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【第2巻発売中】引きこもりVTuberは伝えたい  作者: めぐすり
第四章 ーBe yourself, Everyone else is already takenー
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第90話 真宵アリスのスランプ脱出会議④

 胸を張って晴れやかな笑みを浮かべるセツにゃんにムッとした。

 不機嫌な私にセツにゃんがコテンと首を傾げる。


「どうしたんですかアリスさん? カレーライスの付け合わせが酸味の強いザワークラウトだったときみたいな顔して」


「またわかりにくい例えね……一体どんな顔なのよ」


「カレーの付け合わせは甘い福神漬けがいい」


「ですね。赤い色も重要です」


「うん。黄色い福神漬は別物の気がする」


「……どうして唐突に通じ合えるかなこの二人は」


「そうじゃなくて私には自分を否定するな的な脅しをかけたのに、セツにゃんが自分で言うのはズルい」


「ズルいならどうするんですか?」


「私もセツにゃん賛美を聞かせる」


「ぜひお願いします! アリスさんの口から語られる私への誉め言葉聞きたいです! それこそ何時間でも!」


「思っていた反応と違う!?」


 セツにゃんがワクワクしている。

 誉め言葉とか全身がむず痒くならないのだろうか。

 想定外の要望にたじろいでしまった。


「半分冗談です。一応言っておきますとアリスさん。私は桜色セツナの自分は好きですよ。嫌っているのは氷室さくら時代の自分です。自分を卑下しているわけではない。だからセーフです」


「昔の自分なら嫌っていいの?」


「現在進行形でなければいいんです」


 今の自分は好きで過去の自分は嫌い。

 それならば今も過去もあまり自分のことが好きではない私とは違うのかもしれない。

 でもセツにゃんの子役時代を華々しく活躍していたはずだ。

 それなのにどうして嫌っているのだろう。


「私が昔の自分を嫌いな理由ですけど、氷室さくらはどうしようもない子だったんです。自信家で臆病。大人びた振りして斜に構えているだけ。要領がよくて中途半端に優秀なのが悪かったんです。困難に立ち向かわず逃げ道を探すのが上手い。そのせいで挫折しなかった。中身が成長せず子供のまま成長しちゃったんです」


「……なかなか酷評するわね」


「します。子役デビューも夢見がちなだけですから。芸能界は華々しい世界だと勝手に憧れて、勝手に幻滅したんです。撮影の裏側ってありますよね。その裏側を見て『ドラマは色々な人の努力でできているんだ』と興奮する人がいれば『地味だし退屈だし幻滅した』と冷める人もいる。私は後者だったんです」


「特撮の中の人やコンピュータグラフィクスのクロマキー合成とか? 裏側を覗いてみると夢が壊されるみたいな」


「私の場合はそこまで専門的なモノが理由ではなくてですね。ドラマ撮影のカット割りで夢がなくなったんです。どうして物語の順番通りに撮影しないの? そう思ってしまって。完成品は筋が通っています。でも子供ながらにドラマは継ぎ接ぎなんだと理解してしまって幻想を抱けなくなった。撮影の時系列はバラバラ。ついさっき喧嘩別れしたのに、肝心の仲直りシーンは別の場所。だから先に仲直り後のシーンを同じ場所で撮影します。それに対して『まだ仲直りしてないのに』と不満を抱いてました」


「そういうことね。撮影スケジュールの都合と言ってしまえばそれまでなんだろうけど。大人は『撮影はそういうものだ』と思い込んでいる。だけど子供からすると奇妙かも」


「凄く奇妙でした。アニメはキャスト別撮りはあっても、わざわざ時系列をわかりにくくしてアフレコすることはあまりないです。舞台は通してやります。一つの物語を通しでやると演技に対する没入感が違います。ドラマのクランクアップ時の達成感も『いい作品できた』ではなく『ようやく撮影が終了した』でした。編集側からするとクランクアップ後が本番ですし。そんなわけで心が未熟な氷室さくらちゃんは早い段階で芸能界への憧れが薄れてしまったわけです」


 本当にドラマ撮影にはあまり関心がないのだろう。

 嫌悪感もなく感情の色自体が薄い。


「それに芸能界には本当に才能がある人が集まってきます。今度アニメで共演する雨宮ひかりさんも同い年の子役仲間ですし」


「ひかさく! 美少女子役仲良しコンビはよくテレビで応援してた!」


「応援してくださってありがとうございますアリスさん。今度共演するひかりさんはですね。独特の味がある面白い人ですけど、当時からお芝居に対して熱意ある人でした。私のこともライバル視しようとしていましたし」


「……独特の味がある面白い人」


「雨宮ひかりと氷室さくらはライバル関係だったんだ」


「いえライバルではないですね。私が冷めていたせいでビジネスライクな関係に終始してました」


「仲良しで売っていた子役コンビがビジネスライクな関係ってなんかショックね」


「当時私とひかりさんの演技の才能は拮抗していたんです。これでも私は子役の中でも演技が上手い方でした。けれどライバル関係となると話が違います。才能が同じならば、同じ位置に立つためにひかりさんと同じだけの情熱と練習量が必要になる。私はそれが面倒で引いてしまったんです。ひかりさんを引き立てる立ち回りをしていました。そんな私に『もっと真剣にやってよ!』と当時のひかりさんは激怒していましたね」


「ライバル関係になる前に不戦敗を選んじゃったんだ」


「浅はかな子供の選択です。周りの大人もやる気がない子役よりもやる気のある子役を優先します。次第に私とひかりさんの人気には差がついて、私は学業優先名目で芸能界から徐々にフェードアウトしていきました。氷室さくらはできる範囲のことしかやらない。必要以上を自分に求めない。諦め癖がついていたんです。最初の憧れで躓いて、足掻いてでも勝ちたいという気持ちが抱けなかった。それなのに自分は先に大人の世界に入った。他の子よりも少し大人だ。そんな無駄なプライドは抱いていた。自分は上手くやれる。失敗はしない。……挫折しないように挑戦せず、大人ぶって逃げていただけですけどね。それが私が嫌っている氷室さくらのらしさです」


 セツにゃんは自分を悪く言っているが、語られていない出来事や色々な葛藤はあったはずだ。

 それでも言い訳せずに過去の自分を客観的に分析した。

 認めたくない自分の過去を正面から見つめ直した。

 だから淡々と自分の悪かったところを語れるのだろう。


 セツにゃんの向上心は凄いと思う。

 本当に諦め癖があるならば、そもそも活躍できてない。

 人並み以上の努力が当たり前の世界で上を見ればキリがない。

 その頂点を目指すにはどれほどの努力が必要なのか私にはわからない。

 ただその努力に見合う憧れを見いだせなかった。

 だからその道を選ばなかっただけじゃないだろうか。

 同じ諦め癖でも、一般社会の当たり前で挫折して引きこもった私とは大違いだ。


「そして義務教育を終える年齢になると『このまま引退する』か『芸能の世界に残る』かという決断を迫られます。ドラマ撮影に違和感があった私は声だけで勝負をする声優に憧れを抱いていたんですよね。演技への未練です。それに自分なら大成はしなくてもそこそこ上手くいく。そんな謎の自信がありました。……本当に甘ったれた子供で嫌いになります。そのあとの経緯は過去に配信で話した通りになります」


「セツにゃんのデビュー配信と収益化配信で話してた」


「はい。私のバカみたいに楽観的な甘い幻想は見事にその業界で生きる先生にぶった切られました。ありがたいことです。そのおかげで私はVTuberとなり、アリスさんに出会うことができたんですから」


「私に出会えたのがよかったことなの?」


「当然です! アリスさんが私に挫折を教えてくれたんです! もう人生の師! 終生の推し! 一生崇めて奉ると心に誓いました!」


「それは誓わないで!?」


「いえ誓います。アリスさんがいたから私は桜色セツナとして生まれ変わることができました。収益化配信のときにも話しましたけど、私はアリスさんのデビュー配信に夢をもらったんです。どんなに困難でも努力して追いつきたい憧れを見つけたんです。それは氷室さくら時代には存在しない熱情でした。だから私は本当の意味で自分らしさを見つけることができたんです」


 自分らしさを見つけることができたらしい。

 やはりセツにゃんは凄い人だ。

 家で引きこもっていた私なんかよりも何十歩も先を行っている。

 それなのに私に対して憧れを抱いていると言い切る言葉に嘘を感じない。

 分不相応な評価。

 逃げたくなる。

 でも逃げたくない。


 せめてセツにゃんの憧れを穢さない自分になりたい。


 ネガティブ思考に浸るにはもう十分だ。

 ポジティブにはなれそうにないけど、ちゃんと顔を上げて仲間の言葉に耳を傾けよう。

 せっかく皆が私のために話し合ってくれているのだから。


「ねえ。セツにゃんが見つけた自分らしさってどんなものなの?」


「それはですね。ズバリ……アリスさんです!」


「ん!? んーー……うーん……パードゥン?」


 一度は受け止めて。

 意味を理解しようと努力して。

 何度も反復して。

 それでも意味がさっぱりわからなかった。

 やはりセツにゃんは私の何百歩も先を行っているのかもしれない。




お読みいただきありがとうございます。


毎日1話 朝7時頃更新です。

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― 新着の感想 ―
[一言] ええこと言ってもセルフボケで残念な感じに落とすのがセツにゃんの芸風w もはやこれがないと物足りないまである
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