第52話 休憩室の攻防③
初対面の女性から関西弁で思いっきりツッコミを入れられてしまった!
その勢いに身体がビクッと硬直する。
私は重度の人見知りだ。今は休憩中。意識が真宵アリスではなく結家詠のままだった。自信のあった偽装スキルがあっさり見破られた動揺も大きい。
(落ち着け)
そう自分に言い聞かせる。
相手はおそらく二期生の先輩方。
私は三期生VTuber真宵アリス。
なにも怖いことなんかない。まだ逃げなくてもいい。
心の中でいつもの呪文を唱える。
(やる気充電完了。お仕事モード起動)
これで意識が真宵アリスに切り替わる。再起動完了と息を吐いて顔を上げる。
さっきまで見下ろしていたはずの長身の女性の顔が近くにあった。おそらくロリコーン事件の被害者である黄楓ヴァニラ先輩だ。
私と視線を合わせるために屈んでいる。少し心配そうだ。ねこ姉がよくやってくれる仕草なので無表情でもなんとなくわかる。
この人はいい人だ。
その姿がねこ姉と被り、すぐに言葉が出てこなかった。
私がなにか言う前にヴァニラ先輩が動く。
「キツネうるさい。いきなり大声出さない。ねえアリスちゃん」
「なんでや! うちが悪いんか!」
声は甘いのに言い方が鋭い。
ヴァニラ先輩の号令に今度は首根っこ掴まれたままの紅カレン先輩と思われる人が乗っかった。
「うん。全部ツネちゃんが悪い。私が『呑み屋の気配がする』って言ったのに信じてくれなかったから」
「呑み屋の気配……ってアリスちゃんのことかいな!?」
「それ以外なにがあるの? ここ事務所の休憩室だよ。私の言葉を信じて最初からアリスちゃんがいることは想定できた。急に大声出すこともないよね」
「……んな理不尽な理屈あるかい」
カレン先輩がニパッと笑顔で私に手を振ってくる。
リズ姉から話は聞いていた。
酔っ払いだが根はいい人なので遭遇しても無意味に怖がる必要はない。ちゃんと嫌だと態度で示せば引いてくれる。いきなり強襲されてお酒のツマミを作らされることはないだろうと。
でもカレン先輩の言い分だと、私は『呑み屋の気配』をさせていることにならないだろうか。
なぜか下が学生ジャージの残念美人な碧衣リン先輩も口を開いた。
「ん。キツネが全部悪い。私もちゃんと『とても残念な波動を感じる』って言った」
「……アオリンまで。ああそうかい。全部うちが悪い言うやな」
「「「うん」」」
「どうもすみませんでした! 急に大声出して後輩怖がらせてごめんなさい! これでええやろ!」
翠仙キツネ先輩が思いっきり頭を下げてくる。
流れはまさに集団芸。
なぜかキツネ先輩が全ての泥をかぶることになっていた。
私が怖がった素振りを見せてしまったからだ。
噂には聞いていた。
元々は二期生は個性重視でバラエティ豊かな面々が集められている。
一期生が集団のまとまり重視だったために二期生はソロ活動が重視なのだと。
狙いは悪くはなかったがロリコーン事件が起こってしまった。
ソロでは限界があると悟らされたのだ。そして問題が起こったときに二期生同士で互いを支えられる関係になりたいと願ったらしい。
そんな想いから再始動後は二期生四人コラボを頻繁に行っている。
そして二期生四人コラボが現在化学反応を起こして爆発しているらしい。
バラエティ豊かな二期生が見事にお笑い集団……ではなくバラエティに強い二期生になったのだ。
その姿をまざまざと見せつけられた。
でもこれでいいのだろうか。
私も収益化を果たしたのだから一人前だ。
未成年や後輩などという立場に甘えてはいけない。
状況はオチている。私が一切口を挟まずに。
同じ事務所の同業者にここまでお客さん扱いされては今後一緒に仕事できるのだろうか。
それは三期生の真宵アリスとして許されない。
声色は深い悲哀を帯びて。
表情で休憩室の空気を自分に引き込む。
あとは少しの本心を渾身の叫びに変えるだけ。
「……キツネ先輩酷いです」
「お、おう。だから悪かったって。急に大声出して――」
「キツネ先輩がそこで折れたら私が『呑み屋の気配』を漂わせて『とても残念な波動』を放っていることになるじゃないですか!」
休憩室に沈黙が訪れる。
少ししてヴァニラ先輩がぽんと手を打った。
「なるほど。そうなるね」
「ツネちゃん。やっぱり最低」
「アリスちゃんにそれは酷い」
「みんなして寄ってかかってなぁ……うちにどないせえ言うんやぁーーーーー!」
キツネ先輩の雄たけびにより完全にオチた。
充実感がある。
目の前のヴァニラ先輩も満足げに笑っているので私の感覚は間違えていないだろう。
二期生の先輩方の仲間に入れてもらえた。
とりあえず休憩室の丸テーブルに皆で座り、自己紹介する。
疲れ切ったキツネ先輩はテーブルに突っ伏している。
「改めてよろしくねアリスちゃん。私は二期生の黄楓ヴァニラ」
「同じく二期生碧衣リン」
「二期生翠仙キツネや。ってカレン。なにアリスちゃんを拝んどんねん」
「……この濃厚な呑み屋の気配。アリスちゃんは私の想像をはるかに超える呑み屋の料理マスターだよ! みんなどうして拝まないの!?」
「そりゃあ……そんな超感覚持ち合わせてないからな。カレンも挨拶し。いきなり拝んだらアリスちゃんに失礼やろ」
「失礼はいけない! 二期生の紅カレンと申します。この度はご拝顔を得られ誠に光栄です」
カレン先輩にはなぜか物凄く丁寧に挨拶されてしまった。
やっぱり『呑み屋の気配』はするらしい。
実は心当たりがないわけではなかった。
私はマネージャーの車で送迎してもらっている。
事務所の休憩室にいるのもマネージャーの仕事終わり待ちだ。
このままマネージャーの車で帰るのだが、家に寄ればマネージャーは当然のようにねこ姉と呑む。
その状態でマネージャーが帰れば飲酒運転に引っかかるので、アルコールを抜くために泊まって行くのが最近の流れになっている。
つまり泊まり前提であの二人は呑む。
だから私も今朝から割としっかりした仕込みを終えてからボイストレーニングに来ていた。
その残り香を感じ取ったのかもしれない。
出かける前にシャワーは浴びたのだが。
そんなことを説明するとカレン先輩が家までついて来そうだ。
下手すればなし崩し的に二期生の全員で来てもおかしくはない。
初対面だが二期生の先輩方のことが嫌いなわけはない。
でもとても面倒に違いない。
ここは逃げの一手。
よし黙秘権を行使しよう!
余計なことは言わず私も静かに頭を下げる。
「三期生の真宵アリスです。よろしくお願いします」
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