第74話 隠れ家居酒屋アリス禁断の夜食配信
第三章ラストメシテロ回
夜食。
それは禁断の食べ物である。
太るので。
普通の呑み会ならばラーメンなどがシメにあっただろう。
けれどこの企画は宿泊前提で呑み続けるぶっ飛んだ企画だった。
すでにジャンボパフェなどシメになるものは食べている。
けれどその後も呑み続けていればどうなるか。
当然のように夜食が欲しくなる。
そんなわけで夜食探検隊の出動となった。
白詰ミワ:「草木も眠る丑三つ時。すでに主は眠りにつき、竈の火も落とされた暗闇の中。主が残した秘宝お夜食を求めて、夜食探検隊はついに禁忌の地に足を踏み入れた」
リズベット:「ミワ先輩……元気ですね」
白詰ミワ:「うん。この収録の前半は二期生に任せていたから割と元気が余ってる」
紅カレン:「もごもが(これ必要?)」
一人だけ異様な姿。
カレンだけは猿ぐつわを嚙まされたうえにバッテンマークの描かれたマスクをしていた。
白詰ミワ:「必要。カレンちゃんは喋らない。一人で厨房を探検済みで答えを知っているんでしょ。一人残すと呑んだくれるだから黙ってついてくる」
紅カレン:「もが(はい)」
翠仙キツネ:「開始前に『カレーはもうなかったよ』とかミワ先輩を煽るからそうなるんやで」
紅カレン:「もがー(気を付ける)」
黄楓ヴァニラ:「皆よくカレンの言葉を理解できるわね。じゃあ明かりをつけます」
碧衣リン:「あっ、おにぎり!」
厨房の明かりが灯るとテーブルの上の目立つ場所にラップがかけられたおにぎりが置かれてあった。
それも大量に。
白詰ミワ:「小さな三角型おにぎりが大量に。これはスタッフの分も含まれているね。味も紙に書かれてる『塩』『梅』『海苔たま』『配信用に謎(あまり物をぶち込んだ)』全部朝食用だね」
リズベット:「あまり物をぶち込んだって」
翠仙キツネ:「コンロには大きな鍋が置かれているな。これも朝食用の味噌汁か。具は……ない?」
紅カレン:「もがもがもが!(ちゃんとあるよ!)」
翠仙キツネ:「あーかき混ぜるんか。玉ねぎと大根と人参を細かく切った味噌汁か。これはまさか」
黄楓ヴァニラ:「常に具沢山が正解とは限らない。バタバタの朝でも簡単に飲めるように配慮」
翠仙キツネ:「アリスちゃん気遣い出来過ぎやろ。なんにしても見える場所には夜食はなさそうやな……となると」
白詰ミワ:「では私が。せーの!」
厨房における場所なんて限られている。
そもそもせっかく準備した夜食を隠す必要がないわけで。
皆を代表して白詰ミワが冷蔵庫を開けた。
そこで見た物とは。
白詰ミワ:「こ……これは!? えっ!? いや……驚愕のリアクション取ろうとして本気で驚いた。ふざけている場合じゃない。早く食べよ。見た瞬間お腹空いた」
翠仙キツネ:「……え? そんなに驚くようなもんなん?」
白詰ミワ:「うん。はいキツネちゃん。これコンロで温めて。ガス栓開けてね。リズ姉はこの容器に入ったご飯をレンチンよろしく。この量だけど軽く一分ぐらいでいいと思う。絶対に温め過ぎちゃダメ。お米が少し柔らかくなれば冷たくてもいいから。ヴァニラちゃんとリンちゃんはお茶碗とお箸の準備して」
翠仙キツネ:「これは……やかんに入ったカツオ出汁? 玉子焼きに使っていた奴か」
リズベット:「はい了解です。温め過ぎないように」
黄楓ヴァニラ:「了解しました」
碧衣リン:「うん」
さっきまでふざけていたとは思えないほどテキパキと指示を出す。
それは配信者としての答え。
ふざけて配信用の尺を確保する必要がないほどの夜食が準備されていた証拠だ。
皆の注目を集める中、白詰ミワは冷蔵庫から小皿を取り出していく。
碧衣リン:「……これは細かく切られた大葉と海苔?」
黄楓ヴァニラ:「それにゴマとかつお節」
白詰ミワ:「じゃあメインを出すよ。刮目してみよ! ……私が作ったわけじゃないけど。カレンちゃんはもう声出していいよ」
碧衣リン:「おおおぉぉぉーーー!」
黄楓ヴァニラ:「これは深夜に食べていいの!? 夜食として素晴らしいけど」
紅カレン:「……やっと外せた! ふふん。呑み屋料理マスターアリスちゃんの本領発揮だよね。私も見たとき驚いた」
翠仙キツネ:「なんやなんや? ってこれは薄く切った刺身のゴマダレ和え! 鯛にマグロにサーモンにブリに豪華やな。握り寿司の刺身の余り……いや残しておったんやろな」
白詰ミワ:「あとこんなのも準備してあった」
黄楓ヴァニラ:「……イクラまで」
準備されたモノを見れば完成形は容易に想像できる。
夜食としては豪華すぎる。
ここまで豪華なのは珍しいが夜食の定番ではある。
白詰ミワ:「ご飯はほどほどの温かさで。上にのせる海鮮は冷たく。その上からアツアツのお出汁をかける! 海鮮出汁茶漬けだよ! ご飯が温まったら大葉や海苔をセットしよう!」
準備を終えたらカツオ出汁が沸騰するまで皆が無言だった。
あのカレンでさえもお酒を出していない。
たぶんこのまま海鮮丼もどきで食べても美味しいだろう。
けれどこれは夜食なのだ。
夜食には夜食の美学がある。
翠仙キツネ:「沸いたで。今からそっち持っていくから」
白詰ミワ:「よっ! 待ってました」
翠仙キツネ:「ほなかけましょか? それとも自分でします?」
白詰ミワ:「海鮮茶漬けは自分で出汁をかけてこそ。でも私からでいいの?」
翠仙キツネ:「もちろん先輩ファーストで。やかん渡しますね」
白詰ミワ:「では遠慮なく。あっ……色が変わるところカメラで撮影する? じゃあゆっくり回すように注ぐね」
「「「「「わあぁ~~~~!」」」」」
白米の上には海苔と大葉。そこに乗せられているのはゴマダレ和えされた海鮮。ゴマとかつお節はお好みで。色合い豊かにイクラも完備。好きな人のためにチューブ生姜も置かれている。
ゆっくりと回し注がれるアツアツのカツオ出汁は海鮮の色を白く華やかに染め上げる。ゴマダレとともに流れる刺身から出た脂が旨味となって出汁に溶け込む。
ご飯がそれほど熱くないので海鮮はどれも半生状態。
アツアツだったカツオ出汁も熱が分散されて食べ頃になっている。
白詰ミワ:「はい次の人。皆注ぎ終えるまで待っているから急がず慌てず適量に注いでね」
「「「「「了解です!」」」」」
途中、少しだけ注ぐ順番で揉める。順番を譲られそうになったリズ姉が『一番後輩の三期生は最後』と固辞したためだ。
美味しい夜食の前に全ては些細な事。
皆無事にカツオ出汁を注ぎ終えて手を合わせる。
「「「「「「いただきます!」」」」」」
白詰ミワ:「うん……想像以上に美味しい。甘めのゴマダレにカツオ出汁。いやゴマダレにも細工している?」
碧衣リン:「たぶんカツオ出汁をかけることを前提に味噌も隠し味に使ってる」
白詰ミワ:「それか! だからちゃんと刺身に味がついているし、ゴマダレの甘さ以外に旨味も風味も豊かなんだ」
黄楓ヴァニラ:「私……魚の刺身に少し火の通った半生状態の柔らかさが一番好き。炙り寿司とかもそうだけど」
翠仙キツネ:「わかる! この系統で言えば前にカレンに連れられて行った一人鍋の店のブリしゃぶも美味かったな」
紅カレン:「あそこは私の秘蔵のお店の一つ」
黄楓ヴァニラ:「いいなぁ」
紅カレン:「今度皆で行く?」
白詰ミワ:「その皆には一期生や三期生も含まれてる?」
紅カレン:「もちろん!」
深夜だというのに食は進み、話が弾む。
呑み会配信の夜はこうして更けていった。
お読みいただきありがとうございます。
毎日1話 朝7時頃更新です。




