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【第2巻発売中】引きこもりVTuberは伝えたい  作者: めぐすり
第三章 ーFor Dear Lifeー 一期一会編
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第66話 相席できない公式生配信⑥-落涙のどて焼き-

 様子見の注文は終わった。

 得られたのはこの店は美味しいという共通理解。

 ならばあとは個人が食べたいモノを頼むだけ。

 さあ呑んで騒げ。

 呑み会が本格化する。


 すでに自分の中の大当たりを引き当てた白詰ミワは落ち着いていた。

 聖母のような笑みを浮かべながら二期生を見守っている。

 このあとにある配信用の遊戯大会では誰かが酔った勢いで暴走するだろう。

 けれど食事中は安心だ。

 美味しい食事に対して失礼を働く愚かなメンバーはいない。

 そんなわけで日本酒片手。

 リラックスしながら柔らかく脂の乗ったサバの味噌煮を味わっていた。

 今回は二期生主催の企画。

 振られれば喋るが自分から率先してトークする気はない。

 ゆえに配信の中心は二期生となる。

 頬に一筋流れる雫。

 呑んだくれが泣いていた。


紅カレン:「……口に入れれば串からほどける柔らかいすじ肉。甘口の味噌だれは濃いながらもしつこさはない。本来ならば弾力ある牛すじだ。いかにして噛み切るか、それとも頑張って飲み込むか。そんな戦いが始まるはずなのに、口の中に戦乱の世は来なかった。このどて焼きは自分がいつ咀嚼したのか忘却するほど柔らかい。そして儚く消えていく。ただ口の中に名残惜しい牛肉の旨味だけを残して。果たして私は本当にどて焼きを食べたのだろうか? それともまだ夢を見ているのだろうか? 至高のどて焼きを追い求めるあの夢に私はまだ囚われたままなのだろうか」


翠仙キツネ:「食べたからわかる。美味いよ。わかるけど泣くほどか? カレンのそんな綺麗な涙を初めて見たわ。悲嘆にくれるでもなく満面の笑みを浮かべるでもなく、悟りを開いた顔で静かに食レポしながら左目から頬を濡らすって器用すぎひん? しかもカレンが日本酒と二刀流で持っている串は四本目やんな?」


紅カレン:「この企画はアリスちゃんの配信でこのどて焼きが登場したところから始動した。アリスちゃん特製どて焼きが食べたい。ただそれだけを思って始まった」


翠仙キツネ:「せやったな」


紅カレン:「ここに至るまで色々な苦労があったの。幾多のボツを喰らった。事務所上層部と対立した。コンプライアンスの問題もあった。もう解除されたけどシンプルにアリスちゃんとの接触禁止令も出された」


翠仙キツネ:「ウチにも『紅カレンをどうにかしてくれ』って依頼があったな」


紅カレン:「何人かの弱みを握った。『企画が実現すればアリスちゃんの料理が食べられるよ』とスタッフの内に秘めた欲望をそそのかした。アリスちゃんのマネージャーにまとわりついて『ねえ。仕事帰りにアリスちゃんの料理で呑むってどんな感じ?』と根掘り葉掘り聞いた」


翠仙キツネ:「……あれ? 酔い過ぎたかな? 同僚の親友がいつの間にか黒いコウモリ羽を生やした悪魔になっている気がするんやけど。うん……気のせいってことにしとこ」


紅カレン:「紆余曲折。数多の試練を乗り越えて実現したこの企画。私たちはようやく約束の地に降り立った! 伝説は本当だったんだよ! これを涙せずにいられると言うの!?」


翠仙キツネ:「……試練を受けたのは事務所側。敗北して魔王の要求に屈したように思うのはウチだけかな?」


紅カレン:「それでツネちゃんはなに食べてるの? ソースのかかってないたこ焼き?」


翠仙キツネ:「……急に素に戻るなや。これは玉子焼な」


紅カレン:「卵焼き? 球型の?」


翠仙キツネ:「玉子焼では全国的には通じへんか。明石焼言うたらわかるか?」


紅カレン:「えーと出汁で食べるたこ焼きだったっけ?」


翠仙キツネ:「……お前それ言うたらうちの地元では殺されるからな。まあええけど。正確に言ったら生地からたこ焼きとは別物や。卵と出汁が多めでふんわりしていて優しい味なんよ。たこ焼きも美味いけど味が濃いもんが続くとあれやろ。少し油っこくてソースがくどく感じることがある。明石焼きはあっさり食べれるから口を休めたいときにちょうどええんよ」


紅カレン:「そうなんだ。さすが粉もん文化の大阪。色々あるんだね」


翠仙キツネ:「………………一応言うとくけどウチは大阪出身ちゃうからな。明石も大阪やのうて兵庫県やから」


紅カレン:「えっ!? ツネちゃんの裏切り者! そんな大阪代表みたいな大阪弁話しているのに!」


翠仙キツネ:「……裏切り者て。あと関西弁な。関西弁話していた皆が大阪出身やと思うなや。全国的に大阪代表やと思われてるお笑い怪獣さんは奈良県出身やし、お笑いコンビの下町さんはウチと同じ兵庫県出身やで」


紅カレン:「な……なんやて!? 今日一番の驚きや!」


翠仙キツネ:「割と発音が上手くてツッコミ返しにくい」


紅カレン:「いつも聞いてるからね。さて私たちだけで話していてもあれだけだし、他の皆は盛り上がっているかな?」


翠仙キツネ:「アオリンは席外しとるんか」


紅カレン:「百年に一度しか咲かないサボテンの花でも摘みに行っているんじゃないかな? お酒入ると近くなるし」


翠仙キツネ:「旅路が壮大すぎるやろ。摘んでいいものかもわからへん」


紅カレン:「ヴァニラちゃんは……サバの生寿司食べてる! 身が肉厚で色からしてそんなに浸かってない奴だ。美味しそう。私も頼もうかな?」


翠仙キツネ:「ヴァニラが本気呑みモードに入っとる。酔うとやっぱりあの大きいぬいぐるみを抱えるスタイルになるんやな。……あれ? 今日はヴァニラの奴あんな大荷物持って来とったか?」


紅カレン:「……ツネちゃん。私も割と酔ってるのかも? ヴァニラちゃんの両サイドに丸っこいペンギンのぬいぐるみが増えた気がする」


翠仙キツネ:「カレン……それはただの呑み過ぎや。さっきうちが見たときはなかったで。って本当やん! え? 待って? 今や五体のぬいぐるみに囲まれてる気がするんやけど。少し目を離した隙に増殖した? どこから持ってきたんや? いやどうやって増やしたんや? ヴァニラは酔うとぬいぐるみを錬成する能力に目覚めたんか」


紅カレン:「……ヴァニラちゃん復帰してから進化したんだね」


翠仙キツネ:「進化したんか。なるほど……なら仕方ないな。……あかん……ウチも本当に酔っているようや」


 困惑する二人をよそにリズ姉が注文された料理を持ってきた。

 特徴ある形。

 その見た目からゲタと呼ばれる木の板。

 乗っているのは当然ながらお寿司だ。

 そのゲタがヴァニラの前に置かれる。


リズベット:「注文されていた握り寿司です。左から炙り中トロ。炙りサーモンにオニオンと焦がし味噌マヨネーズ。鯛の昆布締めポン酢ジュレ。炙りえんがわ塩レモン。以上でよろしいでしょうか?」


黄楓ヴァニラ:「……サバ生寿司も美味しかったし、ネギトロも大葉であっさり食べれて美味しかった。まさかこの企画で本格的な握り寿司が食べれるなんて思っても見なかった。しかも回転寿司にしかないような創作寿司も充実している。ありがとう。そう言っておいてくれる?」


リズベット:「うちの厨房担当にそう伝えておきます」


黄楓ヴァニラ:「お願い」


翠仙キツネ:「……全部味つけが違うやと!? 寿司って醤油以外の選択肢がそんなに豊富なん? めんどくさい注文やのに店も対応するとか。なによりぬいぐるみ抱えながらロリータボイスであの台詞は色々と強者の風格あり過ぎるやろ」


紅カレン:「握り寿司のメニューを押すと炙りとか味付けとか色々選べるんだ。お寿司あるのは知っていたけどこんな機能まで。えっ? 待って!? フグひれっ!? もしかして炙り選べるの!? 完全にひれ酒にしろってことでしょ! アルコール類はメニューに載せられないからふぐひれだけ提供って! 盲点だった!? こんな抜け道まであるなんて!?」


翠仙キツネ:「……メニューのギミックが細かい。配信のためでもあるんやろうけどスタッフがノリノリで作成したのがよくわかるな。カレーもそうやけど頼まなわからん驚きのメニューもあるし、一回開催だと全貌も把握できひんとは」


 改めてメニューを見直さなければいけない。

 だがそれよりも早く次なる驚愕が襲ってきた。


碧衣リン:「皆の者! 戦支度は済んでおるか!?」


翠仙キツネ:「なんやてあのアオリンが!?」


紅カレン:「興奮して大声出してる!?」


白詰ミワ:「え? そこが驚くことなの?」


翠仙キツネ:「いやアオリンがこんなテンション上げているところあんまりないから」


 他のメンバーが状況を呑み込めていない中、黄楓ヴァニラだけは決意の表情を浮かべる。

 握り寿司も残り二貫だ。炙り中トロと炙りえんがわ塩レモンが残っている。


黄楓ヴァニラ:「……そう。ついに来たのね。決戦の刻が」


紅カレン:「ヴァニラちゃんなにか知っている?」


黄楓ヴァニラ:「リンちゃんは冒頭で予告していました。アレを頼むと」


翠仙キツネ:「アレ?」


白詰ミワ:「あーアレか!?」


翠仙キツネ:「アレでわかるん!?」


紅カレン:「……もしかしてジャンボパフェ二分の一アリスサイズ高さ七十五センチ?」


碧衣リン:「うん……ジャンボパフェを作る工程を見たくてさっきまで厨房にお邪魔していた。想像以上だった。想定してなかった。完成したときに確信した。これは芸術だと」


翠仙キツネ:「芸術って」


碧衣リン:「私はパフェの本当の意味を知った」


―――――STOP―――――


桜色セツナ:「……色々とメニューにもツッコミどころがあるんですけど。とりあえず置いておくとして。キツネ先輩は大阪ではなく兵庫県だったんですね」


真宵アリス:「ふむふむ。なるほど」


桜色セツナ:「アリスさん? なに書いているんですか?」


真宵アリス:「呑んだくれの生態観測。カレン先輩は呑めば呑むほど調子を上げるタイプ。どこまで呑むかわからない。かなり強い。キツネ先輩は酒癖良。酒乱の気は無く、酔っても意識と理性が残るタイプ。呑み会では抑え役に回る癖があるので落ち着きを求める。ヴァニラ先輩は酔うと面白くなるタイプ。ぬいぐるみを増やすトリックに心当たりあり。呑み会収録にグッズを持って来ていたんだね。碧衣リン先輩は酔うとテンションが上がる。行動的になり、古風な言葉遣いが出る。ミワ先輩はお酒に呑まれないタイプ。まだ調査中」


桜色セツナ:「アリスさんが大真面目に呑んだくれの生態観測していた!? それとヴァニラ先輩のぬいぐるみにトリックに心当たりあるんですか?」


真宵アリス:「どこでもぬいぐるみ君シリーズ。特殊なふわふわ生地採用のぬいぐるみ。専用の圧縮袋に入れて付属のポンプで空気を抜きペタンコにするとハンドタオルやハンカチサイズになる。元に戻すときは袋から取り出すだけ。置いておくだけでいつの間にか床から割と大きなぬいぐるみが生えてくる。某アパレルメーカーの通販サイトに売っているよ」


桜色セツナ:「よく知ってますね」


真宵アリス:「私と碧衣リン先輩が常連のサイトだから。あそこは長身なモデル女性用の商品も売っているからヴァニラ先輩も愛用し始めたのかも?」


桜色セツナ:「うぅぅ~~今度私にも紹介してください!」


:ついにどて焼きか

:ポエム詠みながら泣くほど美味いのか

:綺麗な涙w

:目のアルコール洗浄

:おいwww

:この企画設立までの経緯がヤバいwww

:カレンは悪魔っ娘だった?

:明石焼きか……たまに食べたくなる優しい味

:キツネが大阪出身じゃないだと!?

:ヴァニラのぬいぐるみ錬成能力w

:復帰後のヴァニラ本当にインパクト強いな

:……握り寿司美味そう

:ヒレ酒w

:本当にメニューのギミックが豊富で草

:テンションの高いレアな碧衣リン

:頼むって宣言はしていたな

:ジャンボパフェの作る工程見たさに厨房に立ち入るとか普通の店ならできないから気持ちはわかる

:ついにジャンボパフェ二分の一アリスサイズ七十五センチか……

:セツにゃん嫉妬w




お読みいただきありがとうございます。


毎日1話 朝7時頃更新です。

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― 新着の感想 ―
[一言] カレンの狙い撃ちのような地雷踏み抜き芸w キツネが地元愛が強すぎる関西人だったらすでに数回戦争が勃発してるやつだぁw
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