第71話 収録の裏側②-ミワちゃんの傷心-
全員の話を終えてミワ先輩が頷く。
「……うん。思いの外いい話が飛び出したね。総括すると『与えられた役割を全うする』『好きなことをやる』『独りよがりにならない』『仲間を大切にする』『苦手を克服する』『自分を認めてあげる』かな」
「さすがミワ先輩。上手いことまとめたな」
「それで私からだけど。アリスちゃんが悩んでいるのはたぶん歌手デビューのことだよね」
「はい」
「えっ? 歌手デビューするの!?」
「アリスちゃんホント?」
「はいはい静粛に! こうなるから先に先入観のないアドバイスをしてもらったの」
ミワ先輩の一喝で静かになった。
気を取り直したミワ先輩が真っすぐに私の目を見てくる。
「私は新しいことに挑戦してほしいと思っている。本当に嫌じゃないならね。私にはずっと心に刻んでいる言葉があるの。これは私のデビュー作の話。まあ当時は現役高校生でアイドル声優としてデビューしたわけね。作品はアイドルを目指す少女達のオーディションを舞台にしたアニメだった」
そのアニメは知っている。
見たことがあった。
確かミワ先輩の役どころは……。
「私の役は友達の付き合いでオーディションに参加した少女。でもアイドルになりたい友達は二次審査で落ちて、私の役の子は通ってしまう。友達から向けられる怨嗟の声。『なんでやる気のないあんたが通るのよ』ってね。それで辞退するか悩む。するとカッコいいボーイッシュな現役アイドルの先輩から言われるのよ」
そうだった。
思い出せる。同時にどうして私がアニメや漫画を好きなのかも思い出した。
なんで忘れていたのだろう。
だから今度こそ言葉を嚙み砕く。
一言一句違わずミワ先輩の声に合わせるように。
『『選ばれた者がオーディションに落ちた者のことを気にする必要はない。落ちた者のことまで背負おうとするのはただの傲慢。君は人前で歌うことや踊ることが嫌いなの? 歌っている君は楽しそうだった。ならそれでいいの。大事なのは自分がどうしたいか。それだけなんだから。歌うことが嫌なら辞退すればいい。未練なんてないでしょ。でも迷っているなら挑戦したいというサイン。このままやりたいことから目を背けて諦めるの? あなたはまだ知らないでしょ。ステージからの光景を。立った者にしか味わえない虹色に輝く光景を。見たいとは思わないの?』』
言い切った。
途中でミワ先輩が驚いた様子だったが止まることなく最後まで合わせてくれた。
ミワ先輩が語ったのは自分の役の台詞ではない。自分が感銘を受けたから覚えている大切な想い出だ。私はただ覚えていただけ。すでにこんな大切な言葉を私は受け取っていたのに。
その言葉の意味を自分の中に刻み込めていなかった。
「アリスちゃん知ってたんだ。まさかあの長台詞を全部覚えているとは」
「『ステラ―虹色のステージ―』ですよね。確かミワ先輩とレナ先輩のデビュー作」
「う……うん作品名をサブタイトル込みで覚えているなんて」
「ストーリーも登場人物も台詞も全部覚えています」
「えっ!? 出演していた私は自分の台詞さえ完全には覚えてないよ!」
「小学生の時に見てましたから」
「リアルタイム放送時が小学生!? 私のデビュー作がしょうがくせい……ガクッ」
「ミワ先輩!? 傷は浅いで!」
なぜかミワ先輩が倒れたが気にしてはいられない。
自分の至らなさが恥ずかしい。
覚えただけでわかった気になっていたなんて。
この作品だけではない。今まで見てきた作品全てに大事なメッセージが込められていたはずなのに。
「私はまだ歌手デビューした光景を見ていません。それなのに自分にできるだろうか。成功するのだろうか。歌手志望でもない私が歌を出していいのだろうか。そんな余計なことを考えてました。やる前から怖気づいて逃げようとしていました。せっかく挑戦する機会が与えられたのに。歌うことは楽しい。迷うくらいならやるべき。成功も失敗も挑戦しなければ体験できない。……先輩の出演したアニメの大切なメッセージを理解できていなかったなんて」
「言いたいことは全部言われたね。しょうがないよ。だって……小学生の頃の作品だもんね……小学生」
「……温度差がえげつない。どう声かけたらええねん」
「無理。私たちはデビュー作が後輩の小学生時代の作品と知ったときの光景をまだ見たことがない」
「ヴァニラ……誰が上手いこと言えと」
「私は物語が好きです。多くの大事な言葉を届けてくれるので。教科書に載っているとか誰が言ったとかは重要じゃない。自分の心に残る言葉が大切だ。どう解釈するかが大事だ。ずっとそう思っていた。だからアニメが好きだったのに! それなのにいつしか見て覚えるだけで満足していました。反省です。今から大反省会です。色々な作品を見直してみます。最近時間に余裕がないので全部脳内ですけど」
「アリスちゃんから今凄く良いことと理不尽なことを同時に言われた気がする」
「ねえリズ姉。三期生ヤバい」
「三期生がヤバいわけでは……あれ? セツナちゃんは元々天才子役で内面もかなりぶっ飛んでますし、ミサキちゃんは努力の化身みたいで完璧主義者のような」
「今日はご相談に乗っていただきありがとうございました。スッキリ解決です。私はこれから軽くシャワー浴びて睡眠学習に向かいます。キッチンに朝食の準備とお夜食の準備があるので好きに食べてください。それではおやすみなさい」
「お……おう、おやすみ。睡眠学習ってそういう意味やったっけ?」
「おやすみー。気にしたら負けだと思う」
「……小学生かぁー」
先輩方に頭を下げて、スタッフさん達にもおやすみの挨拶をする。
思い返さなくてはいけない作品はいくらでもある。
どれだけ取りこぼしているのかわからない。
以前は気にも留めなかった言葉が今の自分には響くかもしれない。
だから自分の中にある言葉を掘り返してみよう。
大切な言葉をきっとすでに受け取っている。
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