の女性はロベールの母。
ルテス家は子爵の爵位を持つそうだ。
ただ爵位が有っても、地球によく似たこの世界の小国の地方貴族でしかなく、貴族としての地位は低く、裕福でも無い。
しかし母の姉は、この国、海洋大帝國内の貴族で最高位に位置する五公の一つノース公の当主ドゥニス・ティアナの実弟の正妻。
それ故にロベールは、ノース公の公子達と血縁関係にあり、ノース公国内では特別な立場にある高校生だったのだ。
「おはよう〜、ロベール」
「......え~と......おはよう」
ロベール・ルテスが最寄りの駅で降りて、通っている学校に向かう道をトボトボと歩いていると、後ろから肩を組むように腕を巻き付けながら、声を掛けられたのだ。
最初、誰だか分からず、戸惑いつつ適当な返事をしたロベール。
振り返った際、その同級生らしい男の人差し指がロベールの頬に食い込む。
悪戯成功で、にやりと笑っているその高校生。
改めてその男を見てみると、背が高く、超イケメン。
記憶を呼び戻すと、名前はレオニダス・ティアナであることを思い出す。
レオニダスは同い年の従兄弟で、ロベールは彼の藩屏の臣となるべく、子供の頃から一緒に特別な教育を受け、長く生活を共にしながら付き合いをしてきた親友以上の関係にある存在だ。
「ロベールの様子が少しおかしいな〜。 いつもだったら、ちょっとした反撃をしてきそうなのに」
レオニダスが不思議そうな表情でロベールの顔を覗き込む。
思わず初対面のような対応をしてしまったことに気付き、慌てて取り繕うことにする海帝。
ロベールの記憶から、レオニダスにしてきた数々の悪戯を思い出すと、わざと股間に向けて持っていたバッグをぶつけてみる。
いつもとだいぶ異なる予想外のタイミングでの反撃に、避け損ねたレオニダス。
下腹部を直撃した重いバッグの衝撃で、その場でうずくまってしまう。
「お前なあ......俺達もう高校生だぞ」
小学生のような急所を狙った反撃に、苦言を呈するレオニダス。
それに対してロベールは、
「周りに居るレオニダスファンの女子高生達の為のサービスショットだよ」
と、あえて憎まれ口を叩いてみたのだ。
周囲には、レオニダスと知己になるチャンスが無いかと、多くの女子高生達が遠巻きで二人の様子を見ており、
「キャア〜キャア〜」
言って騒いでいる。
「今日は俺の負けだ〜」
その様子に気付いたレオニダスは、少し恥ずかしくなったのか、何事も無かったかのようにスッと立ち上がると、再び肩を組んで、学校に向かうのだった。
二人が通う学校に到着すると、ノース公国の公子(王子と同等の位)であるレオニダスは、高校1年生ながらも、学校内の中心人物であるようだった。
「おはようございます」
同級生は丁寧な言葉遣いで、
「おはよう、公子殿」
上級生は敬称を付けたフランクな挨拶を次々にしてくる。
それに対してレオニダスは、同級生には、
「おはよう」
と、上級生には、
「おはようございます」
と挨拶を返し続ける。
『いや〜、こんな凄い陽キャと、俺は従兄弟という立場なんだ』
そんなことを考えながら、レオニダスと一緒に朝の挨拶を続ける。
その様子にも違和感を感じたレオニダス。
教室に入り、自由席ということで、二人は適当に空いている席に並んで座ると、
「ロベール。 もしかして、お前......」
その問い掛けに、
『別人の人格が入り込んだと、もう気付いたのか?』
と思い、焦りを覚えた海帝。
しかし、
「何か、変なモノでも食ったか?」
と尋ねてきたのだ。
「変なモノってどういう意味だ?」
あえてしらを切るような返事をすると、
「なんだか、いつもと少し声のトーンが違う気がしたからさ」
「違わないだろ?」
「だって、お前、いつもだったら『おはようございます』とは返事しないじゃん」
「えっ、そんなことは無いよ。 上級生なんだしさ」
「いや。 ロベールは上級生に対しては面倒くさそうに、『おはざ〜す』って答えるのが普通じゃんか。 同級生には『おはよう〜』って、微妙に丁寧な発音で挨拶するのに」
「偶には、マジメに返さないと、後々睨まれるかもしれないからさ」
適当な言い訳をするロベール。
その答えに、首を傾げながら、不可解な表情をしているレオニダス。
「まあ、いいか。 ちゃんと挨拶するのは悪いことじゃないしな」
渋々納得すると、別の同級生に声を掛けられたので、レオニダスの興味は別のことに向いてしまう。
『流石に、幼い頃から大半の時間を一緒に過ごしている主君だな。 小さな違いにも、直ぐ気付いて......』
海帝はそんなことを思いながら、今一度ロベールの記憶を巡ってみる。
転生して一体化した人物の記憶を幾ら思い起こしても、細かい仕草や言葉遣いというものは、それまでのその人の生き方で自然と形成されたものだから、昨日までのロベール・ルテスが、同級生や上級生の挨拶ぐらいのことで、どういう使い分けをしていたのか、結局そこまでは分からなかったのだ。
『そりゃそうだよ。 主君筋であるレオニダスに対しては別だけど、それ以外の人達にそんな細かいことを意識して挨拶の言葉を使い分ける年齢じゃ、まだ無いものな』
海帝は自身の考えを纏め、
『俺は俺らしくやって行くしかないさ。 海帝流のロベール・ルテスとして』
そう心に決めると、一人ほくそ笑んでいたのだった。
その後の海帝は、ロベール・ルテスとしての人生を歩み続けた。
彼の人となりは、エウレア皇紀を読めば分かる通り。
彼が貴族らしさの少ない、くだけた人物として成長したのは、元々の人格というだけではなく、海帝の影響が大きく作用した結果であったようだ。
死んだ筈の海帝だからこそ、奇跡的に異世界で生き続けることとなったその後の人生を悔いの無いように生きてみたいというものであった。
その考え方がもたらした結果が、北公国軍司令官となったレオニダス・ティアナの副官という立場だけに留まらず、海洋大帝國の筆頭公爵であるエウレア・シェラスの最側近の一人となり、やがて至尊の地位に就いた女帝エウレアの重臣という立場に迄、一気に出世したのだ。
しかし、彼の寿命は短かった。
新王朝の初期に、貴族の大多数が参加していた反エウレア派の残党が仕掛けた大規模なテロ事件が頻発。
エウレア自身は大魔女であり、自己の身を護ることなど朝飯前。
しかし人というのは、必ず注意が欠け落ち、失敗する時が存在する。
エウレアもそうした油断が原因で、ある時彼女の直ぐ側にまで凶弾が差し迫る隙を生じてしまったのだ......
その時、ロベールが体を張って、エウレアの危機を救ったものの、あと数十センチでエウレアに命中していた筈の5発の銃弾は、身代わりの盾となったロベールの体に突き刺さっていた。
「ロベール、ロベール......」
エウレアはテロリスト達を即始末し、直ぐに魔力『救護の力』で救命処置を始めたが、もはや死は免れ得ない状況であった。
「エウレア、様......ご無事、です、か?」
苦しそうな途切れ途切れのロベールの声。
「貴方の献身的な働きのお蔭で、私は大丈夫よ。 ロベール、しっかりして......」
必死に励ますエウレア。
女帝とは別用件で同行はしていなかったものの、近くに居て直ぐに駆け付けて来たアイルシア・レオニダス夫妻の姿も視界に入って来た。
「ロベール、おい、ロベール。 しっかりしろ」
従兄弟のレオニダスの声に、必死に笑顔を見せるロベール。
「司、令、官。 今、まで、お、世話になり、ました」
苦しそうな声で感謝を述べると、アイルシアの顔を見る。
涙を流しているアイルシア。
彼女の治癒の力をもってしても、既に失われつつある命を蘇らせるようなことは出来ず、間もなくルテス子爵の命の灯火が消えることを理解していたからだ。
「いつ、見、ても、お、似合い、の、お、二人。 帝、國、の......将、来を担う、子供、達、を、立派に、育、て、上げ......て、下さ、い」
そう言い残すと、意識を失う。
「ロベール、ロベール〜......」
エウレアとレオニダス、アイルシア等の大きな悲鳴のような声が響く中、海帝が転生したロベール・ルテス子爵は29歳という若さで亡くなったのであった......
そうだった筈なのだが......
海帝は、再び目覚めていた。
「あれっ。 ここは......」
14年前のあの時に似た感覚。
目に入って来たのは、見覚えの無い景色。
ただ異なるのは、前回とは違い、ボロボロの低い天井がその瞳に映っていた。
起き上がって、狭い部屋の小さな窓の外を覗く。
外はまだ暗かったが、綺羅びやかな街明かりが、遠くに見える。
『日の出前の帝都ペンドラみたいね』
新たな人物に再転生した海帝がそう思ったのは、見覚えの有る帝都のシンボル的なトリプルタワーが確認出来たからだ。
「しかし、随分狭く、しかもみずほらしい部屋......」
独り言を呟くと、古びた電灯を点けてから、床に置いてあったチープな手鏡を手に取り、自身の顔を映し出してみる。
14年前は、ロベール・ルテスという15歳の少年に転生していたから、ロベールが亡くなったことで、同じように誰かへと転生したのだと考えたのだ。
「......」
鏡を見た驚きで、思考停止してしまった海帝。
改めて、鏡をもう一度覗き込む。
「......まさか」
慌てて、自身の体を触り出す海帝。
「無い......」
下腹部を弄った感想を呟く。
内心、焦った表情を見せていた海帝。
自身の胸を触ってみると......
結構な大きさで柔らかい膨らみが2つ確認された。
「もしかして、今回は女の子に転生しちゃったの?」
疑問を投げ掛けるも、答える者は誰もいない。
その後の海帝は14年前と違って、新たに転生した人物が誰なのか、調べることはしなかった。
それは、鏡を見て誰だか直ぐにわかったからだ。
ロベール・ルテスとして生きてきた14年間の人生で、知り合った人物。
その名は、
「今回は、アイルシア・グドール......か〜」
さっきまでルテス子爵だった海帝が知るアイルシアという人物は、エウレア・シェラスがミイカ・ナイトー伯爵の元から救い出す為に実施した、恩賞名目のレオニダスとの婚約作戦が始まって以後のことだけだ。
それ以前のことは、酷い境遇だったということしか、聞いていない。
部屋に有るカレンダーを見ることで、ロベールが死ぬ5年前のアイルシアに転生したことを直ぐに理解する。
「ということは、15歳のアイルシアに転生したんだ〜。 15歳というのが、俺の転生のキーワードなんだね」
自身が通り魔に殺されたのが15歳。
その影響で、15歳の異世界の人物に転生してしまうようだ。
状況を直ぐに理解出来るようになったのは、経験者だからこそ。
とは言っても、最初の転生先であったロベール・ルテス子爵に比べてアイルシア・グドールの前半生は不遇であったので、前回より厳しい人生が今後待ち受けているだろうと推測しただけであったが......
やがて海帝は、自身の体に触れているうちに、ムラムラとしてきてしまう。
そう。
女性に転生した若い男がしてみたいことと言えば......
そういう訳で、都合29年間生きて来た月新海帝が転生したアイルシアは、その人生で初めて、自慰行為をしてしまうのであった。