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【第2巻発売中】引きこもりVTuberは伝えたい  作者: めぐすり
第三章 ーFor Dear Lifeー 一期一会編
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第70話 収録の裏側①-真宵アリスの進路相談-

第三章の少しまじめな回。

VTuber真宵アリスの活動指針について。

 キッチンの清掃を終えてガスの元栓を閉める。

 調理時に出たゴミは回収しやすいようにまとめてある。

 まだキッチンが使われることがあるかもしれない。でも温めるだけでいい出来合いは用意してある。本格的な調理が行われることはないだろう。

 まだ収録は続く。

 このハウススタジオは他の住宅から距離もあるし、防音設備が調っている。

 多少の騒音は許容範囲。

 カラオケ大会などをしない限り収録を続けても問題にはならない。 


 真宵アリスは収録に参加しないことになっている。

 でも収録を見学するのは自由だ。先輩方が配信用に遊んでいるところを見るのも貴重な勉強の機会だった。

 ただ少し問題がある。さっきまで見学していたのだが現場にいると先輩方が話を振ってきてしまう。スタッフも笑って参加を促してくる。

 つまり配信できない部分が増えてしまうわけだ。皆お酒が入っていて判断力が緩い。あとで編集が大変ではなかろうか。


 だからこのあと軽くシャワーを浴びて、早めに就寝する予定だ。

 今日はなんと小型のテントと寝袋を持ってきている。

 ミサキさんオススメのキャンプグッズである。

 室内テントだがスタッフにもアリス部屋として認知されており、安眠が保証されている。

 これでお泊りも苦ではない!


「でも寝る前に目的は果たさないとね」


 出演なしの裏方として収録に参加する。

 ある意味で美味しい立ち位置だが損な立場ではある。

 それでもこの仕事を受けたのは真宵アリスとしてのメリットがあったからだ。

 一つは先輩方のコラボ収録を見学できること。

 そしてもう一つは先輩方に活動についての相談をすること。

 お酒の入った状態ならついポロッと本音が漏れる。

 相手のことを考えた真剣な相談よりも、何気なく漏れる本音の解答の方が受け入れやすかったりするのはねこ姉やマネージャーで実証済みだった。

 先輩方の話を聞くのにいい機会だったのだ。


 収録用のスタジオに行くと先輩方が死屍累々と倒れ伏していた。

 酔った状態でフィットネスゲームをするからだ。もしかしたら笑い疲れたのかもしれない。

 一番酷いのはタップしているカレン先輩と腕ひしぎ十字固めを決めているリズ姉。

 なぜか碧衣リン先輩がテンカウントを取っていた。

 まさにカオス。

 フィットネスゲームとは事情が異なるが疲労度は一番濃いだろう。

 収録を担当しているスタッフの顔色をうかがうと、ちょうどひと段落ついたところ。スタジオ入りしても問題ないようだ。

 持ってきたスポーツドリンクのペットボトルを六本掲げながら混沌の現場に入った。


「ドリンク持ってきました。お酒を呑んでいるんですから脱水症状にはお気を付けください」


「アリスちゃんありがとう! ちょうど喉が乾いていたの」


「おおきにな」


 ミワ先輩とキツネ先輩が歓迎してくれた。

 テーブルにスポーツドリンクを二本置いておく。

 レフェリーを務めていた碧衣リン先輩とぬいぐるみに埋もれているヴァニラ先輩に手渡し。床を這うカレン先輩と疲れ切っているリズ姉にはペットボトルの栓を開けた状態で渡す。

 こぼさないように厳重注意。


「ああ……生き返る」


「これでまたお酒が呑めるね」


「まだ呑む気ですかこの呑んだくれめ」


 リズ姉のカレン先輩への風当たりが強いのは仕方がない。

 大体カレン先輩が悪い。

 リズ姉への愛が強すぎて奇行に磨きがかかるのを皆が知っている。


「差し入れありがとうねアリスちゃん。この時間に来たってことは例の話? あっ! 今は収録してないよね?」


 大丈夫です、とのスタッフの回答にミワ先輩が居住まいを正す。

 他の先輩方とリズ姉もテーブルに戻ってきた。


「なんや例の話って?」


「あれ聞いてない? アリスちゃんから相談があるって話だよ。もちろん配信外。後輩の悩みを聞く。これも先輩として大事なお仕事だから。リズ姉は同期だけど近しい年上として参加ね」


「そういえば相談があるって言ってましたね」


「……アリスちゃんに婚姻届の件でお世話になったし、真剣に相談に乗らないと」


「うん。リスナーから大ウケだった」


 視線が集まってくる。

 配信ならばボケを入れるところだが今回は真面目な相談だ。

 だからできる限り切実に重く聞こえるように意識する。

 酔っ払いにもわかりやすいように。


「相談事は真宵アリスのこれからの活動についてです」


 そう言った瞬間、空気が張りつめた。

 言葉にしてしまうと真面目な相談内容だったのかもしれない。

 先輩方が真剣な表情になる。

 ミワ先輩だけは想定していたのか軽く息を吐いては場を落ち着けた。

 中心となって仕切ってくれるようだ。


「アリスちゃんの事情を知っている私が最初に答えるのはフェアじゃない。だから皆から忌憚のない意見を聞かせてくれる? アリスちゃんは新しい挑戦を迫られていて迷っている。急にそう言われても具体的なアドバイスなんてできないでしょ。だから自分の立場に照らし合わせて答えて。まずは同期のリズ姉から。今までとこれからの活動についてどうぞ」


「えっ? あたしからですか? えーとデビューしてから色々なことに挑戦してきて、ライト勢ですがゲーム配信などの企画モノをやってます。また二期生の先輩方にはお世話になり多くのコラボ企画に参加させていただいてます。これという武器がないのでどんな仕事でも全力を尽くす所存です。こんな感じでいいですか?」


「うん。新人としては十分な回答だね。でもリズ姉は武器がないわけじゃなくオールラウンダーだから。一人でも十分配信できるし、誰と組んでも安定してウケがいい。まとめ役に適任でどんな仕事も任せられる。事務所サイドからするととても計算しやすい安心の人材だから頼りにしてるよ」


「せやな。リズ姉はどんな企画でも組みやすい」


「うん! 私がどんなに暴走してもちゃんと受け止めてくれるリズ姉好きだよ!」


「……ありがとうございますミワ先輩キツネ先輩。でもカレン先輩は自重してください」


「私にだけキツい!?」


 リズ姉も今とこれからの自分に対して色々と不安があったようだ。

 フォローされて少し照れている。


「じゃあ話の流れで紅カレン二期生。今の自分を反省して」


「私の扱い……まあいいや……私はずっと好き勝手やってこれからも好き勝手やる! 自分を抑えてもいいことなかったからね。でも独りよがりには絶対にならない。自分が好き勝手やる以上は周りも幸せじゃないと。皆で楽しくがモットー。周りが楽しくなければ自分も楽しめない。この企画だってそのために立案した。アリスちゃんに大きな負担かけてしまってごめんね」


「いえいえ私は別に」


「ホント! よかった! 第二弾も狙っているからよろしくね」


「……え?」


「調子に乗んなドアホ!」


 ――ゴツンッ


 キツネ先輩がカレン先輩の頭をパチンと叩いて、カレン先輩がド派手にテーブルに頭をぶつけた。

 絶対にそんなに強くは叩かれていない。配信外でも全力のリアクション芸だ。普通に痛そう。

 カレン先輩はテーブルにへばりつきながら顔を上げた。

 私に向かってにへらと笑ってくる。

 たぶん嫌ならこんな風に断っていいからね、という意思表示なのだろう。

 本当に憎めない先輩である。


「では漫才コンビのツッコミ担当翠仙キツネ二期生」


「……漫才コンビって」


「そういえば最近ネットで話題になっていました。キツネ先輩とカレン先輩は学生時代に紅狐っていう漫才コンビを組んでいたんですよね? 大学生チャンプだったとか」


「なんやねんそのデマ!? そんな過去ないわ!」


「デマなんですか!?」


「デマなの!?」


「いや……アリスちゃんはともかくアオリンまでネットのデマ信じんなや。まあ、そんなデマが流れるくらいには二期生内で役割を果たせているんやと思っとくけど。今が楽しいしな。ウチはゲーム配信中心でやって来とったし、個人の活動ではこれからもゲーム配信や攻略批評レビューやっていくんやろな。新作ゲームは続々と出てくるし、最近コラボ企画の優先で積みゲーも溜まっとるし。……いやホントにどんだけ溜まってるんやろ。アカン……考えたら鬱になってきた」


「キツネちゃんはある意味健康面でカレンちゃんと同レベルの問題児だからね。ちゃんと睡眠時間は確保しなよ。事務所内でもゲームのやりすぎで過労死しないか心配されているし。それ以外は本当に二期生のまとめ役お疲れ様。頼りにしてますなんだけど」


「はい気を付けます。ミワ先輩」


 キツネ先輩もカレン先輩も我が道を貫くタイプだ。

 ゲームとお酒。ある意味専門分野の職人なので私とは違う。ちゃんと自分を持っている。

 けれど決して自分勝手ではない。

 仲間が一番大事という姿勢が読み取れた。


「ではネットのデマを否定されてショックを受けている碧衣リン二期生」


「……紅狐が存在しなかったなんてショック」


「碧衣リンちゃん? おーい」


「……はい。私のこれから……これからどうすればいいんだろ?」


「まさかのお悩み相談返し!?」


「とりあえず配信も歌のお仕事も頑張る。あと虹色ボイス以外のお仕事でのトークを頑張る。喋れば喋るほど不思議ちゃん扱いされる状況打破! 二期生内では普通に喋れているんだから」


「……普通ってなんやろな?」


「私はリンちゃん好きだよ」


「リンちゃんは不思議ちゃんではない。ただ人と少しずれていて思考が残念なだけ。話しているとちゃんと常識もある。……たまに突拍子もない残念さがあるだけで。頭がよすぎて他人が思いもよらないことをする紙一重タイプだから」


「ヴァニラ! フォローありがとう!」


「……いやフォローしているようでまったくフォローしてないからな。それでいいんかアオリン」


 なんとも言えない空気をミワ先輩が咳払いして払拭する。

 締めのヴァニラ先輩の番だ。


「……私は知っての通り活動休止していた。思えば活動休止前は空回りしていたんだろうね。自分のこと。仲間のこと。応援してくれるファンのこと。なにも見えてなかった。アバターのキャラ付け通りのロリっ子を演じた。真面目ないい子であろうとして二期生のまとめ役になった。キャライメージを崩さないようにと身バレを恐れて、あまり外に出なくなった。デビューしてから活動休止まで禁酒もしてた。全部空回り」


「えっ!? ヴァニラちゃんそんな苦行を自分に科していたの!? 地獄だよそんなの!?」


「ええから黙ろうな。あとお前は休肝日作れ」


「活動休止してから仲間の大切さに気付いた。ファンの声に泣いた。自分がこんなにも抑圧されていたんだと思い知らされた。そうして復帰後は初めて自分の言葉で配信した。皆笑ってくれたんだよね。ロリータ声で大人な発言が面白いって。これもギャップ萌えって言うのかな?」


「ギャップ萌えかわからないけどヴァニラは面白いと思う」


「ありがとリンちゃん。最近は『自分は受け入れられているんだ』と実感できたよ。今も私は自分を模索中。でもロリっ子の演技は極めようと思ってる。この特徴ある声も高身長も自分だから。ギャップが面白いなら全部受け入れて徹底的にやろう。これが私だって見せつけてやろうってね」


 リズ姉を含めた二期生全員のこれからの話が終わった。

 誰もが悩み苦しんで自分の道を模索している。

 皆が違った答えを持っていた。




お読みいただきありがとうございます。


毎日1話 朝7時頃更新です。

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