恐幸
夜の公園は静まり返り、冷たい空気が肌にまとわりつく。
街灯の明かりがぼんやりと公園全体を照らしているが、人影はどこにもない。人気のないその場所は、まるで世界から切り離された小さな島のようだった。
僕は公園の片隅にあるベンチに腰掛け、スマートフォンの画面を見つめる。
「君と話すのは、もうやめたい」
たったそれだけの短いメッセージが表示されていた。
画面に映るその言葉に驚きはなかった。
むしろ、そうなることは最初からわかっていた。
僕と関わる人間はみんなそうだ。最初は好奇心を抱き、次第に違和感を覚え、最後には僕を避けるようになる。僕の周りにいると、誰もが少しずつ壊れていく。それが僕の「特性」だと、もう理解している。
スマートフォンの画面をスワイプして、メッセージを閉じた。
でも、その先にいる彼――クラスメートの榊原優人の顔を思い浮かべると、胸の奥で何かがちくりとうずいた。
きっと、今頃彼は泣いているのだろう。
僕と関わったことで、彼の中にあった小さな自信や安定感が崩れ去り、どうしようもなく追い詰められてしまったのだ。彼が僕に送ってきた最後のメッセージは、彼なりの精一杯の抵抗だったに違いない。
それを思うと、少しだけ罪悪感のようなものが胸をかすめる。
だけど、それと同時に、そんな彼の姿を想像してしまう自分がいる。涙を流しながら自分の弱さと向き合っている彼。その不完全で無防備な姿が、とても美しいものに思えてしまう。
僕は笑い声をこらえながら、スマートフォンをポケットにしまった。
「君と話すのは、もうやめたい」
その言葉を反芻し、面白いとすら感じた。結局、誰も僕を本当に理解することはできないし、理解したいとも思わないのだろう。
「……僕だって、誰かに助けられたかったのかもしれないな」
ふと、その言葉が口をついて出た。
自分で発したその言葉に、驚きと戸惑いが入り混じる。
助けられたい?僕が?
自分でもよくわからない感情だった。
これまで、僕は誰かに助けを求めたことなんて一度もなかったし、誰かを頼りたいと思ったこともなかった。それどころか、僕はむしろ、自分の力で周りの人間を壊してきた。助けを求めるなんて、僕には似合わない。
だけど、胸の奥でうずくこの感情は何だろう?
もしかしたら、僕は本当は誰かに気づいてほしかったのかもしれない。僕が壊れた人間であることを、誰かに受け入れてほしかったのかもしれない。
空を見上げると、月が静かに輝いていた。
その光はどこか冷たく、僕の存在をただ見下ろしているように感じられる。
「助けられたい、なんてな……」
自嘲気味にもう一度呟いてみる。
けれど、その言葉は空っぽの夜に溶けていくだけだった。誰にも届くことはないし、届かせる気もない。
この夜が終われば、また日常が始まる。学校の教室で、誰かと会話を交わし、誰かの心にひびを入れる。それが僕の役割であり、僕の「生き方」なのだから。
それでも、胸の奥にあるうずきは消えない。
僕が誰かを壊すたびに、自分自身もまた壊れていくのだろう。
その事実を認めることが怖いのか、それとも、それすら愛おしいと感じているのかは、まだわからない。
ただ一つ確かなのは、僕はこれからもこの空っぽの夜を歩き続けるということだ。
誰にも気づかれないまま、壊れることを愛しながら。