創作詩21: 渦潮
本投稿では、創作詩 ”渦潮” を発表します。
家族みんなで息子の七五三のお祝いに神社に向かう船でのアクシデントを諧謔的に詩に紡ぎました。現実か夢か幻か、現世と異界との繋がりを暗示する奇譚です。
本日は晴天なり、
息子の七五三祝いにて家族4人で古島1の神社へ出発した。
港の船乗り場に向かう途中、日焼けした老人が笑顔で話しかけてきた。
「どこ行くん、島か?、わしの船に乗っていくか、お金はええで2」
妻子の顔色をうかがいながら迷ったそぶりの私に老人は続けた。
「わし、ここの漁師なんや、ちょうど島に行くとこやねん」
船の天面に揺らぐ黄色い三角旗がパタパタと音を立てた。
「パパ、これ乗りたい」と旗を指差し娘がせがんだ。
私と妻は躊躇しつつも老人に言われるがまま船に乗り込んだ。
私は老人に会釈しながら壱萬円札を手渡そうとしたが、
老人は見て見ぬふりをしてしれっと操縦席に戻った。
船はボコボコボコと振動し始めたかと思うと、
急にグァン〜と音を立てて走り出した。
船底から黒猫が上がってきた。
老人は私たちを横目に海に向かってなにかを叫んでいた。
突如、船を取り囲むように巨大渦潮があちこちに出現、
多動の息子は甲板を行ったり来たりとはしゃぎ回り、
船内を見渡すと妻と娘の姿はどこにもなく、
頭上にミャーオミャーオと騒ぐ鳥たち、
私は息子を大声で呼んだ!
渦は大小ランダムに生まれては消え消えては生まれ、
この世のありとあらゆるものを飲み尽くす!
ときに華の舞いのごとく艶かしく、
ときに鋭く尖り万物を切り裂き、
ときに蟻地獄のごとく、
息の根を止める!
前方に荒廃した岩が切り立つ小島が見えてきた。
いよいよ渦は大量の泡を放出し始め、
船は45°に傾いて旋回し始め、
泥雲が広がる薄ら明かり、
船体は上下左右から、
圧縮される!
潮風に乗った悪魔のささやきが聞こえる。
船まるごと渦に喰われろ!
みんな海の藻屑となれ!
お前の妻も子も!
神は来ない!
覚悟しろ!
渦の深部から漂着した先は、
ベルリンで観た絵画「死の島3」の実景であった。
終わり
脚注1:「古島」は ”いにしえじま” と読む。
脚注2:「お金はええで」は関西弁で、”乗船代はいらないよ”という意味
脚注3:スイス出身の画家アルノルド・ベックリン(Arnold Böcklin)の作品「死の島」5枚のうち1883年に制作された1枚で、ドイツのベルリン美術館に展示されている。