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【第2巻発売中】引きこもりVTuberは伝えたい  作者: めぐすり
第三章 ーFor Dear Lifeー 一期一会編
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第68話 相席できない公式生配信⑧前編-ジャンボパルフェ解体ショー-

 呑み会の席に登場したジャンボパフェ。

 当然ながら注文した碧衣リンは一人で食べるつもりはない。

 もう少し常識的なパフェならば自分が主になって食べるつもりだった。

 でも現在は皆が食い入るように見ているのだ。

 シェアしか選択肢がないとも言える。


 さてどうやって食べるのか。

 分け方以前に食べ方からわからない。

 とても綺麗に生クリームとマカロンで飾りつけられたクリスマスツリー。

 形を崩すことにさえ忌避感を覚えてしまう。

 そんなときのために店員役であるリズ姉がいた。

 

 全員に配られたお洒落なデザート用の取り皿にスプーンとナイフとフォーク。

 ご自由におかけくださいと置かれたチョコ、メープル、ビターなカラメルのシロップ類にシナモンパウダーの瓶。

 準備を終えたリズ姉はジャンボパフェの台から金属製のヘラを二本取り出し、くるくる回してファイティングポーズを決めた。


リズベット:「それでは不肖あたくしリズベットが食べ方の指南をさせていただきます」


白詰ミワ:「ヘラ両手持ち!」


紅カレン:「そんなっ! ツネちゃんのお株を奪うの!?」


翠仙キツネ:「……いや関西人はヘラを標準装備しとるわけやないからな」


リズベット:「ご安心ください。すでに辞めましたが上京したての頃に鉄板焼き中心の居酒屋で一年ほどバイトしておりました」


碧衣リン:「今明かされるリズ姉衝撃の過去」


黄楓ヴァニラ:「……別に衝撃的ではないけど。だから店員役の手際がよかったのね」


 ポーズを解くとリズ姉はヘラを専用の台に戻す。

 そしてジャンボパフェに手のひらを向けて一言。


リズベット:「まずは飾りのマカロンを取り、生クリームをディップ。マリトッツォ感覚でお食べください。こちらはセルフサービスです」


翠仙キツネ:「意味! 最初にヘラを構えた意味は!?」


リズベット:「セルフサービスです」


翠仙キツネ:「……ないんやな。うん、わかっていたけどな」


紅カレン:「ツネちゃん。ツッコミを入れている暇があったら食べよ? サクサクだよ。生クリームも軽い仕上がりで美味しいよ」


翠仙キツネ:「お、おう皆早いな」


 マカロンを両手に待つカレン。

 カレンだけではない他の面々もマカロンに生クリームを添えて自分の分をお皿に確保して食べ始めている。

 スイーツに関して俊敏に動くのがプロ。

 そこには『えぇ~どれにしよう?』などの甘い会話はなかった。


リズベット:「ちなみにマカロンは取るだけ取って食べきらなくても大丈夫です。ジャンボパフェ攻略後半に出てくるモノを挟むのもまた一興」


 その言葉に食べる手がピタっと止まる。

 マカロンの量は十分にある。そんなに量を食べるスイーツではない。

 一個食べたところで一個は残る。

 だがこの先になにが待ち受けているのかわからない現状でなにをどこまで残し、確保しておくのか。

 各個人の戦術眼が試されている。

 リズ姉は飾り付けのマカロンがなくなったことを確認して再びヘラを両手に持った。

 取り分け用の金属製平皿もセットされている。


リズベット:「ではマカロンもなくなったところで最上層から切り取っていきますね。教えられた目印はここ!」


 リズ姉は全体が崩れないように右手のヘラを壁にして左手のヘラを一文字に突き刺した。

 水平に切り取られるジャンボパフェ最上部十五センチほど。

 残る断面には色彩豊かな跡が残っている。

 ジャンボパフェ最上部をヘラからお皿に移したリズ姉はヘラで丁寧に表面の生クリームをお皿の脇に集めていく。

 最上部に隠されていたものが明らかになった。


リズベット:「こちらのジャンボパフェは大きく四つのステージに分かれております。まずこの最上部は手作りフルーツジェラート五種盛り。味は苺、白桃、葡萄、蜜柑、林檎。こちらも残して溶けたジェラートをフルーツソース代わりにするもよし」


碧衣リン:「手作り……ジェラート盛られているのを見ていたけど手作りだったとは」


黄楓ヴァニラ:「爽やかで美味しい。フルーツの味は強いのに甘みが控えめなのは口をさっぱりさせるため?」


リズベット:「もしも家で再現したい方がいるのであれば市販のバニラアイスとフルーツソースでも代用可能。市販のレモンシャーベットなどもオススメらしいです。さて皆さんが取り終えたので先に進めますね。ジェラートが溶け切ってしまう前に」


 再びリズ姉のヘラ二刀流が煌めく。

 今度は三連続。十センチ間隔で切り取り、順番に平皿に並べていく。


リズベット:「ジャンボパフェ上部は三種のふわふわメレンゲパンケーキエリアです。枚数は各二枚重ねで計六枚。ジェラートが少し混じったレモンヨーグルトクリームのパンケーキ。カカオパウダーがビターなティラミス乗ったのパンケーキ。そしてバニラアイスの乗ったパンケーキになっております。今五等分に切り分けますね。側面の生クリームやメープルシロップなどもご一緒にどうぞ」


 二枚一組のパンケーキがヘラで五等分されていく。

 スイーツに大はしゃぎする女性陣は存在しなかった。熱狂は内に秘めたまま。静かに供物を待つ。

 五人の表情に甘さはない。『これ絶対美味しい奴だ』との確信を心に抱き、ただ食すことに集中する。


白詰ミワ:「柔らかい。甘い。軽い。全体的に重くない。いくらでも食べれてしまう。……これはパフェじゃない。絶対に違う。幸福の具現化。夢の塊。概念からして異なる暴力的な禁断の果実。本当にこれは人の口にしていい物なの? ……体重的な意味で」


翠仙キツネ:「ミワ先輩。それは言わない約束では」


黄楓ヴァニラ:「……私。この呑み会回のあとの収録でリングのゲームやるんだ。難易度上げて耐久で諦めることなく。普段ゲーム配信とかしないけど絶対にするんだ。だから今この時だけは自分を許すの。ただ幸せを噛みしめるの」


碧衣リン:「ヴァニラを一人で戦わせない。私もともに逝く。注文したのは私だから。責任取らないと」


リズベット:「このリズベット……皆様の決意しかと見届けました。私もつまみ食いしすぎたので付き合います。それでは中層攻略です。こちらは厨房担当の可愛らしい夢のエリア。『大きなプリンにビターなカラメルソースを好きなだけかけて食べてみたかった!』とのこと。今ならサクランボのシロップ漬けもお付けします。側面の生クリームはもちろんビターなカラメルソースをかけてスプーンでお召し上がりください」


 各人のお皿に盛られていく即席プリンアラモード。

 五分割にされたことにより形が歪になり豪快な一皿になっている。

 プリンはちゃんと焼き固めた卵のコクを楽しむタイプ。プッチンするゼリータイプでも、とろける口どけクリームブリュレでもない。

 オーソドックスな標準型のプリンだ。


翠仙キツネ:「……アリスちゃん可愛いな。可愛いけど出来上がったモノのクオリティ高すぎんねん。これも手作りやろ。もう店やん。生クリームとバニラエッセンス大量に入れた滑らかクリーム状の奴も嫌いやない。でもこの王道のプリンがやっぱり美味いな」


碧衣リン:「これぞプリン」


翠仙キツネ:「それでカレンさっきからなにコソコソしてんねや? ウイスキー出して。やっぱり酒呑みやから甘いもんは苦手か」


紅カレン:「違うよ! スイーツは好き。ただ私は洋酒が利いているスイーツの方がもっと好きなだけ。市販のバニラアイスとかでもウイスキー数滴垂らして食べると美味しいんだよ。でもせっかくアリスちゃんに作ってもらったのに大っぴらに手を加えるのも気まずくて」


リズベット:「それなら大丈夫ですよ。厨房担当も洋酒を入れるか迷っていたので事前に協議してノンアルコールを貫く形になっただけです。パンケーキやティラミスなどに自由におかけください。特に土台となっていた下層部は洋酒との相性もいいはずです」


紅カレン:「ホント! やった! じゃあかける。もちろん味を壊さないように数滴だけど」


 醤油入れようの深さのある小皿に注がれるウイスキー。

 スプーンすくって軽くデザートに振りかける。


紅カレン:「うん! 高級感アップ! 美味しい!」


翠仙キツネ:「なんや美味そうやな。ウチにももらえる?」


白詰ミワ:「あっ、私も!」


紅カレン:「もち!」


リズベット:「ではこれで最後。全体の土台となっていた下層部の切り分けですが、その前にこのケーキについての説明させていただきますね」


翠仙キツネ:「……ついにパフェやなくケーキ言い切ったな」


リズベット:「こほん! 上に乗っているのは狙い通りの溶けかけバニラアイス。一番下には先ほど食べたのより一回り大きいメレンゲパンケーキが敷かれています。間にはメレンゲパンケーキと固く作られた濃厚なイタリアンプリン。この二つを厚さ一センチ、十六分割正方形にカット。バニラの香りが強いカスタードクリームを挟みながら、隙間をあえて残すように上下左右交互に配置されたモザイク層がございます」


碧衣リン:「なんか複雑?」


白詰ミワ:「狙い通り溶けかけのバニラアイス。隙間をあえて残したモザイク。……まさか」


リズベット:「ではこの上から先ほど同様ビターなカラメルソースをかけて完成です。切り分けますね」


白詰ミワ:「溶けかけのバニラアイスとカラメルソースが隙間からパンケーキ部分に沁み込むように。なんて暴力的かつ豪快な」


翠仙キツネ:「メープルシロップやと甘すぎるからカラメルソースか。しかもイタリアンプリンやから柔らかすぎず形がしっかりとしとる」


 皆が一様にプリンのケーキを食べる中、黄楓ヴァニラが「なるほど」と天井を仰いだ。


碧衣リン:「なにかあったの?」


黄楓ヴァニラ:「……ねえリズ姉。もしかしてこのジャンボパフェって配信用に作られてる?」


白詰ミワ:「配信用?」


黄楓ヴァニラ:「これでも十分美味しい。でもアリスちゃんは完璧に作ると言った。それならちょっと味が単調になり過ぎている。食感は工夫されているけどね。アリスちゃんらしくない不完全さ。そしてパフェ……いいえスイーツ作りなら出てくるはずの生のフルーツがない」


翠仙キツネ:「ちょっとヴァニラ。なにが気に入らんのか知らんけど文句言うことちゃ――」


リズベット:「――よく気づきましたね。さすがヴァニラ先輩です」


翠仙キツネ:「まさかの肯定!?」


黄楓ヴァニラ:「さすがにメレンゲパンケーキの登場が多すぎたから」


リズベット:「このジャンボパフェ。正式名称はパンケーキホワイトベース三号。確かに本来のレシピよりも配信用に簡略化されています」


紅カレン:「……パンケーキホワイトベース三号。一号と二号はいずこへ」


リズベット:「メレンゲパンケーキなら誰でも作れて高く積めるはず。これをコンセプトにうちの厨房担当が考えた簡単ジャンボパフェです。高級なフルーツなどはコスト面から不使用。見栄えと驚き重視。味はそこそこ。配信時にレシピ公開を前提とした手に入りやすい材料で構成されています」


白詰ミワ:「誰でも作れる。……作れるかな?」


黄楓ヴァニラ:「味を含めての完全な再現は無理。でも似たようなモノは作れる。大量のホットケーキミックスと生クリームと卵白を用意して電動の泡だて器さえあればなんとか形は再現できる。バニラアイスなどは市販でいいし」


碧衣リン:「そう言われれば。完成品を食べた私たちは生クリームの美味しさの時点で再現できない。そう思い込む。でも完成度を度外視して同じレシピのスイーツとしてなら再現可能?」


白詰ミワ:「まさかアリスちゃんが配信のためにそこまで……ん? えーとまさか今回登場した料理も全て?」


リズベット:「はい。レシピ公開前提の料理です。カレーや一部の料理については時間もかかり複雑すぎて非公開ですが」


白詰ミワ:「あーうん。あのカレーはレシピ見ても家で再現するのが無理だろうね」


翠仙キツネ:「……なんにせよアリスちゃんが凄いのはわかった。腹も膨れた。まだ酒を呑むにしろゲームするにしろもうご馳走様して休憩せえへん? ウチはすでに限界やねんけど」


 そう言い切る翠仙キツネのお皿は綺麗に空になっている。

 他の面々の同様だ。


紅カレン:「私はまだ呑み足りないけど今はお腹が一杯」


碧衣リン:「満足」


黄楓ヴァニラ:「スタッフさんもそわそわしているし、私たちの収録が一端終わらないとスタッフさんもちゃんと食べられなさそうだしね」


白詰ミワ:「それでは『隠れ家居酒屋アリス』でのお食事はこれにて終了。お酒とおつまみ片手の遊戯大会収録まで私たちは休憩します。ご馳走様でした」


「「「「ご馳走様でした」」」」


―――――Fin―――――





お読みいただきありがとうございます。


毎日1話 朝7時頃更新です。

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― 新着の感想 ―
[一言] 残ったお料理は(手ぐすね引いて待っていた)スタッフが(飢えたハイエナのごとく)いただきました
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